ドッグRun!Run!!Run!!! 2
「ガウ!」
「ガァァァウ!」
「……ワン」
「あはは」
寮の裏手の森の奥。
いつもあたしが通ってた広場を、これでもかってくらいに駆け回る子犬君たちの姿。
「みんな、もうすっかり元気だね」
「ガウ!」
返事するみたいに真ん中の子が吠えて、また駆け回る。
うんうん、とってもいい感じ。
これで。
「……これであたしの役目も、終わり、かな」
ここ数日は、ずっとあの子たちにかかりきりだったけど、お婆ちゃん先生たちのおかげで、子犬君たちはすっかり元気になった。
「みんなー」
久しぶりの運動にすっかりはしゃいでる子犬君に呼びかけると。
「ガウ」
「ガァウ!」
「……ガウ」
「うわっと」
あたしに飛びついてくるから、しっかり受け止めて。
「あはは、よーしよしよし」
わしゃわしゃと背中を撫でる。
うん、いい手触り。
「……ねえ、みんな」
健康な証拠だ。きっと、多分。
「このまま、逃げちゃおっか」
ギュッとして、その小さな体に顔を埋める。
「あたしは、ほんとはさ、この学校、来たくて来たわけじゃないんだ」
これからの話、聞いて欲しかったけど、顔を見ながらじゃ、しにくかったから。
「お母さんが急にいなくなって、手紙と紹介状みたいなのだけ残してさ。ここで、やりたいこと見つけなさいって。あたしが生まれる前に、お母さん冒険者だったことも、知らなかったのにさ」
弱音を吐くみたいに。
「ここに未練なんかないんだ。だからさ、みんなで一緒に逃げちゃえば、ってそう、思ったんだけど」
そんな、妄想に満たないようなことを、吐き出して。
「だめ、だよね」
やっぱり、出来ないって、思い知らされる。
「そんな自分勝手なことしちゃ、ダメなんだよね」
当たり前の、ことなんだ。
「君たちは魔獣でさ、あたしはただの冒険者見習いの女の子で、君たちが十分に生きていける環境とか、ここを出たら用意、してあげられなくて」
クゥーンと、小さく声がした。
「そんな悲しそうな声出すな、ばか」
あたしの方が、別れたくなくなっちゃう。
「けどさ、仕方ないんだ」
あの人の、アウルさんの言うことはきっと正しいんだ。
あたしはあくまでこの子たちを偶然拾っただけで、本来なら何の関係もない一般生徒で。
この子たちは、こんなに人懐っこくても魔獣で。
普通のペットみたいに、飼っていいわけじゃないんだ。
「……なら、仕方ないんだ」
「本当に、それでよいのですか?」
「ガウ!」
子犬君があたしの腕から降り立って、警戒するみたいに吠えた。
「……会長さん」
「こんにちは、シズクさん」
会長さんが、あたしに向かって手を振る。
「どうしてここに?」
「うふふ、シズクさんのことが、気になったからに決まってるではないですか」
会長さんのゆったりとした足取りが、どうしてか心地いい。
「シズクさん、あなた、今ちょっとした有名人なんですよ?」
「あたしが、ですか」
「ええ」
会長さんが子犬君達に視線を向けて、微笑みながらそっちにも手を振った。
「珍しい魔獣を拾った一年生がいると、もっぱらの噂になっておりますよ」
子犬君たちは会長さんに対して、警戒を解かないままでじっとしている。
「そして、その魔獣を狙ってる方がいらっしゃることも」
「……!」
あたしの手が、目が、一瞬で硬直してしまう。
「今のところ、手を挙げたのはお一人だけのようですが」
「……それ」
あたし、動揺してる。
分かってる、知ってることなのに。
「やっぱり
「……ええ、ええ。そうです。二年生以降の方々は新入生から取り上げるみたいな形になるのを嫌がって二の足を踏んでいるようですが」
会長さんは、今度はしゃがんで子犬君達に向かっておいでおいでとするが。
「一年生には関係ありませんからね。それこそ」
子犬君たちはやっぱり、警戒したような表情であたしの足元に駆け寄ってくる。
「これだけの希少種です、決闘をしてでも欲しがる者がいてもおかしくはありません」
会長さんの方は、嫌われてしまいましたわね、なんて言って少し残念そうだった。
「それで」
「え」
会長さんは立ち上がって、あたしに向きなおる。
「シズクさん。あなたは本当にそれでよいのですか?」
「それって」
「勿論、このままその子を渡してしまってよいのか、という意味です」
「それは」
あたしは俯いてそれきり言葉が出てこなくなる。
「やはり、納得はしていないのですね」
「……はい」
納得なんて、してない。
心に嘘はつけない。
けど。
「けど、それがどうしたっていうんですか。あの人の言ったことは全部正論で、あたしには力がないんです」
あたしは、ただ偶然この子たちを拾っただけの一般生徒で。
この子たちは、魔獣で、ペットじゃなくて。
「決闘なんてそんな覚悟も、出来ない、ですし」
だから、だから、だから。
理由なんて、いくらでも思いつく。
「この子たちは物じゃないなんて、そんなのはあたしの理屈でしかなくて、学園や冒険者のみんなにとっては、使い魔として有用な希少種ってだけで」
なのに、あたし。
「なら、あたしが、諦めるしか、ないじゃないですか」
なに、言ってるんだろ。
「仕方ないじゃないですか」
なに、喚いてるんだろ。
「あの人は貴族で、この子たちを飼ってあげられる力がきっとあって、決闘だって、多分自信とか、覚悟とかがあるから言えることで、そんな人に、勝てるわけ、ないし」
みっともないな。
「なら、諦めたって」
逃げてたのに、現実見てこんな風に、泣きそうになるなんて。
「仕方、ないじゃないですか」
会長さんは、そんなあたしの話を黙って聞いてくれた。
「それで」
聞いてくれた上で。
「あなたの魂は、それを本当に、是としているのですか」
そう、言った
「……魂」
「ええ。そうです。魂。胸に手をあてて考えてみなさい」
「あた、あたしは」
言われた通り、胸に手を当てる。
「納得していない理由を。諦めきれない理由を。嫌だと叫ぶ、魂の声を」
あたしは、本当は。
「嫌だ」
当たり前の、ことだった。
「嫌だ!あたし、この子たちと、離れたくない!」
一度声に出してしまえば。
後は何かが崩れていくよう。
「この子たちを物扱いするの、許せない!自分の都合で、勝手に奪っていこうとする、あの態度だって許せない、本当は、許せないんだ!」
心の声が、あたし自身も気づいてなかった心の声が。
後から、後から。
「あたし、だから、だから!」
「なら」
「戦うしか、ありません。それは、そう」
『その魂の、趣くままに』
「え」
「そうあれと、そういう教えですわ」
そう言うと、会長さんはあたしに背を向けた。
「では、
「あ、あの」
去っていく会長に向かって、あたしは頭を下げた。
「ありがとうございました!あたし、あのままだったら、会長さんがいなかったら、この子たちのこと、諦めて、それで、自分のこと、嘘ついてたと思います」
多分、ずっと後悔を抱えていかなくちゃ、いけなかった。
「負けるとしても、決闘をしてでも、守り抜こうと思えたのは会長さんのおかげだから」
「そうですか。では、
「
「……行っちゃったね、会長さん」
「……」
「………」
「…………」
子犬君達は、黙ったままだった。
黙ったまま、その背中を見送ってる。
本当に、賢い子たちだ。
「大丈夫。君たちを渡したりなんかしないよ」
うん、決めた。
「じゃあ、あたしたちも行こうか」
あたしの決意が鈍らないうちに。
あたしの魂の、趣くままに。
「……はあ?」
アウルさんは、理解できないという顔をしていた。
「本気で言ってるわけ?」
「はい」
あたしは、あたしに出来る限りの真っ直ぐで言う。
「ごめんなさい。けど、あたし、この子たちのこと、諦めきれませんでした」
「……後悔することになるよ」
「かも、知れません」
忠告じみた言葉だったけど、そこには確かに敵意があって。
「けど、決めたんです」
それでも、真正面から受け止める。
「……分かったよ。そこまで言うんなら、仕方ない」
言葉じゃ説得できないことを悟ったのか、アウルさんは。
「決闘だ」
その決定的な言葉を口にした。
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