……ワンワン!!Oh……!! 3


「あばばばばばば!」


「はっはっは、どうしたのだレフト兄弟!そのように慌て尽くして!!」


 兄者は状況が正しく理解できていないようだった。


「このままこの馬車に乗っていけば街まで勝手に着くのだろう?少々窮屈ではあるがな!」


「兄者、違います!!いや、着くことに違いはありませんけどぉ!」 


 それは商品としてである。


「ど、どうすれば」


 そりゃお約束の展開とか言ったけども!

 奴隷として売られるなんてお約束は望んでない!


「ふむ、なにかまずいのであるか?」


「そりゃそうですよ!このまま売られたら見世物か労働力か、下手すりゃ殺されて肉になりますよ!!」


「そうなのであるか!!それは一大事である!!おのれ人間め!!我を謀りおって!!」


「勝手に捕まったの兄者ですからね!!」


「……兄者、レフト、静かに」


 一人冷静だったライトが耳をピクリと動かす。


「……声が、聞こえる」


「む」


「え」


 ボクらも伏せていた耳を立てて、そっと、耳を澄ませば。


「おい、さっき乗せた犬」


 密猟者らしき人同士の会話が聞こえてくる。


「ああ、頭が三つもあったぜ」


「ありゃ高く売れるぜ」


 如何にも悪だくみって感じの声だった。


「ね、兄者。このままじゃボクら売られちゃいますって」

「むう、まずいのであるな」

「……早く、逃げる算段を」


「ならあの人のとこが一番いいな」


「ああ例の」


「そう、領主様んとこのお嬢様」


 ピクりと中央の頭以外の、具体的にはボクとライトの耳が反応する。


「人は見かけによらないですよね。あんな綺麗なお嬢様が魔獣好きだなんて」


 綺麗な、お嬢様?


「そう言うなって。お得意様なんだぞ。おかげでオレたちみたいなのが儲けさせてもらってるんだからよう」


 しかも、お金持ち?


「あー、あそこで飼われてる魔獣が羨ましいですよ。あのデカい胸元に抱えあげられたらって思うと」


 そして、巨乳!!


「おい、レフトよ!その気持ち悪い顔をやめるのである!!」


「え、いや、してないですって」


 しまった、また顔に出てたか。


「よいか、レフト!我らの目的、忘れたとは言わせんぞ!!」


「分かってます、分かってますって」


「売り物にされてペットなど、誇りに欠けるのである!」


「けど、兄者」


「なんであるか!」 


「なんでそんな態勢なんですか?」


「む!?」


 ボクらの体は今、きっちりと手と尻を地面につけて、岩のように微動だにしない姿勢。

 いわゆるおすわり状態だった。


「なんだ、そんなこと言っても、やっぱり兄者だって興味あるんじゃないですか」


「ち、違うのである!体が勝手に!おい、ライト!お前の仕業か!」


「……(ぷい)」


「主導権を返すのである!!」


「……(ぶんぶん)」


 全くライトのやつは。

 けどまあ、ね。

 あれだよ予定とはちょっと違うけど、そういう出会い方もね、あるっていうか。

 領主の娘さん(巨乳)にペットとして可愛いがられるのもね、うん。

 悪く無いというかね。

 人の世界を知るためにも、こう、ね。


「まあまあ兄者。ここはもう少し様子を見るっていうのも……」




「よし、じゃあとりあえずいつもの剥製職人のところに向かうぞ」




「兄者ぁ!由々しき自体です!!一刻も早くここから逃げ出しましょう!!」


「…………(ぶんぶん)」


「お前ら……」


 兄者の呆れたような視線はこの際無視で。


「兎に角、この檻をどうにかしないと」


「ふむ、ぶち壊せばいいのであるか!」


「ダメですって!それじゃあ音で速攻ばれて、今度はもっと頑丈な檻に入れられて終わりですよ」


 この檻は狭いし、苦しいけど、見た目はそれほど頑丈っぽくはない。

 明らかに小型犬を想定したサイズ感だし、周囲にあるほかの檻より、なんというか全体的にちゃっちい。だから、兄者なら壊せはするだろうけど、

 この檻を壊せたとしても、荷台後方にも鉄格子が付いてる。

 そっちは、流石に頑丈そうで壊せそうになかった。


「……なあ、兄者、ちょっといいか」


「む?」


「制御、変わってくれ」


「別に構わんが」


 ちょっと気の抜けた感覚が落ち着くと、普段のキビキビとした動きじゃない感覚で身体が動く。

 兄者が、制御をライトに渡したのだ。


「……まあ、この程度なら」


 そう言って、ライトが格子の隙間から手を伸ばして外側の鍵穴に手を触れると。


「……朝飯前だ」


 まるで最初から鍵などかかっていなかったかのように、檻の扉がゆっくりと開いていく。


「お、おお!」


「やるのである!!」


「……そう褒めるな」


 カシャン、と小さな音を立てて檻からそろっと出ていく。

 これなら檻から出たことはばれないだろう。


「後はあっちの鉄格子であるか」


「おい、そこの犬っころども」

 

 はしゃぐボクらの歓声を咎める、鋭い声がした。


「うるさいぞ。少しはこの私を見習って静かにしないか」


 一瞬、見張りでもいるのかと思って身を強張らせたボクらではあるが、すぐに違うと気が付く。

 ボクらの乗せられたのが馬車だとしたら、その荷台の最奥の場所。

 そこには布を被せられた籠が一つ置いてある。

 声の主はその籠のなかのようで。

 ボクらは怪訝な顔で顔を見合わせる。


「……?」

「ふむ」

「うーん」


 会話せずとも、一心同体の兄弟であるボクら。

 その意志は一つのようで、恐る恐るといった体でその籠に近づく。


「全く、最近の子犬という奴は躾のなってない。……あ」


 ぱさりと、布を取り払って見れば、そこには一羽のかなり厳つい鳥が、こちらを睨みつけていた。


「無礼者が!!急に暗幕を取られたら驚くではないか!!目がクラっときたぞ!クラっと!」


「なに、この鳥」


 もう一度言う。

 見た目が、かなり厳つい。

 どれくらい厳ついかと言えば、とりあえず金色である。

 とさかだけが燃えるような赤(これまた厳つい)であることを除けば、全身金ピカの明らかに自然界に存在していい色合いをしていなかった。

 薄暗い馬車の中だというのに、少し眩しいくらいなのだ。


「貴様、今私が誰かと問うたか」


「いや、問うてないです」


「では答えよう!」


 ボクの話を聞かずに、籠の中の鳥が偉そうに顎を持ち上げる。


「我は不死鳥にして最速の神鳥!!誇り高き不死鳥フェニックスのファストである!」


「…………」

「……………」

「………………」


「ふむ、あまりの神々しさに声も出ないようだな。よいぞ、平伏し私を称えることを許そう」


「いや、というか」

「……そんな鳥籠の中から言われても」

「説得力がないのである」


 ボクらの胡乱気な視線に、不死鳥さんはむ、と不満そうな声を漏らした。


「いや、確かにこのような無様、言い訳のしようもない。しかし、しかしだ!これには深い事情があるのだ!」


「深い事情、であるか」


「うむ」


 そう言うと、不死鳥さんは遠い目をして忌々しそうに鳥籠から頭上を仰いだ。


「人間め。奴ら、この私を捕えるため、卑劣な罠を仕掛けてきたのだ」


「……卑劣な」


「罠」


 ボクとライトが同時に緊張で喉を鳴らす。

 不死鳥を捕まえるなんて、いったいどんな罠を。


「あんな所に豆を撒くとは」


「あんた豆に釣られたんすか!」


「頭上より籠が降ってきた時は実に驚いたものだ」


「密猟者さんが一番驚いたと思うよ!」


「とにかくだ!」


 不死鳥さんは籠をがんがんと蹴りつける。


「この籠、見かけによらず頑丈でな。私の力を持ってしても壊すこと敵わん。どうにかしようにもこのままではなんともしようがなく、ほとほと困っていた所だ」


「うむ、この鳥籠がそんなに、であるか?」


 兄者の言う通り、見た目の上では別にちょっと意匠が凝ってるだけの普通の鳥籠に見える。

 そんな凄い力を持ってる伝説上の生物が、この程度も壊せないなんてこと、あるだろうか?


 もしかしてこの鳥、色が金色なだけの普通の鳥なんじゃあないだろうか。


「おい!なんだその目は!本当だぞ!本っ当にこれ頑丈なのだぞ!!」


「……兄者、オレが、やってみる」


「む?」


 ライトが鳥籠の錠前を見上げながら言った。


「大丈夫か?ボクたちが捕まってた檻の奴よりも上物っぽいけど」


「……問題ない」


 ライトが鳥籠をペタペタと触った。


「……これは封印式だな」


「分かるのであるか」


「……ああ。閉じ込めた内側からの力にはめっぽう強い代物だ」


 それから、錠前の方へ手を移動させて。


「……だが、外側からの侵入には弱い」


 たったそれだけで、カチャリという音と同時に錠が落ちる。


「……オレの手にかかればこんなもんだ」


「流石であるな!」


「ライト、お前凄いな!」


「……ふん」


 ライトの奴、照れてるけど、満更でもないようだった。

 シッポが、ちょっと得気に揺れているのだ。


「ん、んー!」


 籠を出た不死鳥さんが文字通り、羽を伸ばした。


「解、放!!」


「よかったですね」


「やはり、鳥籠の中など窮屈なものだな!!」


 ふんす、とばかりに不死鳥さんがそれまで自分を閉じ込めていた鳥籠をげしげしと蹴ったげる。

 その動作、三下にしか見えないからやめて欲しい。

 それから、一通り八つ当たりもすんで気が晴れたのか、不死鳥さんはこっちほうに向きなおった。


「助かったぞ、犬っころども!」


「……偉そうに」


「はっはっは!不死鳥殿よかったであるな!!」


「この借りはいつか返す、が差し当たっては」


 荷台の後方には、ボクらを逃がさないための鉄格子がある。

 不死鳥さんはその鉄格子に近づくと。


「ここからの脱出を優先するとしよう」


 コツコツと鉄格子をくちばしで叩いた。


「私がこの邪魔くさい格子をぶち壊す。そして、出来るだけ派手に飛んで逃げる。お前らは人間どもの目が私に向いている間に逃げるがよい」


「囮になる気であるか」


「そんな、ボクたちのために」


「案ずるな。この私が本気を出せば、人間に追いつかれるなど、まずあり得ぬ」


 そして、ふふっと調子にのった笑い方をしたかと思えば。


「ではな。健闘を」


 その場で器用に片足を後方に振りあげる。

 振り上げた足には、なんか炎が纏わりだして。

 いや、ちょっと、まさか。


「祈る!!」


 そのまま勢いのまま、鉄格子を蹴りでぶち破った。


「おい!なんだ今の音!」


「荷台の方からだ!!」


「あばばばばば!」


 やばい、まじでやばい。


「はーはっはっは!!こっちだ!人間!!」


 あっけにとられてる間に、不死鳥さんは空の彼方へと飛んでいく。

 その飛翔はいっそ神々しい、けど。


「早いよ!心の準備とかまだ終わってないよ!!」


「言ってる場合ではないぞレフト!我らもさっさと逃げねば!」


 そう言って、兄者が馬車から飛び降りる。




「おい、なんだ!」


「鳥が逃げたぞ!!」


「待て!鳥相手に追いつける訳がねえ!諦めろ!それよりも檻の他の動物を確保するほうが先だ!!」


 あの鳥、囮になってねえ!!


「割とまずいのである!!」


 そのまま森の茂みに突っ込む。この小さな体なら、これだけでも身を隠せては、いる、けど。


「兄者、顔、痛い!」


 さっきからばっしんばっしん枝とかが顔に当たりまくって痛い!!


「我慢せよ!!このまま突っ切るのである!!」


 兄者は意に介さず、勢いよく森を駆けていく。


「おい!一匹森のほうに逃げたぞ!!」


「……やばい」


 ばれた。


「速度を上げるのである!!」


 兄者が必死で足を動かして、そして。


「おい、あんまり深追いはするな!!」


 よし、向こうは思ったよりも早く諦めてくれそうで……。


「そっちは崖になってる!勢いに任せて落ちたら洒落にならねえぞ!!」


 ……崖?


「兄者!ストップ!速度落として……」


「すまぬ」


 視界の開けた先は。


「もう、遅いようなのである」


 ぽっかりとした、足元の喪失感。

 あ、これ、前にも経験したことのある。


「「「あああああああああああ!!!」」」


 止まらない止められない勢いのまま、ボクたちは崖の底へと放り出された。


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