第26話 開拓者狩り


 第10階層にたどり着いた矢先、いきなり助けを求めてきた女を放っておくわけにもいかず、俺たちは摩天楼都市内にある拠点に彼女を連れてきた。


「それで、まずお前は何者だ?」


 エメリーヌが入れた温かい飲み物を飲み、少し様子が落ち着いたところで、俺は尋ねる。


 すると、女はローブで隠れた整った顔を出してから、深く頭を下げる。


「まずは、先ほどは失礼をいたしました。私はロラと申します」


 ロラと名乗った女に、俺は話を続けるよう促す。


「この度は、今世きっての実力者とうたわれるあなた方に頼みがあって、参りました」


 今世きってとは大げさだなと思いながら、俺は尋ねる。


「それで、頼みというのは?」

「皆さんは、開拓者狩りという存在をご存じですか?」


 開拓者狩り――訓練所で何度か耳にしたような気がするが、詳しくは知らない。


 一番この中で知っていそうなレリアに視線を向けると、彼女は表情を曇らせながら答える。


「自分たちより実力の低い開拓者を集団で襲って、身包みを剥ぐろくでもない連中よ」


 確かに、摩天楼で得られる素材が高価で取引される今では、素材を回収した開拓者を襲い、それらを奪う輩が出てきても不思議ではない。


 だが、レリアの説明を聞いたロラは、なぜか首を横に振る。


「あなたのおっしゃる通り、開拓者狩りは金品を奪うことを一つの目的としています。ですが、それは真の目的ではありません」

「真の目的?」


 ロラの表情が、怒りと憎しみの色に染まる。


「奴らの真の目的は、殺人なのです」

「「「――っ!?」」」


 この場にいた全員が、表情を強張らせる。


「摩天楼では、フロア内で開拓者が命を落としてもそれを魔物の仕業と見なします。奴らはそれを利用して、身包みを剥ぐだけでなく、好き勝手に――」


 そこからはもう、本当に酷いの一言に尽きるものだった。


 開拓者狩り――夢を壊す者Dブレイカーと名乗る賊どもは、第10階層に住み着き、何日も何年もかけて上り詰めた開拓者を葬り去り、夢を奪われ絶望した表情を見るのを快楽とするらしい。


 そして、一年以上の歳月をかけて第10階層までたどり着いたロラたちのパーティーは、運悪く奴らに標的にされ、壊滅された。


 運よく逃げ切れたロラは当然ギルドに対処を懇願したが、第10階層に到達した開拓者が少ないことに加え、賊どもの実力の高さから、その数少ない開拓者も手を出したくないと言う始末。


 そんな状況の中、ロラたちは最近すさまじい速さで摩天楼を攻略していた俺たちの話を聞き、一縷の望みをかけて賊討伐の依頼をしに来たのだという。


「急なお話ではありますが、考えては頂けないでしょうか?」


 話を終えると、祈るように両手を組みながら、ロラが俺たちにひざまずく。


「ナイン、まずはあなたの意見を聞かせて」

「俺としては、この頼みを引き受けるべきではないと思う」

「――っ、そうですか……」


 俺の答えを聞いて、ロラがその場でうなだれる。


 当然、俺としても、少しでも高みを目指そうとする開拓者を嘲笑うような行為を行う賊たちは許せない。


 だが、仮にロラの頼みを聞いたとして、俺は賊に不覚を取ることはなくても、それによってエメやレリアが危険にさらされるかもしれない。


 そして何より、ロラを本当に信用できるかという問題もある。


 もしかすると、ロラ自身が賊の一員であり、鳴り物に近い俺たちを標的にし、おびき寄せるための作戦である可能性もあるのだ。


 それらを考えると、ロラの頼みを引き受けるわけにはいかない。


「申し訳ないけれど、私もナインと同意見よ。一応聞くけれど、エメリーヌはどう?」

「――」

「エメリーヌ?」


 パーティー全員の意志を確かめるために、レリアがエメにも意見を求めるが、エメからの答えはない。その代わりに――


「ギャエル……ギャエル……」


 エメは夢を壊す者のリーダーを務める男の名前を連呼する。


「エメ、ギャエルという男がどうかしたのか」

「おそらく、その男は、私の両親の仇です」

「――っ、何?」


 以前、訓練所にまだ入る前、摩天楼都市へと向かう行商人の馬車の荷台でエメに尋ねたことがある。


 どうして、摩天楼に挑まなければならないのかと。


 そのとき、エメは答えた。


 貴族に雇われた開拓者のはぐれ者の集団による奇襲から、自分を守ったせいで亡くなった両親との約束――両親が成し得なかった第11階層の景色を見ることを守るためと。


 そして今、エメの前に両親の仇が現れたのだ。


「レリア」

「何?」

「この件については、エメの意見を尊重したい」

「ナイン……わかったわ。私もエメの意志に従う」


 レリアもエメの境遇は知っているため、すぐに俺の意見に同意すると、それを確認して俺はエメに尋ねる。


「エメ」

「――っ、は、はい……」

「お前はどうしたい?」


 俺はエメに尋ねる。


 仇を討つかどうか――否、因縁に蹴りをつけたうえで、両親との約束を果たしたいかどうかを。しかし――


「そ、その……私は……」


 取り乱したように、エメは上手く答えを返せない。


 こんな重要なことを、すぐに決めろというほうが無理があるか。


「ロラ、聞いての通りだ。結論を出すまで少し時間が欲しい?」

「――っ、もちろんです。少しでも希望があるなら、待ちます」

「そうか。なら、とりあえず三日ほど時間をくれ」

「わかりました。では、三日後にまたこちらに伺います」


 最後にそう約束を交わして、今日のところはロラに帰ってもらう。そして――


「エメ」

「はい……」

「ゆっくり時間をかけて結論を出せ。それまで摩天楼の攻略は中止だ。レリアもそれでいいな?」

「ええ、問題ないわ」


 パーティーの総意が取れたところで、俺たちは今日の活動を終えるのだった。




【異世界豆知識:ナインたちの拠点】

三階建てのアパートメントの一室。広さは4つの部屋に1つの大部屋がある4LDK。一人一部屋与えられており、余った残りの一部屋には魔物の素材など戦利品が置いてある。なお、戦利品はエメの防腐の奇跡によってしっかりと保存されている。

 



 



 

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