第4話

 翌日、それとなく領収書を差し出すと社長の目がキラッと光った。


「まさか、またその場限りってことはないんだろうな」


 疑うような視線を感じつつ俺は社長が納得するであろう答えを口にした。さすがに奮発してもらって同じことは繰り返せない。その辺は松原さんも察しているようで、食事がすんだ後で連絡先を交換し合った。ただ、互いにスマホに執着してないせいか、いざ取り出したとこでスムーズにいかず時間が掛かった。


 それが可笑しかったのだろう。食事の席で一番笑ったのはこの時だった。


「そうか!じゃ、あとは二人に任せたから。と言っても無理にってわけじゃないから」


 念押しするように言ってから一瞬だけ口角を上げた。


 二人に任せた…か。


 社長の言葉を思い出しながら仕事に就くと料亭での松原さんとのやり取りが浮かんだ。


「この歳まで一人で居るっていうと変に思われるでしょうね」


「いえ、そんなことは。今は女性に限らず男性でも独身の人って珍しくないですからね。俺の知り合いにも居ますよ。気楽で良いって」


 気にすることでもないと言ったのが功を奏したようだ。松原さんは緊張を解きほぐすような笑みを浮かべた。それから話の流れであるかのようにあれこれと話し合った。


 松原さんは兄妹もなく母親と市営住宅に住んでいたが、その母親も数年前に病死し、父親は学生の頃に亡くなったと話した。文字通りの独り身というわけだ。本人も俺の言葉を借りるよう気楽だと笑った。仕事はスーパーに週に五日ほど出ているとか。


 もちろん聞くばかりではなく俺のことも話した。元々は妻の実家で同居する形で住み始めたこと。煙草を吸わなかった義父が肺がんで亡くなったこと。義母は認知症を患い長い間施設に入っていることなど。言ってみれば俺も独り身同然である。もっともそれを社長たちが案じたってことなのだろう。


「八神さんもそうでしょうが、このくらいの年齢までくれば人に言えないことの一つや二つは―――」


 松原さんの言葉に頷きつつも帰り際に見せた顔が何度となく浮かんでは消える。どこかで見た覚えがある。ドラマか映画だったのか、あれこれ考えたがどうにも思い出せない。歳は取りたくないもんだとつくづく思った。


 たどたどしい指使いで俺はメッセージを送った。好意というよりは義理立てが大半だが、他愛もない話であっても乾いた生活には潤いにも似た何かを感じる。意固地になることもない。


 冷たく聞こえたらごめんなさい。と前振りしてから遅い早いはその人の運命だって私は思うんですけど。そんな松原さんの言葉もスマホを操作させる理由なのかもしれない。




「ここんところ妙に八神さんの顔が明るくなったような気がするんですけど」


 俺の方を見ながらニヤッと笑ったのは営業になって五年の関口せきぐちだった。


 メッセージを送った翌日、会社の食堂で昼飯を食べていた時のことだった。気のせいだと俺はお茶を濁した。関口はちょっと小首を傾げてから不意に閃いたと俺に指先を向ける。


「もしかして、宝くじが当たったんじゃないですか?」


「営業成績も悪く無い奴は勘も冴えてるな」


 図星を匂わせる表情を浮かべて返すと、咀嚼していたものを吐き出しそうになりながら関口は腰を浮かせた。


「マジっすか!?」

「ああ!ただし三千円だ」


 もしやと期待した自分がバカだったと関口は大袈裟に脱力して見せる。こんなやり取りもいうなればわが社では日常茶飯事。とにかく社内での対話や交流がしっかりとれている。営業という職を退き倉庫の担当になっても関口は時々顔を見せては俺にアドバイスを求めた。


「仮に高額当選でもしたら三日三晩飲みに連れて行ってやるからさ」


 買ってもいないことは伏せお決まりとも言える言葉を掛けると関口は了解したという風に箸を持った手を挙げた。同様に返しながら宝くじの話で良かったとも思った。

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