ドッグRun!Run!!Run!!! 幕間3


「兄者の分からずや!!」


「それはレフトのことなのである!!」


「………」


 シズクが決闘を決めたその日の夜半、ボクたちは、生まれて初めて兄弟喧嘩というものをしていた。


「シズクにあれだけ言われても気持ちは変わらないっていうのかよ!」


「情にほだされただけではないか!!」


「………………」


 今後の方針の違いから、わんわん、わんんわん、馬鹿みたいに吠えて。


「もう体調は完璧なのである!!ならばもうここに用はないのである!!故に、とっとと逃げ出すのが正解なのである!!」


「シズクの決意を踏みにじって、それでいいのかよ!」


「だからこそである!!原因の方からいなくなった方が、あの娘のためなのである!!」


 荒れに、荒れて。


「そも!!決闘など馬鹿馬鹿しいのである!!」


「ボクの気持ちはもう決まってる!!ボクはシズクの力になりたいんだ!!」


 喧々轟々。

 お互いゆずりあう気は全くなくて。


「ならボクにだって考えがあるぞ!」


「ほう!!では聞くがどうやってであるか!!」


「吠えてやる!兄者がこっそり学園から逃げ出そうとしたところで、吠えて吠えて吠えまくってやる!」


「……う、ぬ!!それは」


「そうなったら見つかって連れ戻されて終わりだ!」


「ぬう!卑怯な!」


「兄者が頑固なのが……!」


「……おい、二人とも」



「……そんなに騒いだら、きっと、あのが」



「こーら」


 ライトがいうが早いか、ひょいッと持ち上げられてしまった。


「喧嘩しちゃだめだよ」


「…………」

「……シズク」

「…………」


 珍しく、兄者が黙り込んでしまう。



「もう、こんなの初めてだよ」


 シズクは寝間着姿だった。きっとボクたちの異変に気が付いて、ベットから起きてきたんだろう。


「……心配、してくれてるの?」


 シズクの声に、ボクは。


「そう、そうだよ、ボクは」


 思わず、そう答えた、けど。


「ありがとね」


 ボクが言い終わらないうちに、シズクはボクらのことをギューッと抱きしめる。

 やっぱり。


「言葉、伝わってないんだね」


「…………」


「ボクは、シズクと話がしたいよ」


 そうすれば、きっと。


「ほら、もう寝な。ね」


「あ」


 やっぱり言葉は通じないままで、ボクたちは寝床として用意された布入りの籠に降ろされてしまう。


「シズク」


「うん、おやすみ」


 それだけ言い残すと、ジスクは再びベットに戻っていく。

 ボクは、それ以上何も言えない。

 大きな気持ちは伝わっても、細かいことは、なにも伝えることが出来ない。


「……話は終わりなのである。これ以上は迷惑になってしまうのである」


「けど」


「心配するな。レフトが寝ている間に、逃げたりはせん」


 そう言って、兄者は体を丸めた。

 多分、兄者の言っていることは、正しい。


「ねえ、兄者」


 ボクだって、喧嘩がしたかったわけじゃ、ないんだ。


「せめて、決闘の結果を見届けたい」


 だから、なるべく真摯に、自分の気持ちを伝える。


「ここを出ていくかどうか、決めるのはそれからにしたい」


「……はあ」


 ボクの言葉を聞いて、兄者は小さくため息をついた。


「仕方ないのである」


「それじゃあ」


「勘違いするでない」


 兄者はボクから、顔を背けたまま、小さな声で言う。


「決闘の行く末を見届けるだけである。その後のことは保証しないのである」


「いい、いいよ。それで」


「ライトも、それでよいか」


「……オレは」


 ライトは、少し迷った様子だったけど、最後には。


「オレも、ひとまずはそれでいい」


 そう言った。


「ありがとう、ライト、兄者」


「…………」


「礼は良い。それより、もう寝ようぞ」


 兄者はそう言って、そっぽを向いて、それ以上会話を続けようとはしなかった。 


「うん」


 ボクも目を瞑って、だんだんと意識が遠のいていく。


「全く」


 そのまどろみの淵。

 そこで。


「兄というものは、実に骨が折れるものであるな」

「……そういうものだ」


 そんな、会話を聞いた気がした。

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