第5話「交換実験(こうかんにっき)」

 訳も分からず一昨日から始まった恋愛実験。


 今の心境を端的に表すなら「どうしてこうなった」「もうどうにでもなーれ」だ。


 昨日は帰宅してからずっとDSS2をプレイしていたのだが、正直全然集中できなかった。


 母さんからは「晶ちゃんとはどうなったのよ!今度家に呼びなさい!」姉からは「あんたの学校の晶ちゃんって、藤沢あきら?マジかよ!ついでにアンタサイン貰ってきなさい!」とまくし立てられたが全部「あーうん、おいおいね」で流しといた。


 というか姉よ、藤沢あきらのこと知ってたのか。意外とミーハーだな。母さんも何故かあきらちゃん呼びしてるし。


 ちなみに父さんはリビングのソファで静かにしていた。こういう時の女性陣のテンションには決して触れないのが父さんの処世術なのだ。


 裏切者め。


 で、今朝。七時五十八分。澤井家玄関前。


「はよー!(^ω^)」


「なんだよニヤニヤして、キン〇マみたいな口しやがって」


「キ……!!あ、朝から何言ってるのよ!!!これは猫口!にゃんこなの!にゃんにゃん!セクハラ許さないにゃん!」


 顔を真っ赤にしながら手を猫の形にしてぼくの肩をポフポフと叩く加藤さん。


「くっ……殺せ」


 可愛いじゃないかばかやろう。


「え!?なんでそーなるの!」


「わからんならいい。わからなくてもいい」


「ふーん、ま、いいや。はい、これ!」


 手渡された実験レポートを受け取る。


 どれどれ、とページを開こうとすると「ちょ、まって!夜!夜に開いて!!」と怒られた。


「てかさー、LINEちゃんと返してよ~」


「返信ちゃんとしてるだろ?」


「いやいやいや、このやり取り見てよ!」


 あきら「いま何してるの?」


   「ゲーム」誠一


 あきら「ウチは今何してるでしょう?」


   「しらん」誠一


 あきら「考えて!」


   「ん~、メシ」誠一


 あきら「はずれー!今日のこと思い出しながらレポート書いてました~!」


   「さよか」誠一


「ちょっとそっけなくなくない?」


「こんなもんだろ。ほれ、ぼくとたっちゃんのやり取り」


 誠一「ぬるぽ」


   「ガッ」タッチ


   「どした?」タッチ


 誠一「6章ボスつえぇ」


   「明日でいい?」タッチ


 誠一「おk」


   「把握」タッチ


「な?」


「な?じゃないし。なにこれどゆ意味?」


「特に意味は無い。そんなことより早く学校行こう」


「解り合ってる感じが地味に嫌だ……こんなだから女子の間でイジられるんだよ」


「やめろください!」


 二人でしばし、無言で歩く。


「ね、手でもつないでみる」


 ゾクゾクゾクゾクっっっ


「ば、バカタレ!耳元で囁くな」


「ふひひ、耳真っ赤になってるwウケるw」


「くそ!いつかやり返す!」


「今でもいいよ?はい、どうぞ」


 加藤さんはかがんでサラサラの髪をかき上げる。形の良い耳。あ、穴ついてる。ピアスつけるんだ。そうだよな、モデルだもんな。いい匂いする。シャンプーの匂い?


「どうしたの?早くしてよ」


「い、いまじゃない。不意打ちじゃないと意味がない」


「そ?じゃあ楽しみにしてる」


「おう」


「……うん」


 ちらっと加藤さんを見上げてみたけど、逆光と長髪に隠れて表情が見えなかった。


 いつかやり返したる。


「んじゃウチ、今日は授業終わったらすぐ帰るから!」


「あいよ」


 昨日と同じようにチラチラとほかの生徒が見え始めたころ、加藤さんは先に駆けていった。


 がっこいこ。


 で、なんやかんやあって放課後のこと。


「あっこのボスな~、この装備したら余裕らしいよ?てかせーちゃんwikiみないん?」


「wikiだと最後まで書いてあるじゃん。ついつい全部見たくなるから最低限にしたい」


「オレに聞いてる時点で同じ穴じゃね?」


「それな」


 (きゃー!同じアナだって!聞いた聞いた!?)(捗る!捗るわー!)


 聞こえない聞こえない聞こえない。


「なぁ、澤井くんってキミだろ?ちょっといい?」


「え?」


 たっちゃんとDSS2について話していたら、知らない奴に話しかけられた。


 誰これ?校則違反ギリギリの茶髪にピアス?校内でアクセサリーは校則違反では?


 てか怖い。ナニコレ、カツアゲ?なんで俺の名前知ってるの?


「ちょっと顔貸してくんね?話あっから」


「い、いや、ちょっと困ります」


「いーじゃん、すぐ終わる話だし」


 いや、勘弁してくれ。


 こういうヤンキーみたいなの、苦手なんだよ。


「すぐ終わるならここで話してくれませんかね?センパイ」


 たっちゃんが割り込んでヤンキーの視線を遮る。


 先輩?あ、襟のピンバッジがⅢになってる。三年生か。


「あ?アンタ誰?」


「サッカー部の楠木っす。聞いた事ないっすか?」


「あ、あぁ……キミが」


 サッカー部エースの名前は三年生にまで広まってるのか。マジでスゲーなたっちゃん。


「で、すぐ終わるんなら今ここで話してもらえませんかね。オレ達も暇じゃないんで」


「あ、いや、藤沢あきらとの噂って、ホントなのかな~って」


「あぁ、アレ、勉強教えてって言われただけらしいっすよ。コイツこう見えて学年二位なんで」


 こう見えて、は余計だ。


 それとこのヤンキー、加藤さんの本名知らないのか。


「え!?マジかよ。スゲーじゃん澤井くん」


「えぇ、まぁ」


 目をそらしながら答えるぼく。かっこ悪いなぁ。


「噂はあくまで噂ってことでいいじゃないですか」とたっちゃん。


「……そうだな。じゃあ――」


「あ、藤沢ってセンパイみたいなヤンキービジュ苦手って言ってましたけど」


「え、マジで?」


「マジマジっす。あいつのタイプって、インテリ系っすから」


 え!?たっちゃんって加藤さんの好きなタイプ知ってるの?


「まじかー……教えてくれてサンキュな。あ、澤井くんもごめんね~」


 ヤンキー先輩はとぼとぼと教室を出て行った。


「強くイキロ」


「おまいう。てか昨日気をつけろって言ったベー」


「あれってこういう事だったのか……」


 モデルで芸能人の藤沢あきらと付き合ってるって噂が流れたら、そりゃ疎まれるわ。


 というかたっちゃんのムーブがマジイケメン過ぎて自分が情けなくなる。


 ハァ……


「で、実際のところどうなん?」


「ん……まぁ、たっちゃんならいいか。誰にも言うなよ?」


「おう、まかしとけ」


 ぼくは今朝渡された実験レポートを鞄を開いて見せる。


「え、これって」


「レポート。実験の」


「こうかんにっk」


「レポートだって言ってるだろデコ助がぁ!」


 (さっき楠木君が澤井くんを庇ったわ!)(純愛!純愛よ!)(じゃれついてる……尊い)(尊すぎて辛い)


 聞こえない聞こえない聞こえないーーーーー!!!

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