第24話 これからの方針
完全に俺の失策だ。
スライムクラウンと対峙する中で、俺は確かに敵にダメージを蓄積させ続けていた。それも、圧倒的な速さで。
しかし、それが逆にスライムクラウンに危機感を抱かせてしまい、やつは分裂したスライム数体を俺に押し付け、脅威度が低いと考えたレリアたちの方へと向かった。
俺は一人での戦闘に比べて、集団での戦闘の経験は浅い。
だからこそ、魔物の持つ弱者へと狙いを定めると言った習性を理解できていなかった。
「くそっ……っ!」
俺は自分に群がるスライムたちを必死に切り裂き、何とか視界を開こうとする。
だが、スライムクラウンは俺の攻撃の速さを見越してか、今まで以上の数のスライムを分裂させており、切っても切ってもきりがない状況が続く。
頼む、レリア。
俺が行くまで持ちこたえてくれ――
※※※
ナインの攻撃によって、最初に対峙したときに比べて幾分か身体は小さくなっている。
ただ、それでも向けられる殺気だけは対峙したときのそれと何ら変わることなく、その圧力にレリアたちは圧倒される。
「レリアさん……」
レリアの後ろに控えるエメリーヌが、錫杖を前に傾けて戦闘態勢を取ろうとする。
だが、構えとは反対に、彼女の両足は小さく震えており、今にも竦んでしまいそうだ。
(私が、何とかしないと……)
エメリーヌの様子を見て、レリアは自分の役割を思い出す。
レリアのこの戦いでの役割は、エメリーヌを守ること。
そしてそれは、相手がスライムであっても、スライムクラウンであっても変わることはない。
レリアは剣を真っすに構え、エメリーヌに告げる。
「エメリーヌ、補助魔術をお願い」
「レリアさん?」
「早く!」
「はい!」
言われるがまま、エメリーヌはレリアの背中に手を当てると、敏捷力強化の補助魔術をかける。そして――
「はぁぁぁぁぁぁ……っ!」
レリアは
そして、スライムクラウンが大きく後ずさるのを確認すると、エメリーヌを両腕に抱きかかえる。
「えっ!?」
「ナインのところまで逃げるわよ!」
そう言って、レリアは状況に戸惑うエメリーヌを抱きかかえながら、大量のスライムと対峙するナインの下へと向かう。
本来レリアとしては、こんな退散劇を演じるのは不本意だし、彼女の実力的に一対一ならそれなりに時間を稼ぐくともできた。
しかし、今はエメリーヌがいる。
一対一で対等に戦うことができたとしても、それが仲間をかばいながらとなれば話は別。
かと言って、エメリーヌを一人逃がすということもできない。
そうすれば、スライムクラウンは分裂し、今度はナインと同じようにレリアに対して大量のスライムを押し付けられてしまい、エメリーヌとスライムクラウンの一対一の構図ができてしまう。
それらを踏まえると、この方法が最善だった。
「レリアさん、後ろ……っ!」
「――っ、重たい図体のくせに速いわね」
今にも追いついて来そうなスライムクラウンを振り向きざまに見ながら、レリアは歯を食いしばる。
ロクに刃が研がれていない鈍をもってしても、スライムの移動の勢いを利用すれば簡単に両断してしまえる。
それほどまでにスライムの移動速度は速い。
そして、それは通常のスライムの何百倍という大きさのスライムクラウンも変わらない――否、それどころか通常のスライムよりも断然速い。
(くそっ、こうなったら)
このままでは追いつかれると悟ったレリアは立ち止まり、エメリーヌを下ろすと告げる。
「エメリーヌ、ここからは一人で逃げなさい」
幸い、ナインのところまではあと少し。この距離なら、万が一スライムに襲われそうになってもナインが助けに入れる。
「わかりました。ご武運を」
「ありがとう」
状況を悟ったエメリーヌが小さく頷くの見てから、レリアは再度スライムクラウンに対峙する。
スライムには視線を終えるような目はない。
だが、スライムの意識の矛先は間違いなくレリアではなく、エメリーヌのほうへと向いているのが伝わってくる。
「残念だけど、相手は私よ」
知らないうちに、レリアの胸の内には高揚感が芽生えていた。
※※※
「ナインさん……っ!」
群がる無数のスライムをようやく半分ほど倒したところで、エメが手を挙げながら近づいてい来る。
どうやら、レリアはエメを俺の下へと逃がす選択をしたらしい。
それ自体はいい選択だが、エメを逃がしたということは、レリアが一人でスライムクラウンと対峙しているということでもある。
この数日の特訓でかなり腕を上げたレリアだが、それでも一人でスライムクラウンと戦うのはまだまだ荷が重い。
早く、レリアの下へと向かわなければならないことに変わりはない。
俺は一度エメと合流し、彼女を後ろに移動させてから、再度スライムたちの相手を始める。
そして、ようやくすべてのスライムを倒しきったところで――
「ナインさん、あれを!」
驚いたように声をあげたエメが指さす方向を見る。
「あれは――」
すると、そこにはスライムクラウンを圧倒するレリアの姿があった。
※※※
スライムクラウンとの戦闘が始まってから、レリアは無意識に攻撃し、敵の攻撃を躱していた。
感覚としては、ゴブリンキングを討伐した時と変わらない。
ただ、身体の赴くままにすべてをこなし、敵の体力を確実にそぎ落としていく。
だが、さすがは第2階層のフロアボス。
ゴブリンキングのように、やみくもに反撃しようとはしてこない。
攻撃を一度食らえば一度距離を取るし、要所要所にスライムを分裂させてくる。
そんなスライムクラウンの攻撃は、確実にレリアの集中力を削っていき――
「――っ」
戦闘を始めてどれくらい経っただろうか、あともう一押しで倒せると、そんな意識が芽生えた瞬間、レリアは糸がプツンと切れるような感覚を覚える。
そして、集中力が失われた途端、身体から力が抜け、レリアは体制を崩す。
(しまった――っ)
いくら弱ってきているとはいえ、それでもスライムクラウンの攻撃をまともに食らえば、ただでは済まない。
そんな状況下で、絶対的な隙を見せてしまった。
完全に終わったと、そう思ったときだった。
「よくここまで持ちこたえた」
そう言って、レリアとスライムクラウンの間に割り込むように、ナインが姿を見せる。
そして、レリアの目でも追うことがやっとの速さで、ナインはスライムクラウンの体力を削っていき――
ついに、被っていた王冠が床に落ちた。
※※※
レリアがスライムクラウンを圧倒している中、俺はその様子を静かにエメと見つめていた。
第1階層のフロアボスであるゴブリンキングをほぼ一人で討伐したと聞いた時点で、一度彼女の本気を見てみたいと思っていた。
まさか、これほどとは……
レリアの圧倒ぶりは、俺の想像をはるかに超えている。
特に、隙が本当に見当たらない点は称賛に価する。
普通なら、スライムクラウンの不規則な動きに対応するために、少しばかりは隙が出るもの。
だが、レリアの場合はまるで相手の動きを最初からわかっているかのように、隙がまったく生まれない。
ただ、それだけ洗練した動きを続けるということは、当然とてつもない集中力を必要になるわけで、それが途切れた時は本当に危うい状況になってしまう。
俺は最後までレリアの集中力が持つことを願いながらも、万が一の時に備えた状況で戦況を見守る。
そして、レリアが後少しで討伐できるといったところで、それは起こった。
「よくここまで持ちこたえた」
姿勢を崩し、スライムクラウンに絶好の攻撃の隙をレリアが与えてしまったところで俺は間に割って入ると、弱っていたスライムクラウンへ一気に畳みかけ、戦闘を終わらせる。
「大丈夫か、レリア」
戦闘が終わったところで、俺は地面に腰をつけていたレリアに手を伸ばすと、小さく「ありがとう」と言って、レリアは俺の手を取り立ち上がる。
「助かったわ、ナイン」
「いや、こっちこそ助けが遅くなって悪かった」
「そんなことないわ。むしろ、私がもっと周囲を見るべきだった」
そう反省するあたり、どうやら本当に第1階層のフロアボス戦と同じような状況だったらしいな。とはいえ――
「反省は後だ。とりあえず戦利品の回収を始めよう」
それから俺たちは、戦闘で得たスライムの身体の一部といった、多くの戦利品を回収していく。
中でも、スライムクラウンの被っていた王冠に埋め込まれた宝石は、かなりの価値があるらしく、今後も当面は資金に困ることはなさそうだ。
「さて、回収はこれくらいでいいだろう」
「ええ」
「なら、後の方のご迷惑にもなりますし、出ましょうか」
「ああ。ただ、出る前にお前たちに伝えたいことがある」
そう言って、俺は改めてエメとレリアをそれぞれ見やる。
「上の階層に行く前に、改めてこれからの方針について話したい」
これからの方針――その言葉に、二人が大きく息をのむ。
「まずは100日以内に第10階層を目指す」
「それは正気なの?」
その問いに俺は頷くと、今度はエメのほうにもレリアは同じように視線を向ける。しかし――
「
エメの答えを聞いて、レリアは大きくため息をつく。
「――そう、二人が言うなら、私も従うわ」
「悪いな」
「いいえ。確かにこのパーティーの実力を考えれば妥当だと思うわ」
レリアが納得してくれたところで、俺は続ける。
「俺から伝えたいことは以上だ。二人は何かあるか?」
レリアは首を横に振ると、エメは第2階層攻略を教会に報告するために明日は一日休みにしてほしいと伝えてくる。
俺としてもエメの手数が増える分には歓迎であるため、素直にその提案を受け入れ明日を休養日に決める。
そして、他に何もないことを確認すると、俺たちはフロアボスの部屋を後にするのだった。
【異世界豆知識:第10階層の到達】
第10階層に到達できる開拓者は開拓者のうちの約1割。さらに、その1割が第10階層に到達するまでの平均時間は約800日とされており、最速はミレーユ一行の300日である。
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