魔女の森 2
「おいしいかい」
テーブルの上に頬杖をついて、ボクらのことを眺める魔女さん。
「うむ!」
「はい」
「…………ガウ」
眺められているボクらがかじってるのはホネクッキーだった。
兄者、ボク、ライトの三人分。
本物の骨じゃなくて、ちょっと甘めに作られたおやつの類だ。
「なんでこんなものを?」
「なに、リンの好物なのさ」
見ればさっきのクモ。リンさんも窓の外でホネクッキーをカジカジしていた。
「ああして見れば、結構かわいいだろう?」
「……はは、そうですね」
冗談で言ってる風には見えなかったので同意しておく。というか、割とうっとりとした目をあのクモに向けている辺りやっぱり変人だ、この人。
「それで」
ボクらがホネクッキーをかじり終るのを待ってから、魔女さんが口を開いた。
「こんな森の奥にまで来るということは、私に用があったんだろう?」
魔女さんは椅子に座ったまま、ゆったりと足を組みかえる。
「魔女の噂を聞いて、願いを叶えて貰いにでも来たのかな?」
「一応、そういうことに、なるのかな?」
「いいともさ。如何なる欲望にも応えて見せよう。けれども心せよ、魔女は祈りに対価を求める」
ボクらはごくり、と唾を飲んだ。
願いに、対価。ロクな結末にはならないと相場が決まっている謳い文句だ。
「なにそう構えることはないよ。まずは話をしてみたまえ」
魔女さんは鷹揚にそういった。
「対価とは願いの重さで決まるものなのだから」
けれどその笑みは、深く、底が見えない。
父上の言葉を思い出す。
『猫を殺すほどの好奇心と、猫のような気まぐれさ』
今、魔女さんはその両方を満たす表情をしていた。
「無論、このまま帰っても私は構わないよ。なんなら、さっきのオヤツも少しだけお土産に包んであげてもいい」
そうすれば無駄足じゃないだろう?と冗談なのかそうでないのか判断に困るようなことを魔女さんは付け加えて、今度は悪戯好きの子供のような笑みを浮かべる。
同じ笑顔なのに、くるくると表情が変わる人だ。
ボクが尻込みしていると、右手がポン、とボクの右耳を掻いた。
「レフト」
お前が決めろ。兄者はそう言いたかったのだろう。
(……よし!)
臆病に負けてこのまま逃げ帰ったってなんにも変わらないままだ。
ボクは覚悟を決めて、話を始める。
「実は――――」
ボクの説明に、魔女さんは顎に手を当てた。
「要するにその分かれた三つの頭の分だけ、体が欲しいと」
「はい」
「ふむ」
魔女さんは顎に手を当てて、なんだか考える仕草をした。
「そういうことを言う者は、実に珍しいな」
「そうなんですか」
「それはそうだろう。魔獣というものは基本的に単純なものだ。そう生まれたのであれば、そういうものだと勝手に納得して生きていく」
魔女さん曰く、魔獣とは、もっと言えば魔界に生まれた者は。
「役割に沿って生まれ、役割に沿って生きていく。君たちのお父上が、あの門を守るために生まれたように。墓所の主が死者の安寧を守るように。或いは、魔王と呼ばれた者が……いや、やめよう。とにかく、そこまで明確であるものではないにせよ、自身の存在にそこまで不満があるというのは珍しい」
役割。
ボクの場合は、三頭犬の左側として兄者に知恵を与える、というのがそれなのだろうか?
「そうだね、うん」
魔女さんがおもむろに椅子から降りると、ボクらに目線を合わせるようにかがんでくれる。
「いいだろう。ちょっと君たちのことを診てあげよう。それも、無償で」
「え、それって」
「いいのであるか?」
「別にそれくらいは構わないよ」
サラサラとボクとライトの頭を撫でる魔女さん。
「有体に言えば、君たちに少し興味が沸いてね。例外というのは、いつの世でも面白いものだ。それに」
ぱっと手を離すと、今度は兄者の耳をピコピコと動かす。
「とりあえずは診るだけだよ。解決まで面倒を見るとは言っていない」
「それでも」
兄者は、屈託ない表情で魔女さんを真正面から見る。
「弟たちのために、我は知りたいのである。我らとは、すなわち何者であるか」
「……なんというか」
そして最後に、がばっとボクらを抱きしめる魔女さん。
「君たちは随分と可愛らしいな。リンと同じくらいに」
「む」
「むぐ」
「……!」
息、苦しい。
というか。
ボフっとする、この感触。これは、まさに。
「おっと、なんだ」
魔女さんがボクたちを離して、三頭の顔を眺めなおす。
「反応も三者三様。鼻の下を伸ばす子もいるな」
「……!!」
プイ、っとライトが咄嗟に顔をそらす。
「ふふ、そういう反応も含めて、君たちは実に可愛いらしいな」
そう言うと、魔女さんは右手の指で輪っかを作り。
「どれ、こういう時は魂にこそ秘密があると相場が決まっているものだ」
その小さな輪っかを、ボクたちに向ける。
「ちょっと、覗かせて貰うよ」
「む」
「ん」
「ぬ」
その右目で見られて、ちょっとぞくっとした。
「おお、これはこれは」
そして魔女さんは、ボクたち三頭の顔を順番に眺めていく。
「なるほどね」
「なにか、分かったのであるか?」
「うん。それなりにね、というか、こうしてみれば一目瞭然なのさ」
魔女さんはそう言うと、指をくるくると回しながらどこか楽しそうに言った。
「君たち、魂が三つあるね。頭一つにつき、一つ。うん。で、あれば自分の体を欲しがる理由も分かろうというものだ」
「それって」
ボクは首を傾げながら言う。
「そんなに変なことなんですか?」
「変わり種も変わり種さ。いいかい、普通魔界の多頭種というやつは、一つの体にいくつ考える頭があろうと基本的には魂は一つだ。この先の湖に住む水棲龍なんて首が七つあるが、二個目以降の首は寝ることと食べることしか考えていない」
あそこ、そんな恐ろしいもん住んでるんですか?
「そして」
魔女さんは立てた指を自らの左胸のあたりに充てる。
「普通、魂はここにある。中心により近く。それでいて、色々な力の源となれる場所。けれど君たちは、頭に魂が入っていて、そこから体に繋がっている」
通常の魔獣とは、構造からして違うね、と、魔女さんは続けた。
「それは魔界の門番としての特性ではないだろうね。歴代の門番たちも、首に対して魂が複数入っていたという記録はない。君たちだけが有する、特別な才能だ」
「ボクら、だけの」
「だがそれならば先ほどの話も納得がいく。魂が三つあるのなら、当然自身の体が欲しいだろうさ」
「それで、魔女殿」
兄者が居住まいを正すようにして魔女さんに聞いた。
「我らが分かつための方法を、魔女殿は有しておられるか?」
「残念ながら」
ボクらにとって一番重要なその問いに。
「私はその方法を持たない」
魔女さんはそう答えた。
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