ドッグRun!Run!!Run!!! 幕間1


「兄者」


 夜、シズクが自室のベットで寝静まった後に、ボクは兄者の耳にこそっとした声で言う。


「やっぱりボクは、納得できない」


 小さく、けど、確かな意志で。


「このまま黙って出て行くなんて、ボクは嫌だ」


「…………」


 数日前にみんなで相談して決めていたことだった。

 身体が治ったらここから逃げ出して、最初の予定通りに王都に向かおうって。

 兄者が提案してライトもそれに同意した。


 だけど、それでも。


「ボクは、彼女の力になってあげたい」


 それがボクの本心だった。


「ならば、どうするのであるか?我らがいれば、慰めにはなるかもしれん。しかし」


 兄者は顔を上げて、シズクのほうを見た。


「会話一つ出来ん我らでは、真の意味であの子の孤独を晴らすことはできん」


 そう言われて、ボクは歯噛みする。


「けど」


「……方法なら、ある」


 ボクと兄者の会話を聞いてたのか、ライトが頭越しに口をはさむ。


「……オレたちが、あの子と契約を結べばいい」


「契約?」


「……人間と魔獣の。使い魔の契約か、或いは、召喚契約。そうすれば、魂に繋がりができる。そうすれば、俺たちはあのと話ができるようになる。……使い魔の契約なら、俺でもやり方は分かる」


「そうなのであるか」


「それじゃあ――」


「……分かる、けど」


 ライトは、急に言い淀んだ。


「……気安く決めていいものじゃ、ない。契約ってのは、そんなんじゃ、いけない」


 ライトも、迷ってるようだった。


「なに、迷ってるんだよ。シズクは命の恩人だろ!」


「その恩義で、全て開け渡すのであるか?自由も尊厳も、これからの我ら全員の一生すらも」


「それは……」


「まあ、焦らずともよいのである」


 フイっと、兄者は再び伏せて目を閉じた。


「全ては、この身体が癒えてからのこと」


「だけど!」


「レフトよ」


 そっと、兄者が片目だけ開けて、ボクのことを軽く睨んだ。


「忘れるべきではない。我らには、我らの目的がある。ここで、我らの決意、そのすべてを棒に振ってもよいのか?」


「う」


 そう言われれば、ボクには何も言えない。

 自分の身体が欲しいっていうのは、ボクが自分で言い出したことだし、ライトだって賛成したことなのだから。


「もう寝ようぞ。これ以降の会話は、あの娘を起こしてしまうかもしれぬ」


 そう言うと、兄者は今度こそ完全に目を閉じて、眠りの姿勢にはいる。

 これ以上話すことはない、そう言うように。


「なあ、ライト」


 ボクは、縋るような気持ちでライトの方を見る。


「ライトも、それでいいのかよ」


「……オレは」


 ライトは少し言い淀んだけれど、最終的には。


「……オレの体が欲しい。それは、変わらない」


 そう答えた。


「……会いたい、ヒトがいるんだ」


「え」


「…………」


 ライトも、それ以上は何も言わない。

 ボクはどうすればいいのか、途方に暮れるしかなかった。


「どうすりゃ、いいんだよ」


 一人、呟いても答えは返ってこない。


 あの子を、シズクを助けたいけど、けどボクは。

 今はただの、自分の身体も持たない子犬のたった一つの頭でしかないんだから。

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