のびたうどん

原口 モ

第1話 遭遇

 20✕✕年 ◯月◯日 午後2:40


 俺の名前は、原口 モ。四十八歳。




 ある日、近所のショッピングモールのフードコートで、俺は一人で大好物のうどんを食べていた。




 ふと、顔を上げると二、三席ほど離れたテーブルで、俺と向かい合う位置で初老のダンディが目の前に置かれたラーメンを見つめている。




 なんか気になる……




 ダンディは礼儀正しく、丼に向かって合掌しておじぎをし「いただきます」(口の動きで推測)そして、再びラーメンを見てニヤリ!




 え? あのグルメドラマ? まさか! やってる!! 孤独のやつ!




 ダンディ、今にも「ほ~う そうきたかぁ~」とでも言い出しそう!




 気になる。凄く気になる。


 スープを飲んでニヤリ、麺を箸であげてニヤリ…… 間違いない! やっとるなこれは!




 目が離せない。


 いよいよ麺を口に運んで、すする……?




 ん? 




 すす………… らない!!






──え?


 ダンディ、すすれないのか? 服を汚したくないのか? 麺をすすらず箸でモミモミ口の中に送り込む! 変な食べ方で、麺を一箸分口に送り込むと、天を仰ぎ笑みを浮かべる。




 はい! もう完全にやっとります! 孤独でグルメっとります。




 俺、もう釘付け! ダンディはしばらく麺をズルズルすすらず、モミモミ食べながら満足そうにニヤニヤ。




 きっと「やるな~ フードコート~」「あ、この味好きかも」「これこれ! こうでなきゃ」とでも言っとるんだろう。




 金縛り状態でダンディから目が離せない俺。のびるうどん 冷めるスープ そんな事はもうどうでもいい! さあ! ダンディ! もっとちょうだい!! もっと!!






 スマホ見るふりしてやや前のめりな俺。




「お!」待ってました!


 ダンディいよいよチャーシュータイム! チャーシューで麺をくるんで、ホフホフ モミモミ モミモミ ホフホフ。相変わらず変な食べ方。


──どうなのダンディ? チャーシューどうだったの? 






「あれ……?」




 ダンディ以外な動き。


 丼に箸を置き、体を丼から離す……




──どうしたの? え? 口にあわなかったの? あんなに嬉しそうに食べとったやん! チャーシュー思ったのと違った? 子供みたいに嬉しそうに、箸でくるんで食べたのに裏切られたの?




 俺は猛省した……


 見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。勝手に見知らぬダンディに期待していた自分を恨んだ…… ダンディは悪くない。そうダンディは悪くない……






「おぅ!!!!!」


 油断した! 


 ダンディを見くびっていた!




 ダンディ、首を斜めに傾けて目を見開き、丼を覗き込んで箸を持っていた利き手であろう右手で、勢いよく丼を指差し確認! 「チャーシューよし!」 と心の叫びが聞こえてくるよダンディ!




 箸を置いて、あえての右手! 勢いまかせに振り降ろされた右手をサポートするかのように、左手は丼にしっかり添えられている。




「ヤバい もう駄目だ 静止できない」下を向き肩を震わせる俺。




 そしてダンディ、厨房の方を見てニヤリ。「ナイス、チャ~シュ~」聴こえるよ、私には聴こえるよダンディの心の声が。さらに事態は動く!




 トレイ返却口で、食事を終えた若者が元気よく


「ご馳走様でした」


 その声を聞いたダンディ、若者を見ずにノールックのまま、グッドポーズを若者に送りニヤリ。




 肩の震えが止まらない、心の震えも激しく強く美しく!




 だけど、そんな時間もあっという間に終わりを迎えようとしてた……




 両手で丼を抱えてスープを飲み干すダンディ。ゆっくりと傾いてゆく丼。そのまま後ろに倒れるんじゃないかと思うくらいに…… 麺すすれないくせに……




 丼に顔がくっついたかのように、丼と顔を一緒にテーブルに落とすダンディ。




 次の瞬間、ぱぁ~っと丼からあげた顔。火照った顔。ニヤけた口元。 ダンディの目。 ダンディの視線!






──しまった!




 そう、ダンディと目があってしまった! バッチ~ンと目が!




 膠着する二人。緊張が走る。


 実質は数秒だろうけど、俺にとっては、周りの景色が早送りで夜になり 朝になり 日が昇り また日が暮れる その繰り返しで三日ほど時が流れような、とてつもなく長い時間。




 俺はダンディを真っ直ぐ見て、無言でうなずき心の中で「ナイスファイト!」 ダンディもそれを受けて無言でうなづく。「ありがとう」そう私には聞こえた。




 無言でうなづきあった二人。




 最高のライブを見せてもらった。




 返却口でのダンディの声「ごちそうさまでした~」ちょっと変な声だった。




 空席になったダンディがさっきまで居たテーブルを、しばらく放心状態でぼんやり眺めていた。




 われに返った俺の目の前には、冷めたスープにのびたうどん。でもなぜか心は温かかったんだ。




  第二章 罪 につづく

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