第21話 覚悟はできたか?


 ミレーユとの口論を終えたレリアは、ポータル付近で一人うずくまって動かない。


 状況から彼女に何が起きたのかを察するのは容易だし、それを考えると今は一人にしておいたほうがいい。


 俺はそう思ったのだが、どうやらエメは違ったらしく『放っておけませんわ!』と言ってすぐにレリアの下へと走っていった。


 そして、仕方なく相方の後を追おうとしたところで、ミレーユとすれ違う。


 彼女は驚いたような表情で、俺のほうを見ている。もしかすると、今の一瞬で俺の実力に気づいたのかもしれない。


 正直、今それを知られるのは色々と面倒な気がするので、ここはあえて何も気づいていない風を装い尋ねる。


「どうした?」

「いや、何でもありません。気にしないでください」


 明らかにそうは見えないが、まあ本人がそう言っているのなら素直に受け入れておこう。ただ――


「そうか。なら俺からは一つだけ」

「何ですか?」


 俺は付け加えるように伝える。


「第50階層手前くらいで、また会おう」


 今後、俺の中では一緒に戦うことになっている以上、これくらいの挨拶はしておいたほうがいいし、こう言っておけば少しは攻略のペースが落ちて、合流しやすくなるかもしれない。


 すぐにミレーユが俺の言葉の真意を問いただそうとしてくるのを感じたが、これ以上は必要ないと判断して、俺はすぐにエメたちの下へと移動するのだった。


         ※※※


 さすがにあの場にい続けるわけにもいかないということで、俺とエメはレリアを連れて彼女が取っていた第1階層内にある宿の一室に来ていた。


「ごめんなさい、あなたたちにまで迷惑をかけてしまって」


 寝台に座り憔悴しきった様子のレリアが、力ない声色で謝罪を口にする。


「レリアさん、何があったのか教えていただいてもよろしくて?」


 エメの問いに小さく頷いてから、ゆっくりとレリアは何があったのかを語りだす。


 大方、俺の予想していた通りで、ロクに訓練を積まずにボスに挑んだ結果、レリアを除くパーティーメンバー全員が取り乱し戦線が崩壊。


 その後、何とかボスを倒し全員生還できたものの、戦闘の中でみな心身ともに傷を負ってしまったようだ。


 それにしても――


「よく、一人でゴブリンキングを倒したな」


 今回の話で注目すべき点はそこだろう。


 もし、彼女がいなければ、確実にパーティーメンバーは全滅していた。


「私もそのことはよく覚えていないの。みんなが倒れて、ただ夢中に剣を振っていたら、気づいたときには」

「なるほどな」


 レリアの言ったことはかなり不明瞭な点が多くあるが、俺にはわかる。


 窮地に陥ったときの人間の集中力は、すさまじい。それこそ、レリアが言った通り集中している間にしたことを何も思い出せないほどに。


「レリア」

「何?」

「お前はこれから、どうする?」

「――っ!」


 俺の問いに、レリアが肩をビクッと震わせる。


「ちょっとナインさん、今その問いは――」

「――わからない」


 エメが静止させる前に、レリアは答える。


「そうか。なら三日後までに答えを出せ」

「ナインさん?」

「お前が望むなら、俺たちと一緒に来い」


 さっきの話を聞いて、確信した。


 レリアには才能がある。それも、こんなしょうもない事で台無しにしてはいけないほどの。


 そして今、俺たちにはその才能が必要だ。


「そのことも踏まえて、少し考えさせて」

「わかった。だが、期限は三日後だ。その日には俺たちはここのフロアボスに挑戦する」

「えっ、ナインさん私そんなこと一度も……」

「わかったわ」


 俺の意志がレリアに伝わったところで、俺はエメに告げる。


「エメ、今日はレリアといてやれ」

「それは構いませんが、明日はどうしますの?」

「もちろんお前の訓練だ。正午に第2階層の街の門に集合だ」

「うっ、わかりましたわ」


 苦虫を嚙み潰したような表情のエメに、少しだけ口角を上げながら、俺はレリアの部屋を後にした。


         ※※※


 翌日、午前中はエメリーヌと一緒に過ごしたレリアは、彼女がナインの所に行ったタイミングで、第1階層内にある医療施設へと足を踏み入れた。


 目的は、言うまでもなく昨日ケガを負ったパーティーメンバーの様子の確認だ。


 施設の従業員に病室の場所を尋ね、部屋へと向かうと、縦に三つずつ並べられた寝台の上に、仲間たちの姿があった。


 6人中4人は眠っているが、アーロンとニナは起きていた。


「れ、レリアさん……」


 最初に声をかけてきたのは、意外にもニナだった。


「ニナ、具合はどう?」

「レリアさん……私」


 レリアが声をかけると、途端にニナは涙を流し始める。


「ごめんなさい、私、フロアボスどころか、本当は普段の戦闘のときもすごく怖くて――」


 ニナの告白にレリアは「そうだったのね……」と言って優しく彼女の頭を撫でる。


 何となくレリア自身、ニナが本当はそうなのではないかと察していた。


 それでも周囲に気を遣ったニナの言葉を、本心からのものだと都合よく考えて、その言葉を鵜吞みにしてしまった。


「私のほうこそごめんなさい」

「そ、そんなぁ……」


 さらに涙を流すニナをレリアはそっと抱きしめ背中をさすると、今度はアーロンの下へと向かう。


「アーロン」

「怖いこわい怖いこわい……怖いこわい……っ!?」

「アーロン?」


 アーロンは寝台の上に膝を抱えて座り、ひたすらにゴブリンキングに傷つけられた腹部をこすり続けている。


「ニナ」

「彼、目が覚めてからずっとこうなんです。きっと、あの時の恐怖が身体から抜けいないんだと思います」

「そうなの……」


 それから何度かレリアはアーロンとコミュニケーションを取ろうと図るも、アーロンは最後までレリアを見ることはなく、心にズキリとした痛みを覚えながら、他のメンバーの様子を見に行く。そして――


「マックス……」


 最後に、一番の重傷を負ったマックスの近くに腰かける。


 ニナによると、マックスだけは帰還してからまだ一度も意識を取り戻していないらしい。


 命に別状はないらしいが、それでも全身のいたる所にまかれた包帯を見ると、レリアは自分を責めずにはいられない。


(やっぱり、私は――)


 ナインたちについて行くわけにはいかない。


 パーティーメンバーのみんなを置いて、自分だけ先に進むなどできるはずがない。


 なぜなら、こうなったのはすべて自分のリーダーとしての不甲斐なさが原因なのだから。


「ニナ、今日はもう帰るわ」

「わかりました。あの!」

「何?」

「あまり自分を責めないでください」

「ありがとう」


 ニナに見送られ病室を後にする。


 そして、医療施設のエントランスまで戻ってきたところで――


「レリアくん」


 久しぶりに聞いた初老の男性の声に呼び止められる。


「ヴァルターさん」


 レリアを呼び止めたのは、訓練所でお世話になった所長のヴァルターだった。


「どうしたんですか、こんなところで」

「まあ君のパーティーメンバーの見舞いといったところだ」

「そうですか、ヴァルターさんが来てくれれば、みんな喜ぶと思います。では」

「ああ、ちょっと待った」

「何でしょうか?」

「君に少し話があるんだが、時間をもらえるかい?」


 ヴァルターの問いに頷くと、近くの長椅子に並んで座る。


「まず、今回のことは気の毒だったな」

「いえ、すべて私の責任ですので」

「ふむ、私としてはあまり自分だけを責めるべきではないと思うがね」

「私がそうしたいだけです。それで、本題は何でしょうか?」


 レリアが尋ねると、ヴァルターはごほんと一度咳ばらいをしてから告げる。


「レリアくん、今のパーティーを離れて、ナインくんたちに付いて行く気はないかい?」

「――っ!?」


 思ってもないことを言われ、思わずレリアはその場に立ち上がる。


「どうしてヴァルターさんがそのことを……まさかナインが……っ!?」

「一体何を言っているんだい……ああ、そういうことか」


 レリアの狼狽ぶりから何かを悟ったのか、ヴァルターは続ける。


「ナインくんからも誘われているのなら話は早い。レリアくん、君はナインくんたちと共に上へ目指すべきだ」

「――っ、それはできません。私にはみんなに対する責任が――」

「その話だがね、昨日レリアくんのパーティーメンバーに調査をした」

「調査……」

「ああ、今後もまだ摩天楼に挑戦するかどうかのね」


 それを聞いて、レリアは息を飲み込む。


「結論から言うと、意識の戻っていないマックスくんを除いて、全員が開拓者を辞めるとのことだ」

「――っ!?」

「非常に残念なことだが、ここではよくある話だ」

「よくある話って……」


 なら、なおさら――


「彼らが辞めるなら、自分も辞めると、そう言いたげだね」

「だって、そうなったのは私の――」

「仕方ない、これはあまり言いたくなかったのだがね」


 そう言って、厳しい目つきでヴァルターはレリアに告げた。


「君は悪くない。悪いのは、大した実力もないのに息巻いて、おそらく君がしたであろう忠告を無視してフロアボスに挑んだ彼らのほうだ」

「なっ、そんな――」

「現に、パーティーの中で唯一の実力者だった君はほぼ無傷だ」

「そ、それは――」

「はっきり言って、君にあのパーティーは相応しくない。本当なら、私としては君にはナインくんたちとパーティーを組んでもらいたかった」

「――」


 ヴァルターから告げられた本心に、レリアは言葉を失う。


「君に問おう。本当は、ナインくんたちとパーティーを組みたかったんじゃないか?」

「――っ」


 完全にヴァルターの言う通りだった。


 入所式のとき、ナインの戦闘技術を見て、彼と一緒に摩天楼に挑みたいと思った。


 だが、そのときにはすでにレリアには6人の仲間がいた。


 そして昨日、ナインからパーティーに誘われた時も、思わずその誘いに頷きそうになった自分がいた。


「思い出すんだ。どうして君は摩天楼に挑んだのかを」

「そ、それは……」

「ミレーユくんに追いつくためだろう」

「――っ」


 そうだ、レリアは尊敬する姉に追いつきたくて、開拓者という過酷な世界に飛び込んだ。だけどそれは――


「お姉さまは、私にはそんな才能はないと――」

「才能ならあるさ」

「えっ……」

「ナインくんは以前言っていたよ」


 先ほどまでの厳しい表情とは変わり、心底嬉しそうにヴァルターは続ける。


「二年後にはミレーユくんたちに追いつき、彼女たちと共に摩天楼を攻略すると」

「嘘……でしょ」

「嘘ではない。そして、その上でナインくんは君を誘った。この意味がわからない君ではあるまい」


 その通り、この瞬間、レリアはヴァルターの伝えたいことを察した。


 ナインは自分を認めてくれている。それも尊敬する姉に匹敵する才能を持っていると。 


 そのことに気づいた瞬間、思ってしまう。


 ナインたちと一緒に、この塔を攻略したい。


 そして、尊敬する姉に追いつきたい――でも。


「でも、私にはみんなを置いて先に何て――」

「行ってください、レリアさん」

「ニナ?」


 いつの間にか、ヴァルターの近くにニナが立っていた。


「おや、ニナくんじゃないか」

「所長が来る時間が遅いので、ここまで見に来たんですけど……」

「そうか、それならちょうどよっかった。今からレリアくんの説得に協力してくれないかい?」


 ヴァルターの言葉に力強くニナは頷くと、彼女はそっとレリアの両手を握る。どうやら、さっきの話を聞かれてしまっていたらしい。


「レリアさん」

「ニナ」

「私たちは、レリアさんがいたから今こうして生きていられるんです。そんな命の恩人を、私たちのせいで縛り付けるなんてできません」

「でもそれは……私がもっとしっかりしていれば――」

「レリアさん!」


 普段は大人しいニナの怒気を含んだ声に、思わずレリアの身が震える。


「ただでさえ、私たちは分不相応に息まいた上に、大けがをしてみんなに迷惑をかけたんです。その上、才能あるレリアさんまで縛り付けたら、どうなると思いますか?」

「そ、それは――」

「これ以上、私たちに恥をかかせないでください」

「――」


 力強く言い放たれたその言葉に、レリアは何も言い返すことができない。


「これでわかっただろう。ニナくんたちを、ナインくんたちに付いて行かない理由にする必要はない」

「――」

「そのことを踏まえて、決断することだ。行こうか、ニナくん」


 病室に向かう二人の背中が見えなくなってから、レリアは力なく宿に戻るのだった。


         ※※※


「はあ、疲れましたわ~」


 正午に落ち合ってから、昨日と同様にスライムとの戦闘にエメを慣れさせるための訓練を行い、へとへとになったエメに肩を貸しながら、俺は街へ向けて歩いていた。すると――


「ナイン」


 もうじき街の門が見えてくるという辺りで、レリアが立っている。


 それも姉のように長かった薄紫色の髪を、肩の位置まで切り揃えた状態で。


「覚悟はできたか?」

「ええ、私もあなたたちと一緒に上を目指すわ」

「そうか」


 夕日が草原を橙色に染める中、俺たちのパーティーに新しいメンバーが加わった。




【異世界豆知識:摩天楼内の医療施設】

第10階層まで医療施設は整備されているが、その規模は階層が上がるにつれて小さくなる。そのため、基本的に重傷者は神官職など医療従事者の多い第1階層に運ばれることが多い。

 


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