三頭犬の左側 2

「よいか息子たちよ」


 今世の我が父君は、その威厳たっぷりの見た目と同じくらい威厳を醸しながら言うのだった。


「我々の家系、すなわち我が輩たちの一族は千年の由来を持つ由緒正しき血統である」


 父君の後背には、部屋の一角に飾られている一枚の大きな絵画。

 そこには、今よりもなお獰猛さを湛えた父君が巨大な門を背にポーズを決めた雄々しき姿が大写しになっていた。


「我が魔頭の一族は、代々この魔界と人間界を繋ぐ門の番人であったのだ」


 隣には同じような構図で門の前に立つ別の三頭犬の絵。その向こう側にも同じ題材の絵画が数点。


「その昔、神にも等しき力を持つ者によって繋がった魔界と人間界。その境界の守り主として使命を持ち、以来千年。我が輩を含めた一族の者たちは皆、あの門を守り抜いてきたのだ」


 へー、と、ボクを含めた三つの首がこくこくと各々動く。きっとあの写真と絵画の主は、ボクらの御先祖様なのだ。


(良かった)


 そんな中、ボクは三つ首の中で一人安堵の息を漏らす。


(女神様もそこは嘘をついてなかった)


 一応はキチンとしたエリートの家系なのだ。これならば、一生の生活は保障されているも同然である。


「して」


 兄者が無垢な瞳のまま、首をかしげて質問をする。


「なぜ父上はずっと家にいるのですか?その大事なお役目であるはずの門番のお仕事は?」


(あれ、確かに?)


 この時点で、嫌な予感は少しだけ感じていた。


「うむ。人間との戦争が終わり、色々とあってな。魔界と人間界を繋ぐ門は、利権争いの結果、両方面ともに人間側が管理をすることになったのだが」


 いや、そんなまさか。


「その結果、我が輩はお役御免となったのである!!我が輩、ツウコウゼイなどと言われてもわからぬゆえな!!」


「つまり父上は」


「うむ、現在無職であるな!!はっはっは!!」


「はっはっは!!なるほどなるほど!!父上は豪快であるな!!」


 兄者と父君が笑いあっている中、ボクは口をあんぐりと開ける。

 開いた口がふさがらない。


「何、案ずるな我が息子よ。長年の我が一族の貢献に慰労に年金が入っておる」


 ああ、つまりは不労所得。問題ない。これなら、問題は。


「まあそれも、我が輩の代までなのだが、なに、お前たちが一人前の魔獣になるまではなに不自由なく……。おいどうした左の息子よ。白目をむいて口を開けっぴろげて」





「詐欺じゃねえかぁぁぁぁぁ!!」


 湖面に向かって大いに吠える。

 聞いてない知らない嘘では無いのオンパレード。

 何が強力な魔力、強靭な肉体、由緒ある家柄だ!

 耳触りのいい言葉使った謳い文句の恩恵ゼロじゃねえか!!

 これどこに訴えればいいの!消費者センターどこ!


「はっはっは、そう騒ぐでない弟よ」


「すみませんどっちのこと呼んでるかわからないんで、ボク左側なんでレフトであっち右側なんでライトでお願いします」


「ふむ、レフト?ライト?よくわからんがそうしよう。レフト兄弟、ライト兄弟」

 

 なんか聞き覚えがある名前が混じってるけど気にしない方向でいこう。


「してレフト兄弟よ。レフト兄弟は何をそんなに吠えているのだ」


「そりゃ、吠えもしますよ」


 ボクはふて腐れるような声で兄者に愚痴る。


「家は没落気味、体の自由はなし。聞いてた話と違いすぎますって」


「……聞いてた話とは?」


「いえ、そこはこっちの話なんで気にしないでいいです。とにかく」


 首だけを上下に振って確かめる。やっぱり体はさっぱり動いてくれない。


「こんな体ですし。ボクも自分の体が欲しいっていうか」


「ふむ、我はいいと思うのだが」


「そりゃ兄者はいいじゃないですか。この体の所有権のほとんどを兄者が持ってるわけですし」


 この身体を動かしているのはほとんど兄者なのだ。それがセンターの特権とでもいうべきか。

 逆にボクにほとんど自由がないのだ。できることといえば吠える事くらいである。


「ふむ、そういうものか。では父上に聞けばいいだろう」


「え、なぜです?」


「なに単純な話である。父上も多頭の血筋。だが、今は首が一つなのだから」


「そうか、父上なら首を体から分ける方法を知ってるかもしれないってことですね!!」


 これは朗報かもしれない。

 いきなり光明だ。


「父上ー」


 早速家に戻って父上に話を聞く。


「ふむ、どうした、息子よ」


「父上のご兄弟はどうされたんですか?」


「ああ、それなら」



「邪魔なので噛みちぎったのである!」





「蛮族かよぉぉぉぉ!」


「はっはっは。流石の我もドン引きである」


 再び、湖面。僕は力の限りを叫んで理不尽に抗う。


「どういう過程を経たら自分の首噛み千切るって結論になるんだよ!!」


「気になるのなら聞けばいいではないか」


「聞ける訳ないでしょ!ボクの首が噛み千切られるわ!」


 うわー、最悪だー、とボクは頭を抱えようとして、それさえできないことに気が付く。


(あ)


 そんなこと、今更になって思い知って、あまりの理不尽さに泣きそうになる。


(それで、いつかボクも)


 抵抗も出来ないまま、兄者に噛み千切られて――――。


「安心せよレフト兄弟」


「……兄者?」


「我らは文字通り血肉を分けた兄弟である。我は、兄弟をないがしろにしたりは絶対にせん」


「……兄者」


 兄者の言葉は、きっと本心だろう。

 けど、それでも僕は。


「それでもやっぱり、誰かに命を握られてるのは怖いよ」

「ふむ」

「……オレも」

「む?」


 ボクの反対側から声がする。ずっと、本当にずっと黙ったままだった、ライトだった。


「……オレも、そう……思う」


「ライト」


 それだけ言うと、ふいっとそっぽを向いてしまうライト。


「そうか。二人がそう言うのであらば」


 ガバリと、湖畔に立ち立派な赤毛を奮い立たせる兄者。


「探そうではないか」


「探すって、なにを」


「決まっておろう」


 そして兄者が、堂々と告げる。


「我ら同じ体に入った三つの魂。それらを別々の身体に分けるための方法だ」


「……!!」


「兄者。けど」


 ライトの驚愕を感じる。僕も、その驚きを言葉にできない。


「兄者には、なんの得も無いじゃないですか」


「見くびるなよ、レフト兄弟。弟たちの願い一つ、いや二つ叶えられずなにが兄者か。それに」


 見据える先には、荒涼たる魔界の地。

 けれど、その瞳に怯えは無く。


「どうせ我らにはやることが必要だったのだ。ならばちょうどいいではないか!!」


 ただ、未知の大地への憧れだけがそこには宿っているようだった。


「さあ行こうぞ兄弟!!」

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