第22話 理不尽な修行
ナインたちのパーティーにレリアが加わった日の翌日の正午。
レリアは第2階層のフロアボスであるスライムクラウンを討伐するための修行とナインに言われ、第2階層のはずれにある小さな森の中に来ていた。
「それで、修行って何?」
「まずはこれを渡す」
そう言って、ナインが一本の剣をレリアに手渡すと、彼女はそれを見て表情を曇らせる。
「何よこの剣、重いし刃だってボロボロじゃない……」
「お前にはこの剣でこれからスライムを倒してもらう」
「――っ、正気なの? こんな
「なら、貸してみろ」
ナインはレリアから剣を受け取ると、近辺にいたスライムと対峙する。
「一度だけだ。よく見ていろ」
ナインがスライムに向かって近くの小石を蹴ってぶつけると、それに反応するようにスライムはナインに襲いかかる。そして――
「嘘……でしょ?」
スライムの突進に合わせて、勢いよくナインが出した刃によって、スライムが横一線に真っ二つになる。
「わかったわ。ナイン、あなた魔術を使ったでしょ」
「俺は魔術は使えない。それはお前も知っているはずだ」
「で、でも、だって、こんな……」
レリアは目の前で起こった現実を否定するように、何度も首を左右に振る。
「そんなに信じられないか?」
「当たり前でしょ! スライムは良質な刃物でやっとまともに切れるのよ。それをあんな鈍で……」
「だが、俺にはできる」
「――っ」
さも当然のようにそう言うナインに、レリアは思わず歯を食いしばる。
ナインの技術がずば抜けているのは知っているが、それでもこうして今の自分との実力差を見せつけられると、悔しさを覚えずにはいられない。
「レリア。スライムクラウンとの戦闘におけるお前の役割は何だ?」
「フロアボス本体から分裂したスライムから、エメリーヌを守ること」
「そうだ。だが、はっきり言って今のお前の技能では、その役割を安心して任せることはできない」
「――なるほど、そういうことね」
ナインはレリアを認めているからこそ、彼女をパーティーに誘った。それは紛れもない事実だ。
だが、あくまでナインが認めたのは、レリアの持つポテンシャル。つまり、今の彼女の実力ではない。
「わかったわ。それで、いつまでに習得すればいいの?」
「今日中だ」
「今日中……そういうからには、夜遅くまで付き合ってくれるってことよね?」
「ああ、今日エメは教会に行った後は、拠点で過ごすらしいからな」
「そう、なら早速始めましょう」
こうして、理不尽な修行は始まるのだった。
※※※
第1階層を突破したことを報告に行きたいとエメに言われた俺は、彼女が摩天楼都市内の教会に赴いている間、レリアの修行をすることにした。
理由は言うまでもなく、レリアの戦闘技術の向上。
ゴブリンキングをほぼ一人で倒したとはいえ、それは今の武器の性能の高さがあってのもの。
戦闘の基本的な技術である重心移動といった、基礎的な部分はまだまだだ。
そこで俺がレリアに与えたのは、今の基準ではまったく使い物にならないと言われる質の武器を使ってのスライム討伐。
この修行を通して、レリアには重心移動と敵の攻撃を利用する攻撃を学んでもらう。学んでもらうのだが……
「この剣、本当に切れない……っ」
日が僅かに西に傾き始めた頃、修行が始まってから何度目になるかわからない武器への不満を、攻撃を見事にスライムに弾かれたレリアが口にする。
そろそろ助言の一つや二つは与えたほうがいいか。
「レリア」
「助言ならいらないわよ」
せっかく気を遣って教えようと思ったのにこれだ。
だが、自分で考えてどうにかしようとする姿勢は悪くない。
ただ、それでは日が暮れても終わらないというのもまた事実。
「悪いが少し口を挟ませてもらう」
「何よ」
不満そうにこちらを見るレリアをよそに、俺は続ける。
「さっき俺が見せた技とお前の技、何が違うと思う?」
「何が違うって……」
唸るように考えるレリア。
それを見て、俺は問いを言い直す。
「問いを変えよう。お前がやっている技と、俺がやって見せた技の共通点は何だ?」
違いを説明させるより、何を同じと思ってやっていることを言わせた方が早い。
「どうだ?」
「そうね……まずは攻撃するタイミング。相手の攻撃に合わせて攻撃するの」
「それはなぜだ?」
「この剣は切れ味が悪い。だから、相手の攻撃の勢いを使う必要があるわ」
なんだ、そこはちゃんとわかっているのか。
「その考えは正しい。時には相手の攻撃を活かすことも必要だ。それで他には?」
「あとは剣の重さを活かすことくらいかしら」
「理由は?」
「攻撃のタイミングと同じ。活かせるものは活かさないとこの剣では切れない。どう、違わない?」
なるほど、そういうことか。
「レリアの言ったことは正しい」
「じゃあ、どうして上手く行かないのよ」
「簡単だ、活かせるものをすべて活かせていないからだ」
「……っ」
どういうことなのかと、そんなレリアの疑問符に答える。
「今の武器は良質だ。軽く、その上切れ味がいい」
「何よその言い方。まるで昔の武器を知ってるみたいじゃない」
「実際にそれが昔の武器だ」
「えっ?」
「ヴァルターに言って、昔の武器を貸してもらった。といっても500年前のものだが」
「――っ、てことは、これ貴重品じゃない!?」
今さらながら、レリアが剣を丁重に一度鞘に納める。
「だけど、これで500年前ってことは、英雄エペの生きていた時代は」
「もっと酷かったということだ」
「そんな状態で第70階層に……それも魔術も奇跡もなく、さらには一人で……」
最後に「やっぱりすごい」と呟くレリアを見て、恥ずかしい気持ちになりそうになるのを誤魔化すように、俺は話を戻す。
「エペはレリアが今持っている武器より劣悪な武器を使っていた。それでも第70階層まで到達できた。それはなぜだと思う?」
「それは――っ!?」
気づいたようだな。
「活かせるものをすべて活かしていたから」
「そうだ。そしてレリア、お前は今何を活かせていない?」
「私がまだ意識できていないこと……身体の動き?」
「そうだ、正確にいうと重心移動だな」
それから俺は、今度は身体の重心の位置を意識してみるよう伝えてから、再度スライムを切って見せる。
「どうだ、できそうか?」
「ええ、やってみるわ」
そして、空が橙色に染まり始めた時だった。
「――やった、やったわ!」
ついに、レリアは鈍でスライムを討伐することに成功した。
「よくやったな。だが、まだ時間がある。今のうちにその感覚を忘れないようにもう一回だ」
「言われなくてもわかってるわよ」
それからさらに日が暮れるまで修行を続け、月が空に昇ってきたところで今日の修行を終える。
「感覚は十分掴めたみたいだな」
「ええ、もう忘れないわ」
「それはすごい自信だな」
「私、そういう感覚的なところには自信があるの」
「その割に、ミレーユには何も言い返せていなかったようだがな」
「そんなの当たり前でしょ」
そう言っているうちは、まだまだだな。
「さて、帰るか」
「ええ。あっ、それと……」
帰路についたと思った矢先、レリアは遠慮しがちに尋ねる。
「その、本当に私もお世話になっていいの?」
お世話になっていいのというのは、恐らく俺たちが摩天楼都市内に購入した拠点のことだろう。
レリアは遠慮していたのだが、エメがパーティーメンバーなのだから是非と、無理やりエメも一緒に使うことになったのだ。
「問題ない。メンバーが増えることを見越して、広めの部屋にしたからな」
「そ、そういうことなら……」
「ああ、気にするな」
こうして、今度こそ俺たちは帰路につく。
今日一日修行を見ていて、やはりレリアには戦闘の才能がある。
このまま俺が培ってきたものを叩きこめば、かなりやれるようになるだろう。
その時が楽しみだな。
俺は明るい未来への期待を抱きながら、拠点へと戻るのだった。
【異世界豆知識:修行で使用した剣】
訓練所や開拓者ギルトには、資料としてかつての開拓者が使用していた武器などが保管されており、今回レリアたちが修行に使用したものはその一つで、さらには、かつてエペが使用したとされる大剣も保存されている。
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