【第59話】人族への偵察

あの襲撃以来、何の音沙汰も無かった。人族が攻めてくる事はおろか、森の中でも見かける事はない。

念の為、エルフ族から数人森の中での海外に当たらせたが何もないと言うのだ。


私は、数名を集めて会議を開く事にする。


「さて、人族の動きについてなのですが…」


「その事じゃな、妾も不思議に思っておった」


「そうです、あれから攻める事もなければ、前回の襲撃の際もそれほどの戦力ではありませんでした」


「我らの村を崩した奴らも、脅威に感じたのは最初の一人だけだからな」


「そうです、こちらもゴープと名乗る八獄衆の一人がやってきましたが、途端に姿を消しいなくなりました」


そここら様々な憶測を話しているが、何もまとまらない。手元にある情報が少なすぎるのだ。


「そこで、偵察部隊を編成しようかと考えています」


「おいおい、それは危険すぎやせんか」


「セーレン、ご意見はごもっともです。ですが、これ以上ここで手をこまねている訳にはいきません」


「だが、方法はどうする」


「それに関してはコハクに協力をお願いしたく」


変身チェンジじゃな?」


「はい」


そう、コハクたちの作り出したオリジナルの術式、変身チェンジであれば、人族の国へと潜入はできる。ただ、その後が問題だ。人族はあの国にしかいない、すなわち見知らない顔が歩いているだけで、それは違和感になる。


「確かに可能じゃが、分かっておるな?妾たちとて、長い年月をかけてあの国に潜り込めるようになったんじゃぞ」


「はい、リスクは百も承知です。その証拠に、私単身で乗り込みます」


「マスター・ナディ!それはあまりにも危険…」


「分かっています。でも、何かあれば殺されるのは私だけで済むのです」


「妾がそんな事を許すと思うか?」


「今はリスクを背負ってでも動く時です、それに私が万が一殺されるような事になっても、情報だけはこちらに送れるように手筈は整えてあります」


そうして、私は机の上に一つの円盤のようなものを置く。この円盤について説明を続ける、これは元の世界でいうドローンのようなものだ。

魔核を、埋め込みある程度の命令を式として中に書き込む事に成功したのだ、いわゆるコードだ。


「これを飛ばして、こちらへと送り情報を持ち帰る手筈にしています」


「それがどうやって情報を待つと言うのじゃ?」


私が手をかざすと、ノイズ混じりの音声がこのドローンから流れ始める。自己紹介と、この仕組みについて軽く話している。


「なるほどの、音声を保存しておけると」


「はい、これならば手間もかかりません。ここまで飛ばせる事も想定済みです」


しばらく全員が考え込む、各々が感じている事だろう、ここで偵察に動く事が最善であると。

ただし、ここで私が死ねば兵器の開発はもとより、この街の発展や研究関係が、一旦停滞してしまう恐れがあることも考慮しての事だと思う。


最後に一足が必要か。


「では、もう一押しします。私は、今回の偵察で敵の動きだけでなく、魔王心の解放と継承についてと探ってくるつもりです」


そう、私含め誰もが待ち望んでいるものだ、全員の俯きながら考えていた頭が持ち上がる。この黒い箱と鎖は人族がもたらしたものだ、では、それに関する記述が、人族の国にあると誰しもが考えた事はあるはずだ。


「敵の動向と、魔王心について。この二点に関する重要な情報を持ち帰るつもりです」


「何故お主だけで行こうと?」


「このドローンを扱えるのが私だけ、そして一人の方が効率良く動く事もできるのと、怪しまれるリスクを最小限にするためです」


そこからまた沈黙が流れる。


「我は異論ない」


「私も同じく」


「マスター・ナディがそうされたいと望むのであれば」


「…コハク、良いですね?」


「うむ、致し方なし。ただし無事に戻ってこいよ」


「勿論です、私も死ぬつもりはありませんから」


また人族が侵攻を始めるかわからないので、私はあらかじめ準備していた装備を身につける。

コハクに変身チェンジを施してもらい、準備は万端だ、会議が終わり次第すぐに街を出ていく。

私がいない間は、コハクに全体の指揮を任せた。特に異論も出なかったので丁度いい。


そこから私は、陽が沈もうが休んだり、睡眠をとる必要もないので全ての時間を、人族の国に向けて駆け抜けていた。





ー 久しぶりだ、この国も。

私の今までは、良くも悪くもここから始まった。

異世界に転移され、壊されかけたところを寸前で救われ、この世界で生きる意味を見出し。


そして、身勝手な振る舞いと暴虐の限りを尽くす、人族と王燐を許す事は絶対にないだろう。

私の今回の偵察で、今後の結果が大きく動く。


「日暮れまで待つか」


私は、森の中で日が暮れるまでの間待った。



そして、迎えた決行の時。


「いきますか」


私は城門の方を確認する、兵士が二人ほど立っているのが確認できた、今は人族の見た目をしているのでそのまま通ることも出来るだろうが、念の為壁を伝って登る事にする。


前に使っていた隠遁ハーミットを作ろうと思っていたが、何故か森中から魔物の気配が消えていた。今、魔の森と言われた場所には魔物が一匹も存在していなかったのだ。


無いものを願っても仕方がない。


私は、兵士から見えない城壁のそばまで寄る。勿論だが、突起なども無くここを登るのは簡単では無い。

音を立てる事もできないので、慎重に登らないといけない。


体に装備した機能の一つを作動させる。次第に体は、音を立てることなくその場を浮き始めた、そう重力反転だこれにより私の体にかかる重力を相殺させ、浮かび上がらせているのだ。


「ふむ、問題なく上手くいきましたね」


あっという間に、城壁の一番上に降り立つ。降りる時は機能を解除するだけなので簡単だ。


身を屈めながら、辺りを警戒する。幸いな事に周囲に敵兵はいないようだ。この体になってから、以前のような[探索/検索スキャン]が使えなくなったので、多少は不便している。


音と目視で周囲を警戒しながら、慎重に城壁の上を歩いていく。ここはまだ城にも到達していないので、道のりは遠い、ようやく街の中に降り立つ事が出来た。


深夜なので街の中はかなり静かだ、灯りなどもなくこちらの姿が見られる心配も多少は和らぐ。


静かに音を立てないように、城に向かって歩き始める。以前に使っていた脱出経路も使おうか考えていたが、今はクベアが出口にいないのですぐに鉢合わせになる可能性がある。それに、あそこが今も見つかっていないとは考えにくい。


「クベアがいなくなった事で、怪しまれているでしょう」


さて、どこから潜入したものか…この街の地図は記録してあるが、細かい城の地図は無い。

フロア毎に前回侵入したときの事は覚えているが、そもそも前回はいきなり城の中へと直接侵入した。


「また上から行くしか無いか?」


そんな事を考えながら確実に、城へと向かっていく。

以前とは違った雰囲気を感じる、家が少なくなっているような。いや、そんなわけないか暗いので気のせいだろう。


そうして家の隙間を縫って歩いていき、この国の内側の城壁の近くへと到着した、ここも中々の高さでそびえ立っている。


少し離れて観察しているが、さすがに内側の城壁ともなると、上に巡回中の兵士が数人確認できた。


「普通に上がるだけではダメですね…」


先ほどの同じく、反重力の力を使って浮き上がる事も出来なくは無いが横から完全に見られるだろう。

どこかに潜入できるポイントはないかと、壁の周りを探しながら回り歩く事にする。


「さすがと言うべきか、隙のない壁が続いていますね」


さて、どうしたものか…。


半分ほど回り歩いた頃、ちょうど城の裏手に来た私は、ここだと思える場所を発見した。


そこには、排水と思われる水が流れ落ちている場所があった、流れている場所は一箇所のみ、ずっと街の中を伝って外まで流れていっているような雰囲気だ。


「ここをさかのぼって行けば」


幸いな事に、人一人は十分に倒れるぐらいの通りが出来ていた。但し、この先がどこに繋がって、何が待ち構えているのかは想像できない。


無事に城の中へ侵入出来ればいいが。


私は意を決して、排水管の中へと入る。

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