ドッグRun!Run!!Run!!! 3


 集中、集中。


「…………」


 呼吸を整えて反復していくのは、これまで覚えてきた色んなこと。

 それほど多くないけど、ここで教わってきたこととお母さんに教えて貰った、戦うためのいくつかのすべ


「よし!」


 勝てるかどうかなんて全然分かんない、けど。


「やれるだけ、やる」


 あたしの初めての決闘たたかいが、始まる。





 またこれか。

 そう思う。


「狭っ苦しいのである」

「…………」


 ボクたちは四角い檻に押し込められた状態で、決闘場の上に据えられた特等席の脇に置かれていた。

 賞品のつもりか、と思ったが、事実としてボクたちは今賞品なのだ。

 この決闘の勝者に与えられる、そういう物扱い。


「ふふふ」


 そしてこの特等席は、虜囚であるボクたちのために作られたものではなく。


「楽しみですね」


 この場所は女王のように君臨する、彼女のために作られた貴賓席なのだ。


「貴方たちも、そうは思いませんか?」


 妖しい光の宿った瞳がボク達を愉悦交じりに、舐めるように睥睨する。


「ガウ!」

「ガウ!!!」

「……ガウ」


 とりあえず吠えて対話は拒否。

 そんなボクたちの態度を見ても、この女王様は意に介した風でもなくただくすくすと笑うばかりだ。


「本当に嫌われてしまいましたね。けれど」


 その態度から、たかが犬っころ、そんな風に思ってるのが丸わかりだった。


「それも良いでしょう」


 この場の支配者らしく、女王様は決闘上の中心を睥睨する。


「もうすぐ、時間ですわ」





 決闘上の中央でアウルさんと向かい合う。

 決闘のルールはいくつかあるけど、その中で重要なのは、開始の距離だ。

 今回は少し強めに出せば声が届くくらいの、間合いの結構外から。

 ハッキリ言って、『魔術師有利』の距離。


「正直、逃げて欲しかったんだけどね」


 アウルさんが呆れが混じったような声で、そう言った。

 大きな声を出した風でもないのに、まばらながらも観客もいるこの舞台で、はっきりと言葉の意味が分かるのは、きっと音に関する魔術を何か使ってるんだと思う。


「すみません、けど!」


 当然あたしはそんなこと出来ないから、必然的に力を入れた声で、答える。


「その気は、ありません!」


「これでも、女の子いじめる趣味はないんだけどね」


 はぁ、とため息を一つ。


「ルールの確認だ。相手を降参させるか、気絶させる、或いは」


 アウルさんが、ちらっと、設えられた貴賓席の方を見た。


「立会人が続行不可と判断して、制止するか。その場合は立会人が勝敗の決定権を持つ」


「はい。それでいいです」


 あたしも、貴賓席の方を見る。

 場所を用意して、立会人まで引き受けてくれた会長さんが、あたしに向かって笑顔で手を振っていた。

 そして、その隣には。


(みんな)


 あたしのことを不安そうに見ながらも、檻の中で大人しくしてくれてるあの子たちが。


(待ってて)



『では、お二人とも』

 

 会長さんが、立ち上がって、拡声の魔道具を通した声が、決闘場全体に響いた。

 

『始めましょう。お互いに大切なものを賭けた、由緒正しき決闘を』


 そう言った、会長の手の中に、いつの間にか一枚のコインが添えられていた。


『学園由来の決闘開始の合図です。こちらが地面に落ちた瞬間が、決闘開始の合図となりますわ』


 するすると、そのコインを形作った指の上に置いて。


『準備はよろしいですね?』


 あたしはすぐに頷いて、アウルさんも憮然としたような顔をしつつも頷きを返した。


『ふふふ、ではお二人とも』


 そうして、会長さんが指を弾いて。


『良き、決闘を』 


 ゆっくりとあたしと、アウルさんのその丁度中間に。


 コインが落ちる。


 ゴー!

 反射で、一歩前に出つつ、呼吸を口の中に溜めて。


「『風撃』!」


 走りながら印を結び、吐き出す。

 あたしが使える、最も早い魔術『風撃』。

 一説の短い詠唱と、息を吸い込み吐き出すの一工程で放てる魔術。

 威力は低いけど、詠唱を開始しようとする相手の出鼻をくじくくらいなら出来る。

 相手は魔術師。なら、防御の術を使う間に、なるべく接近を……。


「はぁ」


 聞こえたのは、これまで何度か聞いた、ため息。

 けど、その何度も聞いた中で。


「なに、それ」

 

 一番の落胆の色を滲ませていた。


「ハンデのつもりで先に撃たせてあげたけどさ」


 相手は、防御なんてしなかった。


「初級魔術どころか基礎魔術って」


 気配で察知できる。

 彼の前には魔導障壁が展開している。


(うそ)


 無工程ノーモーション無詠唱ノースペルで。

 魔力を込めた風は、あっさりと障壁に阻まれてかき消されて。


「あのさあ、この場に立つなら最低限の力ってのがあるじゃん。それすら、理解できないなら」


 儀礼用の装飾が施された騎士剣を、構える。


「文字通り、痛い目見ることになるよ」


 おそらく、それは最後通告。けど、私は止まらない。


「やあああ!」


 相手は魔術師。

 なら、剣士こっちの間合いに持ち込みさえ、すれば。


「今度はこっちから行くよ」


 軽く、気負ってる風でもなく、手にした儀礼剣に魔力が集中していく。


「『刻め』」


 授業なんかじゃ見ることのない、禍々しい紅を宿した魔力の奔流。


「『月よ我がブラッド・D血に堕ちよ・フォールドムーン』!!」


「!!」


 短い詠唱で放たれる、見たことのない魔術。

 あたしは咄嗟に左手で印を結び。


「『魔導障壁』!」


 詠唱と共に障壁魔術を展開する。

 けど。


「無駄だよ」


 そんな声が聞こえると同時に。

 その紅い斬撃のような魔術が、あたしの展開した魔道障壁にぶつかり。


「――――――!!」


 直後、声にならない悲鳴を上げて。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 そのすぐあと、現実が追いついてきたかのように、感じたことのない凄まじい痛みがあたしを襲った。





「シズク!!シズク!!」


 ボクの叫びに、シズクは反応しない。

 倒れて、立ち上がれない。

 全部、本当に一瞬の出来事だった。

 何が起きたのか、分からない。


「……あれは」


 ギリっと、ライトが奥歯を噛みしめる。


「……血壊魔術」


「知ってんのかよ、ライト!」


「…………。あれは魔族との戦争の時に作られた魔術で」


 それはライトの、聞いたこともないような、重苦しい声だった。


「……その大戦において、人間側の優位を決定づけた魔術だ」


 ボクは、ますます焦りを募らせるしかない。

 たった一発の魔術。

 それだけで、もう、こんな。 


「あれ、どんな魔術なんだよ!なんで、シズクは!」


「……あの魔術は、魔力回路を直接灼くんだ。魔族は、魔術に対して強い耐性があるから、それを貫通してダメージを与えるために作られた。だけど」


 ライトは、苦々しい視線を決闘場へ向けた。


「……見ての通り、人間にも有効だ」


「シズク殿は防御していたではないか!」


「……魔族が魔術に強いのは、自然に薄い魔導障壁を体全体に纏ってるからなんだ。そしてあの魔術は、そういう奴にこそ効くように魔導障壁を伝って魔力回路を直接灼く」


「何とかならないのであるか!」


「……無理だ。見たところあの魔術は初心者だ。対策何て、とても」


 シズクのことを見るライトの目は、酷く痛ましいもの見ているようで。


「……けど、血壊魔術は生半可な魔術師じゃ扱えないくらいに、難しい魔術なんだ。それを、あの年であんなにあっさり撃てるなんて、あいつ思ってた以上の使い手だ」




「……このままじゃ、あのは、負ける。なにも、成す術なんかなく」


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