第2話 罪

 20✕✕年 ◯月◯日 午後2:40


 オイラの名前は、田村フミオ。五十九歳。


 少し肌寒い午後、いつもより遅い昼食、まさかこんな幸運に恵まれるとは……


 とてもドキドキしている。オイラが注文したのは普通のラーメン。そうさ、一番安い至って普通のラーメン。

 しかし、どうだ? 目の前にあるラーメン丼の中にはチャーシューが六枚入っている。六枚もだ! 

 普通のラーメンにチャーシューが六枚も入っていていいわけがない! あきらかにオーダーをミスっている。


 カウンターで受け取る時、店員に指摘しようかと思ったが、神様のご褒美なんだ。そう言い聞かせてテーブルまで持ってきてしまった。


 気にすることないさ。間違ったのは向こうだ。食べてしまえばこっちのもんだ!



 合掌! いただきます! 

 いかんいかんニヤニヤが止まらない。


 なるべく音を立てないように、そーっとスープをすする。ニヤけてしまう。さぁ次は麺だ! どうしてもニヤけちゃう。しかし音を立て過ぎて、店員が気付いてチャーシューを取りに来るかもしれないので、すすらず口の中に押し込む。


 丼を見ると一面にチャーシューが広がっている。嬉しくて思わず天を見上げニヤけてしまう。

 正直、美味いかどうかなんてどうだだって良い! チャーシューまみれの絵力だけで、オイラは幸せだ!


 さあ! いよいよチャーシューだ! チャーシューで麺をくるみモミモミ口に押し込む。


「ん……?」厨房が少しザワザワしている。


──ばれたか!? うそでしょ! 

 箸を置き、聞き耳を立てる……



  (厨房の声)

店員A「なん? どしたん?」

店員B「いや、ここにあったコップしらん?」


店員A「さっき自分でそっちに置きよったやん」

店員B「あ、あったあった!」



──はい! バレてな~い! バレてませ~ん!! 指差し確認チャーシューよし!

 そう! このチャーシューはオイラのものだ! 間違いなくオイラの丼にあるもん!



「あれ?」オイラのテーブルからニ、三席はなれたテーブル、中年の男が、うつむき肩を震わせている。

 悲しいことでもあったのか? 


──中年の男よ。すまないが私は今、幸せの絶頂にいるよ。そして厨房の者達、

「ナイスチャ~シュ~!」


 そのとき、「ご馳走様でした!」返却口で食事を終えた若者の元気のよい声。


──ふん! 元気だけはいっちょ前だな。褒めてやろう。(グッドポーズを投げつける)


さあ! 一気に行かせてもらいましょうかな! 


 麺をモミモミ。チャーシューをホフホフ。そしてスープ。

(丼を抱えスープを飲み干す)


 ぷはぁー スープを飲み干し大満足。 



「あ……」


 

 さっきの中年の男と目が合う。男は少し驚いたような目で、かすかに震え硬直している。


──ははぁ~ん。オイラのまばゆいばかりの、幸せオーラに怯んでいるんだな。仕方無いさ、だってチャーシュー六枚だもん……



──いや? 待てよ! 


 まさかこの男……


 オイラのラーメンの、オーダミスに気付いているのか!? 嘘やん! だからこっちを見てるのか!!


 膠着する二人。緊張が走る。

 実質は数秒だろうが、オイラにとっては、周りの景色が早送りで夜になり 朝になり 日が昇り また日が暮れる その繰り返しで三日ほど時が流れたようなとてつもなく罪深い時間。 


 すると中年男、真っ直ぐオイラを見て無言でうなづく。


── え……? なんだ……? 

   そうか! そうなの?

   黙っててくれると言うことなの? 

   なんていい人なんだ! なんて優しいんだ!  

   中年の人よ。


 オイラも無言でうなづき、心の中で「ありがとう」そう言った。



 罪悪感からのちょっとした興奮で、トレイを返却する時、声がうわずってしまい、

「ごちそうさまでした~」変な声が出てしまった。


 オイラは、逃げるようにフードコートを後にしたが、気にすることなんてないもん!


 だってオイラは悪くないも~んだ!


  第三章 刺客 につづく


 


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