第27話 エメリーヌの決意


 ロラが帰ってから、エメリーヌは自室の寝台の上でふさぎ込むようして、ナインからの問いについて考える。


 自分は、両親の仇に対して復讐をしたいのか。


 正直、わからない。


 そもそも、両親を奪われ強制労働施設に連れて行かれて、ナインと出会い今に至るまで、そんなことなど考えたことすらなかった。


 今日まで、エメリーヌは摩天楼の攻略に精一杯であり、攻略以外のことなど考える余裕はなかったのだ。


「私は、一体どうしたら……」


 いくら考えても答えが出ることはなく、かといって悶々とした状態では眠りにつくこともできない。


 エメリーヌは寝台から降りて立ち上がると、夜風にでも当たろうと部屋を出て、リビングへと向かう。


 リビングに人気はなく、窓から月明かりが部屋に射しこみ、仄かに部屋全体を照らしている。


 摩天楼都市の夜は冷え込むため、エメリーヌは身体が冷えないよう台所で温かい飲み物をこしらえ、ベランダへと続く扉を開き、外に出る。すると――


「どうしたんだ、エメ」

「――っ、ナインさん……」


 先客として夜空を眺めていたナインから、声をかけられる。


「考え事をしていたら、眠れなくなってしまいまして」

「そうか」

「ナインさんはどうして?」

「俺も同じようなものだ」


 それを聞いて、エメリーヌは少しだけ頬を緩める。


「何かおかしいか?」

「いえ、ナインさんでも悩むことがあるのだと」

「心外だな。これでも考え事は尽きないほうだ」


 そう言いつつ、ナインも頬を緩めると、エメリーヌに優しく尋ねる。


「考え事というのは、開拓者狩りのことか?」

「はい、ナインさんとレリアさんは私の意志を尊重をすると仰ってくださいましたが、正直、私自身どうしたいのかよくわからないのです」

「そうか」


 ナインは一度深く目を瞑ってから、続ける。


「俺としても、そう早くに答えが出るとは思っていない」

「はい、ですが――」

「わかっている。こうして考えを打ち明けるということは、エメ自身、本当にどうしたらいいのかわからないのだろう?」

「情けない限りですわ……」


 エメリーヌは改めて自身のふがいなさに肩を落とす。そして。


「ナインさん、私はどうすればいいのでしょう?」


 それを考えるのはエメリーヌ自身だ。厳しいナインはそう答えを返してくるとわかっていながら、エメリーヌは尋ねる。しかし――


「簡単なことだ」

「――っ、そ、それはどういう意味ですの?」

「エメ、お前の目的は何だ?」


 目的、それは――


「第11階層の景色を見る事、ですわ」

「なら、その目的は開拓者狩りを倒さなければ達成することができないのか、それとも違うのか?」

「そ、そんなのは倒さなくても達成できるに――」

「本当か?」

「えっ……」


 ナインの言葉の真意がわからず、エメリーヌはただ呆然とナインの澄んだ黒い瞳を見つめる。


「俺が言いたいのは、第11階層の景色をただ見ただけでいいのかという意味だ。エメがそれで問題ないというなら、これ以上は何も言わない」


 つまりナインは、エメリーヌの精神的な部分に問いかけているのだ。


 両親の仇である開拓者狩りを倒すことなく、過去の因縁を清算しないまま第11階層へ到達して、それで満足なのかどうか。


 そして、そんな状態でこの先の攻略を続けて行けるのかどうかを。


「どうなんだ?」


 答えは明白だった。


「そんなの、倒したほうがいいに決まっていますわ」


 過去を清算したほうが、精神的に憂いなく今後の攻略に臨めるのは明らかだ。


 それに、自分と同じような悲劇に合う人々をこれ以上増やしたくない。


「ですが、それでは皆さんに危険が及んでしまいます!」


 最初にナインとレリアがそれに反対したのは、それがパーティーメンバーの安全を考えたから。


 本来、開拓者狩りのリーダーであるギャエルが、両親の仇であるとさえ言わなければ、エメリーヌの意志を二人が尊重することなどなかった。


 ナインとレリアの安全を第一に考えれば、人殺しに手慣れているギャエルたちと戦わせることなどできない。だが――


「つまり、俺とレリアに危険が及ばなければ戦いたいんだな?」


 エメリーヌとしては、素直に戦わないという選択をエメリーヌ本人の意志とは関係なく、ナインに選んでほしかったのに。


 ナインはあくまでエメリーヌの意志を明確にしようとする。


 もしかすると、ナインは最初から見抜いていたのかもしれない。


 最初にギャエルの話が持ち上がった時、エメリーヌは確かに、反射的に両親の仇に復讐することができると、そう思った。


 そしてきっと、ナインとレリアがパーティーメンバーの安全を優先しなければ、進んで開拓者狩りの討伐に赴いていただろう。


 そんなエメリーヌの本心を、最初からナインは――


(考えすぎですわ)


 いくらナインでも、さすがにそこまではできない。


 そんなことは明らかなのに、ナインならもしかしてと、どうしてもそう思ってしまう。


 それほどまでに、今のエメリーヌにとって、ナインは特別な存在なのだ。


 そして、そのことに改めて気づいたエメリーヌは、ナインにこれ以上は本心を隠し続けることはできないと、重たかった口を開く。


「ナインさん、私、開拓者狩りと戦いたい……戦って、遺恨なく第11階層の景色を見たいですわ!」

「そうか」


 エメリーヌの心からの叫びを聞いたナインは、満足げに小さく笑い続ける。


「エメの意志を尊重しよう」

「ありがとうございます」

「そうと決まれば、明日から忙しくなるな。覚悟しておけよ」

「はい!」


 こうして、ナインたち一行の開拓者狩り戦へ向けての準備が始まるのだった。




【異世界豆知識:摩天楼都市の気候】

摩天楼都市では、年間を通して四季と呼べるほどの気候の変化はなく、日中は20度から30度ほどの気温となり、夜間は10度前後まで冷え込む、砂漠地帯に近い気候が年中続くようになっている。

 

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