【第24話】- 風龍【サラカント】 -

絶望を引き連れて土龍が顔を出す。

崩れたはずの洞窟から、ゴルマイガが。


岩石を、その足で掘りながら進んできたようだ。

右足、左足…そしてその絶望が、顔を出してくる。


「皆さん、動けますか…」


「きっついけど、動かなあかんな…」


「お主ら逃げるぞ!走れぇ!」


全員が立ち上がり、背を向けながら駆け出す。

戦う気力は残っていない、ただただ逃げるしか。


「グゴガァァァァァァアアア!!!」

「ギャラガァァァァァァアアアウ!」


おかしい、奴の声に何か混ざっている。

後ろを振り返るが、一体しかいない。

どこだ、この声の主は。


「!?」


「皆さん!上です!!」


上空に現れ姿を見せる。

全員が歩みを止めた。

膝をつき、地面に崩れたのだ。


さらなる災いと、厄災がやって来た。

その姿は、私たちの生きる気力を根こそぎ奪う。

生きたいと願うことすら許されない。

この場で息をすることすら。


「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ、終わりじゃな」


「ふぅーっはぁーっ…何もできぬな」


「………はぁー…はぁー…はぁー…」


「…あははははっ、こんな終わりかいな」


圧倒的な存在に挟まれているのだ。

その気迫には何者も抗えない。

ただただ身を委ねるしかないのだ。


空に現れたその龍は、孔雀石のように美しい鱗だ。

細く尖った翼を背から六枚覗かせ飛んでいる。

腕を組み、こちらを見ているようだ。

長い口と細長く伸びた一本の髭はまさに、龍。


【風龍 サラカント】


風のように優しく飛び、嵐のような荒ぶる目を向ける。

土龍と同じく、風を司る龍なのだろう。

見事に名は体を表していた。


後ろからはゴルマイガが姿を完全に出していた。

これで完全に囲まれた。

ここまで来ると、恐怖も感じなく笑うしかない。


「あはははっ、これはこれは…やられたの」


「がはははっ、清々しいな!龍よ!」


私も、この場から逃げ出す案は算出できない。

諦めるしかないのだと、考える。


「グゴガァ、グゴガガガガグゴガァァァ!」


「ギャギャラアラアラア、ギャァァア!」


何か会話をしているのだろうか。

言葉は理解できるはずもなく、何も思わない。


〈 おい 聞いているか 〉


「!?」


全員が上をまた見上げる。

言葉が聞こえたのだ、そんな事もあるはずなく。

それでも声が聞こえた気がする。


〈 がはははははっ! 我らに 臆した な! 〉


〈 黙れ また お前は それに何度 言ったら… 〉


確かに聞こえた。

この二体が会話をしている声が。

先程までは聞こえなかったはずなのに。


何もわからないでいると、こちらへ降りて来た。

その二足で、私たちの前に降り立つ。


〈 もう一度 問う 聞こえて いるか 〉


「あ、あの…聞こえてるかと?」


〈 ふむ 問題ないな 久方ぶり ゆえな 〉


間違いない、会話ができている。

この圧倒的な存在と話しが出来るのか。


「話しを聞いていただけるのであれば、何卒、妾たちの命だけは見逃してくれんか…くれませんか」


コハクが頭を下げる。

それに合わせて全員も頭を下げる。


〈 我を このようにして よくもぬけぬけと… 〉


コハクの顔は真っ白だった。

汗をかき、目は泳いでいた。

殺されると思ったとはいえ、あそこまでしたのだ。

これで見逃してくれとは、虫のいい話だ。


「確かに、虫のいい話しかとは思う!それでも妾たちには成さねばならぬことがありまして…」


〈 我には 関係あるまいて のぉ? 〉


「そ、それは…」


「それならせめて僕の命だけでなんとか!」


「クベア!?」


「なんやそれ!」


「儂の命もくれてやる!頼む!」


「二人とも許さんぞ!妾の命だけにせい!」


しばらく言い合っている。

自身を犠牲に、皆を助けようとしているのだ。


〈 ふぅーっ おい そろそろ やめておけ 〉


〈 がははははっ! ついな いいじゃないか! 〉


思ったより和やかな雰囲気が流れる。

もう私たちに何が何だか分からなくなっていた。

頭が混乱して、思考が追いつかない。


〈 許せ やつの悪ふざけだ すまんな 〉


〈 ふんっ ここまでされたのだ いいだろ 〉


〈 自業自得だよ どうせまた 油断したろ 〉


〈 ぐっ 違うわ! 性分じゃ 仕方あるまい 〉


〈 はぁー… お前と いうやつは… 〉


何を見せられているのだろうか。

私たちがどうなるのかは明かされぬまま。


「あ、あの…妾たちは一体…」


〈 心配 せずとも 殺しは しない 〉


「本当ですか?」


〈 大丈夫 大丈夫 殺すつもりなら とっくに お前らは 死んでおったよ 〉


「えっ?殺すつもりが…なかった?」


〈 久々に 会えたのだ! どれぐらい戦える のか 気になるって もんだろう! 〉


〈 やっぱりか お前は 昔から 好きだな 〉


〈 戯れてる ようなもん だ! 気にするな! 〉


「え、いや… 死ぬかと、思いました……」


〈 大丈夫 大丈夫 何とか なってたよ! 〉


先程までの戦闘を見ていた私としては、死なないようなものではなかった気がする。


〈 お前は それで叱られてたろ やめろって 〉


〈 食うしか やる事がないんだ いいじゃろ 〉


「それで…なぜこんな事に?」


そんな聞き方しかできないのだ。

色々な事が起きすぎて、情報がパンクしていた。


〈 それだ おい また俺の巣を 食ってたな 〉


〈 え? なにが? 知らないよ? たまたまだ 〉


〈 なら なぜ こんな事に なっている 〉


〈 こいつらが やりました 〉


「え!?あ、いや…やりましたが!それは!」


〈 分かっておる どうせ こいつに 襲われて 何とか 生き延びようと した 結果なのだろう 〉


〈 仕方ないだろ 食い進んでいた… あっ 〉


〈 ほほう 食い 進んで いたと… 〉


〈 ごめんね? 〉


〈 あとで覚えておけ 〉


〈 ふぁい 〉


〈 さて すまぬな 紹介が遅れた 〉


目の前の冷静な風龍が【サラカント】、後ろの子供っ気のある土龍が【ゴルマイガ】との事だった。

ここの、大峰魔山はサラカントの巣で、時折ゴルマイガが食べに来るので、叱りに来ていたとの事。


そんな中で、突如とてつもない爆発音を耳にし、状況の確認も含めてこちらに飛んできたと。


ゴルマイガは昔から、この大地に生きる各種族と戯れ合うのが好きだったとの事だった。

ここ数年見かけなかったので、久しぶりに見かけて、つい気持ちが昂ってしまったと。


〈 私たちは この世界に生きるが ヘブンズガルドの争い事には極力 関与しない そう決められていた なので 人族の 一方的な侵攻は存じていた 〉


〈 そうそう! だから我は 人族が嫌いだ 〉


〈 関与 しては ならぬぞ? 〉


〈 も 勿論 我が好きなのは人族以外だ! 〉


〈 関与 するなよ? 〉


〈 分かってるよ〜 戯れあいたいだけ なのに 〉


「いえ、これは妾たちの争いですから」


〈 そうか 負けるなよ 〉



「っ! ありがとう、ございます」


先程とは違う、感謝を述べ頭を下げる。

私たちもつられて頭を下げた。

少し、嬉しそうな表情を浮かべるように感じられる。


〈 何かあったら 言えよ な!! 〉


サラカントが睨みつけるが気にしてない様子。

口笛を吹くふりをしながら、明後日の方向を向く。


「そういえばお体は大丈夫ですか、爆発に巻き込まれたはずではありますが」


〈 問題 ないよ! 所々 鱗 割れたけど 治ったので 今となっては 綺麗な もんだ! 〉


コハクたちは、少し複雑な気分らしい。

あそこまでやったのに、完治しているのだから。

これが絶対的な存在、龍種なのか。


〈 すまぬな 迷惑を かけた 〉


「そんな!生きていて良かったです、あれだけの猛攻ながら、手加減をしていただいたみたいじゃしの…」


〈 こちらこそ ごめんな! 〉


取り敢えず、これ以上は何かされる事はないらしい。

無事に、全員が生き残った事だけで安堵する。


〈 そういえば どこに行く つもりだった? 〉


「この先の、戒族の国があった跡地へ」


〈 ふむ 理由は聞かぬが 連れて行こうか 〉


「えっ!?いや、それは大丈夫です!」


〈 なに 気にするでない 迷惑かけたからな 〉


〈 ずるい! 我もなにかしたい! 〉


〈 だまれ 〉


〈 うぐぅっ 〉


「いえ、本当に大丈夫です!足を怪我した人もいてるので休んでから向かおうかと」


〈 なに かまわんよ 《龍の聖息ドラゴンブレス》 〉


そう言いながら私たちに息を吹きかける。

優しく温かい風が身を包んでいく。

その風は傷を癒し、体力を回復さているようだ。

私には影響がないが。



「これは、重ね重ね感謝する!」


「「「ありがとうございます!!」」」


ようやくコハク以外の口が開いた。

先程までは驚きすぎて、固まっていたからだ。

ファーネは、その場で飛び跳ね、傷が治っている事を確認する。


「凄まじいのこれは、生命に干渉するものとは」


〈 ふふ そう褒めてくれるな 普通のことだ 〉


〈 我も そうだな… 土の術式 使うやつ いる? 〉


〈 おい まさか 〉


〈 いいじゃん お詫びにさ 〉


「話が見えぬが、すまぬ、この中にはおらぬ」


〈 えぇー… 残念 じゃあ 渡しておくよ 〉


ゴルマイガはそう言いながら、自身の鱗を剥ぐ。

数枚をコハクに渡し、爪も一本渡す。


「いや、これは貰えぬよ!」


〈 どうせ 生えてくる かまわん! 〉


コハクは両腕に抱えたまま、しばらく考え込む。


「かたじけない、お言葉に甘ささせていただく」


〈 おうよ 言ったろ お前らが好きだと 〉


〈 ごっほん 〉


〈 おっと 内緒な 頑張れよ 〉


「はい、ありがとうございます」


いただいた鱗と爪を紐でしばりまとめる。

竜族の里に戻った時に加工してもらうそうだ。

タルトーの目が一点集中で輝いていた。

かなり魅力的な物らしい。


〈 それでは よいか 送ってやろう 〉


「はい、よろしくお願いします」


〈 それと ゴルマイガ 直しておく ように 〉


〈 えっ ? 〉


〈 当たり 前だ 巣が 荒らされた からな 〉


〈 ちぇっ 我が 作った 山なのに … 〉


〈 何か 言ったか ? 〉


〈 いえ! 何も ありません! 〉


〈 たのんだ ぞ 〉


凄いやり取りが聞こえた気がする。

聞かなかったようにしよう。


私たちを、流れる風が掴み持ち上げていく。

そのまま背の上に運ばれる。

とても優しい風だった。


私たちを背に乗せ、飛び立ち始める。

高度が上がっていき、ゴルマイガが小さくなる。


〈 達者 でなー! 〉


「ありがとうございましたー!」


そのまま反転し、山を降りてくれている。

以外にも体は動くことなく、しっかりとしている。

どうやら、風を操作して掴んでくれているようだ。


皆も安心しきった顔をしている。

心地いい空旅となっているみたいだ。


〈 ほれ 見えて きたぞ 〉


戒族の国があった地が見えて来たようだ。

ただ、だれも言葉を発しなかった。


平原の真ん中に、砂漠ができていたのだ。

これが人族によるものだとしたらと、誰もが目の前の光景を疑っていた。

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