【第57話】情報戦

気づけばこの街、スタンドレスも立派になった。住民が増えた事もそうだが、各所に配置された防衛設備や、完成したばかりの嵐の壁。攻撃手段としては、まだまだ心許ない気もするが、そこは私の進めている研究次第になるだろう。


個々の実力としても、かなり上がっている。


ただし、人族への侵攻を開始する為の最後の鍵、魔王心の解放と継承が何も進んでいない。


試しに力ずくで破壊を試みたが、何も通用しなかった。錬金術などの観点から見ても、不明らしい。

各種族共に動きがないという事は、彼らもまた何も手を尽くせていないのだろう。


「……潜入、ですかね…」


いや、今となっては危険すぎる。いくら、コハクの変身チェンジの術式があるとはいえ、今は厳戒態勢中だろう、以前のようには行かないと思う。


そもそも、この素材は何でできている?鉄でも無ければ、誰も解明のできない素材らしいが。それに、いくら種族の王たらしめる、魔王心を封じたからといって、種族全体の弱体化に追い込む事は可能なのか?


「魔顕だったっけ、種族たらしめる力とは言っていたが…そもそも種族とは一体」


この世界には人間、人族と呼ばれるものは存在していなかったらしい、ある日を境に異世界から来訪しそこから爆発的に増えて、今の人族が形成されたと。


なら、この世界にとって異物である彼らは何故呼ばれた?顕現も、術式もこの世界にとっては当たり前の力であり、異物である彼らがそれを簡単に、封じれるものなのだろうか?


そのおかげといっていいのか、今の状況は均衡が保たれてきたように感じる。人族も戒族を全滅させたとはいえ、他の種族に対しては追いやる事しか出来ていなかったのだから。


「戒族だけが何故、全滅させられた?」


果敢にも攻め込んだ結果、とは聞いたが。


そんな事を考えていると、外が慌ただしい事に気がついた、様子を見に外に出た、皆が集まっている方へと歩いていくと、その先に人だかりが見えた。


「あ、ナディさん!こっちです!」


ジャスティスに呼ばれる方へと歩いていくと、傷だらけになった天族の一人が、囲まれながら横たわっていた。


彼の元へと駆け寄り、しゃがんで声をかける。


「何があったのですか?」


「ごほっ…がっ…至急、おうえ……」


振り絞るようにそう言葉を漏らし、全身から力が抜けたように倒れ込んでしまった。必死にジャスティスが呼びかけるも反応がない、呼吸と脈を確認するが、死んでしまった事実を認識させられるだけだった。


私はすぐに立ち上がり、全員に伝える。


「これより、天族の元へと応援に向かいます、敵は人族でしょう。奴らが天族を追い込むほど攻めてきた可能性があります!!」


全員に指示を出し、応援に行く部隊を決める。ジャスティスをリーダーに、天族の全員にコハクとサクラを向かわせる事に、ゴーレムもと思ったが移動が遅くなるのでやめた。

私が向かうと言ったのだが、コハクが代わりに行くと言うので、ここは任せる事にした。


万が一、天族が陥落するような事があれば、この地にも一気に攻め込まれる可能性がある、それだけは阻止したいところだ。


天族の応援部隊はすぐに身支度を整え、コハクとサクラを抱えて飛んで行った、間に合うと良いが。


「伝令!伝来!」


「今度はどうしましたか!?」


遠くからエルフ族の一人が走って向かってきた、息を切らしながらも見てきたものを伝えてくれる。


「森の奥から、人族が攻めてきました!!」


なんと、二ヶ所同時に攻めてくるとは。考えたくはないが、人族の侵攻準備が整ったという事だろうか。すぐに迎撃大勢をとるよう、その場にいた全員に告げ私も準備をする為に一旦研究所に戻る。


「だがおかしい、何故この場所に向かってきた?」


そう、天族の拠点は見つかっていたが、この場所は今までに攻め込まれた事は一度もない。森の中から出てくれば、すぐに伝えるように見張りには伝えていた。

今日初めて、森の中から出てきたという事にはなるが、一体どういう事だ。


考えても仕方がない、目の前の人族を排除することに意識を向ける。


準備を整え、森側の防壁の上へと登り確認をする。

確かに、私の視界にも人族の軍勢が映っていた、確信があってこちらに向かっている気がする。


「総員、配置につけ!」


クベアが防壁の上にいる人員に号令を出す、彼らは大砲を向かってくる人族へと標準を合わせ、射程距離に近づくまで待ち続ける。


「まだ撃つなよ…」


確実に歩み寄ってくる人族、こちらも最大限の被害を生む為に限界まで引きつける。


「まだまだ…」


もう少しで射程圏内に入る、ゴーレムたちもその腕に装着した大砲を構え始めていた。


「放てぇっ!!!」


その号令と共に、激しい爆音がそこら中から響き渡る。放たれた砲弾はまるで雨のような数で、一直線に人族の軍勢に向かって飛んでいく。


着弾と同時に激しい爆撃を浴びせ、こちらからは視認が出来なくなるほどの、爆煙を立ち上がらせていた。

今できる最大限の遠隔攻撃だ、被害の程は……。


すると、煙が消え始めると同時に、黒く巨大な網のようなものが姿を表し始める。


「あれは、一体なんだ?」


あの黒い網に防がれたのか、被害少ないようにも見える、全てではなく、防ぎ漏らした数発が着弾したようで、その場に人族が何人か倒れていた。


それでも想像していたほどではない。


近くで確認する必要はあるが、第二、第三の砲撃が続け様に浴びせられていた。だが、ほとんどがあの黒い網によって防がれていた。


私も、持ってきた魔銃・超電磁砲レールガンを構えて、数発網目を狙って撃ち込むが、網目が小さく塞がり始め、これも当たらなくなる。


風穴を開けた端から塞がれては、焼け石に水だ。こちらのエネルギーも足りなくなってくる。


そうこうしていると、すぐそばまでの接近を許してしまった。


私は迎え討つ為に、防壁から外側へと飛び降りる。


「あ、ちょっ、ナディ!」


「クベア!砲撃は一旦終わりです、戦える者を降ろしてください!」


地面へと降り立った。


私は即座に拳銃を両の手に構え、人族のに対して銃口を向ける。そのまま引き金を引き、数発撃ち込む。

勿論、当たらない事は分かっている、軽く牽制をして足止めをしているだけだ。


両の拳銃を撃ち尽くし、弾倉を入れ替える。


その頃にはこちらの戦略も揃っていた、遠距離攻撃部隊と、私と同じく前線に攻めに行く部隊とで分かれた。


全体の指揮はこのまま私が取る、上からはシャナン率いるエルフ族の弓攻撃、下ではクベアにファーネ、セーレンとが武器を構える。


数でいけば圧倒的に不利だが、あの黒い網さえなんとかすればこちらの勝機が見えてくる。


「総員、戦闘構え!誰一人として死ぬな!」


そう号令を出し、人族の元へと駆け走る。エルフ族の放った、様々な原素の矢が頭上を飛んでいくが、全て黒い網によって遮られている。網目の隙間を通過する矢もあるが、その殆どが届いていない。


私も黒い網目の目前まで、迫っていた。


「私のに穴を開けたのはお前か?」


突如として、薄暗そうな黒い髪の男が間に入ってき、穴の空いたままの黒い網を指差し、問い掛ける。


「だとしたらどうしますか?」


私はその男の顔面目掛け、銃口を突きつける。至近距離から撃たれた弾は、またもや黒い網が間に入ってきて防がれた。この網は、近くで見ると黒い縄のようなもので、網目状に張り巡らされていた物だった。


「悔い改めよ……」


突然、一本の黒い縄を横から鞭のようにしならせ、私を叩き飛ばした。さほど損傷は出なく、その場ですぐに立ち上がる。


「おぉ、神よ…この者たちに地獄の罰を与えたまえ」


そう言いながら、祈るようにこちらを見ている。


「私は八獄衆が一人【ゴープ】と申します、お前たちを地獄の底へと引きずってやる者です」


また八獄衆が来たか、どうやらこちらが本命か。

天族の方が陽動だとしたら、何故こちらに本命を差し向けた?


いや、、こちらの情報が全て見られていたのだろう、私たちが認識できない外側から、こちらを随時確認していたのだ。


情報戦で、この私が一歩遅れるとは。

ここ最近は、目の前の事ばかり集中していたとはいえ、これは防げていた可能性は高い。


「さて、神に祈りを捧げる時間は与えました、死んでください」


そうして私たちに向かって、全兵が突撃してくる。

ゴープは、その人混みの中に隠れて見えなくなっていた、私たちは迎え討つべく構える。


「みなさん、気合を入れてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る