魔女の森 3
「そ、んな」
期待は、そんなにしてないつもりだった。
けど、そう明言されて、ちょっと、思ってたよりもショックが大きくて。
「…………」
ライトもそれは同じだったようで、項垂れたように下を向いて顔を上げようとはしなかった。
「こらこら。そんな絶望的な顔をするんじゃない」
「……けど」
「話は最後まで聞きなさい。私にはできないけれど、心当たりがないわけではないよ」
「……!!」
「それ、本当ですか!!」
「ああ、本当さ」
魔女さんが立ち上がって窓辺に寄り。
「この魔界の者が得意とする魔術の多くは、戦闘に関するものばかり。対して」
窓を開く。
ここは切り取られた森の一角。
「人の世界には多種多様な術で満たされている」
見上げればそこには空があり、その向こう側には。
境界と、そして、二つの世界を行き来するための門が存在している。
「つまり人間界には、そう言った魔道が存在する」
「本当に!!」
「かも、しれない」
「えー」
これだけ煽っておいて、それですか。
「私だって魔道の全てを収めているわけではない。ましてや、門の向こう側からこちらに来て久しい」
魔女さんが振り返って、再びボクたちを見て。
「けど、目指すべき場所は示したつもりだ」
ボクたちは、魔女さんの背に広がる世界を見上げる。
「後は君たち次第さ」
門の向こう側、人の世界。
そこに、ボクたちの目的がある!
……かもしれない。
「ありがとうございました」
「お世話になったのである!」
「…………がう」
ボクたち三頭のお礼を受けて、魔女さんは微笑みながら手を振ってくれる。
「いいさ。私も面白いものを見れたし、なによりも楽しめた……。うむ、そうだね」
そう言って魔女さんがしゃがんで、ちょちょいと手招きをする。
「む?」
兄者は、疑問符を浮かべながらもトコトコと魔女さんの足元まで歩いていく。
「よしよし。君たちにプレゼントをあげよう。左右の二人、首を出してくれるかい?」
「え、はい」
「……?」
ボクらは言われた通りに首を差し出す。
「ちょっと失礼」
そう言うと、魔女さんはボクらの首の周りを、それぞれ一周ずつ指でなぞっていく。
「これで、よし、と」
「……?」
「なにしたんですか?」
「そうだね。赤毛君」
「む?我であるか」
「うん。ちょっと神経をそっちの根暗君のほうに集中して見せてくれるかい」
「むぅ?」
兄者は首を傾げながらも目を瞑って言われた通りにする。
「って、あれ?」
今、体が一瞬重くなったような?
「……!!」
ライトの顔が一瞬驚愕に見開かれたと思うと。
ゆったりゆったり、右手が上がっていく。
「ほう、これは」
「………………!」
「え、なに、どうしたのさ?」
「じゃあ、今度はそっちの真面目君に」
「分かったのである!!」
そういって、再び目を瞑ったと思ったら。
「え?」
ボクの中で何かが切り替わる感覚があった。
久しぶりの、体と脳に、なにかが、繋がる感覚。
「これ、って」
恐る恐る、ボクは、自分の左手を、挙げてみる。
と。
「挙がっ、た」
体が、動いた。
ボクの、思い描いたとおりに。
「繋がってなかった君たちの二人の魂と、体の神経を繋げたんだよ」
手が震える。
それだけのことに、泣きそうになる。
「勿論、主導はそこはそこの赤毛君だし、切り替えもそこまで長くはもたないだろう。けど、慣れてくれば少しずつ長くはできると思うよ」
その言葉通り、ボクの手は意志に反してどんどん落ちて、最後には完全にボクの意志では動かなくなってしまう。
けど、いいんだ。
これからのことに、希望が見えた。
「よしよし。じゃあ、私にできることはこれまでだ」
これで最後、そう言わんばかりに魔女さんはボクたち三頭の頭を撫でてくれる。
「切り替えの主導権は赤毛君のものだ。左右二人の繋がりは弱いからね。あんまり、無茶するようなら赤毛君がちゃんと主導権を取り返して二人を止めるんだよ」
「うむ!分かったのである!!」
「根暗君は、もう少し喋ったほうがいいね。それと――――」
最後のほうは、ライトの耳元で小さな声で言うからボクには聞くことができなかった。
きっと兄者も同様だろう。
「……ガウ」
けどライトは、聞き終わると珍しいことに短く返事をした。
「そして真面目君」
「は、はい」
最後に魔女さんは、ボクのことをそっと抱きしめる。
「え、あの」
「君はこれから、とても苦労することになる思う」
「は」
「負けないで。そして、ちゃんと決めて欲しい」
「『君の、その魂の、趣くままに』さ」
「は、い」
「うん。いい子だ」
そう言うと、魔女さんはボクらから離れる。
「名残惜しいがこれまで。これは、これから幾多の困難に立ち向かうであろ君たちへの、ささやかな餞別だ」
「あ、あの」
ボクは頭を下げる。
今は、それしかできないから。
「ありがとう、ございました」
「はは。いいさ。だが、礼だけは受け取っておこう。……リン!」
魔女さんが呼ぶと、先ほどのオオグモ、リンさんがドサっと、魔女さんの脇に着地する。
「子犬君たちがお帰りだ。森の入り口まで送ってあげてくれるかい?」
「キシャー!」
リンさんは返事をすると、ボクたちの眼前に迫り。
「キシャー」
乗れよ、とばかりに背中を鋭い爪で示す。
やけに人間臭い仕草だった。
「では、失礼させてもらうのである」
兄者が体を動かして、その大きな背中によじ登る。
「おお、男らしい背中であるな、リン殿」
「訂正したまえ赤毛君。リンは、女の子だよ」
「なるほどそうであったか!!では、実に魅惑的な背中である!!」
兄者、流石に大物だな。
「じゃあね、子犬君」
「うむ。魔女殿。世話になったのである」
リンさんが立ちあがって、森の外に向けて走り始める。
結構、速い。
「王都に」
遠ざかっていくボクらに向けて、魔女さんが言う。
距離は離れていくし、叫んでるわけじゃないのに、不思議とボクらの耳に届く声だった。
「私の弟子がいる。なんなら、まず最初にそこを目指すといい」
「分かったのであるー!!」
兄者は大きな声で、吠えるように応える。
魔女さんは、見えなくなる最後まで微笑みながら控えめに手を振っていた。
「さて、と」
暮れなずむ空に、冷たい風が吹く。
今日は、実に面白いものが見れた。
「彼らがどんな答えを見せてくれるのか」
この、世界に。
「それにしても」
さっき見た、彼らの魂。
あれは、そう。
「相変わらず、女神様は雑な仕事をなさる」
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