第23話 スライムクラウン
レリアが俺たちのパーティーに加わって5日が経ち、迎えた朝。
「エメ、レリア、準備はいいか」
拠点で夜を明かし、摩天楼へ挑む準備を整えた俺は、先にリビングで待っていたエメとレリアに尋ねる。すると――
「はい」
「ええ」
二人が覚悟の決まった力強い視線を向けてくる。
この数日間、俺はエメとレリアを徹底的に鍛え上げ、来るフロアボス戦で十分に戦える戦闘技能を身に着けさせた。
そして今日、俺たちは満を持して、第2階層のフロアボスであるスライムクラウンに挑戦する。
俺は二人の覚悟を受け取ると、頷き告げた。
「よし、行こうか」
それから俺たちは拠点を出ると、第2階層へ向かい、そこから真っ直ぐにフロアボスへと通じる扉を目指す。
そして扉が見えてくると、第1階層と同様に扉の前に衛兵が二人、扉の両脇に控えている。
「フロアボスに挑みたいのだが、問題ないか?」
俺は扉の前まで移動すると、衛兵の一人に声をかける。
すると、声をかけた衛兵は俺とエメを見ると、驚いたように目を大きくして、口を開く。
「君たち、もしかしてゴブリンキングを瞬殺したっていう、噂のパーティー!?」
声の抑揚からして、かなり気分が高揚していることが伝わってくる。
ここ最近、街を歩いていると少なからず視線を感じることがあったが、どうやら第1階層での出来事に関する噂が原因のようだ。
どうしたものかと考えていると、俺の前にレリアが出る。
「それで、フロアボスには挑めるんですか?」
「ちょっと、何だい君は……あっ」
話に割り込まれた衛兵は最初こそ強気な態度を取ろうとするが、レリアとミレーユとの一件も知っているのか、レリアに憐れむような視線を向けながら答えた。
「ああ、挑戦できるよ」
「そうですか。ナイン、エメ、行きましょう」
レリアはそう言って一瞬で会話を終わらせ、片側の扉に手を当てると、俺は反対側の扉に手を当てる。
「レリア」
「何?」
「あんなものを、わざわざ気にする必要はないからな」
「ええ、わかってる」
薄い笑みをレリアは浮かべてから、扉をゆっくりと押し、それに合わせ俺も扉に添えた手に力を加える。そして――
重たい音と共に開いた扉の中に、俺たちは足を踏み入れるのだった。
※※※
三人で扉の中に入り、ゆっくりと扉が閉まっていく中、レリアは先ほど衛兵から向けられた視線について考えていた。
レリアがナインたちのパーティーに加わったことは、すぐに開拓者の中でうわさとして広がり、周知されることになった。
中にはそのことを良く思わない者もいるが、ほとんどは先ほどの衛兵のように憐れみを向けてくる。
そしてそれが、仲間を失ったことに対するものなのか、尊敬する姉に見限られたことなのか、それとも摩天楼に挑み続けていることに対するものなのか、レリアにはわからない。
ただ、レリアはそういった視線を向けられる度に思うのだ。
本当に自分がこのパーティーにいていいのかを。
「――リア、レリア」
「――っ、な、何?」
「扉が閉まる」
ナインがそう言うとすぐに、扉が閉まる重たい音が部屋中に響き渡り、部屋の壁に備え付けられた鉱石が光を灯す。そして――
(あれが……)
目の前に、王冠を被った巨大なスライムが姿を見せる。
その瞬間、レリアの脳裏にゴブリンキングと対峙した時の記憶が蘇る。
あの時と同様に、目の前のスライムクラウンからはフロアボス特有のとてつもない殺気が伝わってくる。
そして、その殺気によって以前のパーティーの仲間は戦意を失い、その結果パーティーの戦線は崩壊してしまった。
もしかしたら、また同じようになってしまうかもしれない。
ナインたちの実力を知っていてもなお、そんな嫌な想像が脳裏をよぎってしまう。
レリアはそんな不安を抱えながら、今の仲間たちの様子を見ると――
「エメ、レリア、準備はいいか?」
「はい」
「――っ」
ナインとエメリーヌは、恐怖などおくびにも出さず、それどころか自信に満ち溢れた表情でスライムクラウンに対峙している。
「レリア、返事がないが大丈夫か?」
「――っ、え、ええ」
「しっかりしてくださいよ、レリアさん。レリアさんには私を守るという重大な役割があるんですから」
「ええ、ごめんなさい」
そうだ、今は与えられた役割を全うすることだけに集中しなければならない。
そう自分に強く言い聞かせながら、レリアはエメリーヌを守るように彼女の前に出る。
「作戦は覚えているな?」
「私はナインさんがフロアボスを倒す間、ひたらすらボスから分裂したスライムの攻撃から逃げる」
「そして私が、エメリーヌを守る」
レリアたちの言葉を聞いて小さくナインは頷き剣を抜くと、エメリーヌは彼の背中に両手を添え、敏捷力強化の魔術を使う。
「さあ、始めようか」
そう言って、ナインがスライムクラウンに正面から攻撃を挑む。そして――
「えっ……?」
レリアが気づいたときには、すでにナインの斬撃によって、スライムクラウンの青色の体に深い傷が刻まれていた。
初めて見るナインの本気の攻撃――それはレリアの想像を超えていて。
「レリア、来るぞ……っ!」
ナインがそう言った瞬間、傷口の部分から分裂するように5体のスライムが分裂し、一気にレリアたちに向かって来る。
「レリアさん!」
「わかってるわ」
向かって来るスライムたちを、レリアは素早く両断していく。
現在レリアが使っている武器は、以前修行のために使った鈍ではなく、元から使っていたもの。
ここ数日の修行によって大きく成長した今の彼女の技術をもってすれば、これくらいの芸当は余裕でこなせる。
「さすがですわ、レリアさん」
「こんなの大したことないわ。それより、次が来るわよ」
それから、同じように自分の役割をレリアは着々とこなしていく。しかし――
「レリア……っ!」
焦ったようなナインの声。その次の瞬間には。
「れ、レリアさん」
「――っ」
レリアたちの前に、スライムクラウンの本体が立ち塞がっていた。
【異世界豆知識:スライムクラウン】
通常のスライム約三百体が合体したスライム。大きさは凡そ三メートルで、攻撃することで合体していた一部のスライムが分裂する。王冠には貴重な宝石があしらわせており、高額で取引されている。
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