第20話 姉妹決裂
レリア一行がフロアボスへ挑まんとしている頃。
彼女の姉であるミレーユは、第1階層の都市内にある、開拓者ギルトと呼ばれる、各階層の情報を開拓者たちに提供する組織が運営する建物に来ていた。
「――っ、ミレーユさん!?」
建物内に入ると、金髪の若い女性が、カウンターから慌ててミレーユの下へと急いで駆けてくる。
その様子に、建物内にいた他の開拓者たちも自然とミレーユのほうへと視線を向ける。
「ここに来たということは、ついに?」
「はい、第40階層を攻略しました」
ミレーユの言葉に、一斉に歓声が沸く。
ミレーユは階層を攻略するごとに、こうして開拓者ギルトに来ては、攻略した階層に関する情報を提供しているのだ。
「マスターの所へ案内してもらってもよろしいですか?」
「もちろんです! どうぞこちらへ!」
女性職員の案内で、ミレーユは客間へと案内される。
すると、彼女の良く見知った顔がすでに椅子に座っていた。
「久しぶりだな、ミレーユくん」
「お久しぶりです、ヴァルターさん」
部屋にいたのは、訓練所の所長を務めるヴァルターだった。
彼は訓練所の所長と同時に、開拓者ギルトのギルトマスターもやっているのだ。
ミレーユはヴァルターに促され、彼と向き合う形で座ると、さっそく第40階層に関して語り始め、それを受付嬢が離れた場所にある小さな机で書き留めていく。そして――
「以上です」
「なるほど、よくわかった」
ミレーユはすべてを語り終えると、ヴァルターは深く頷く。
「ご苦労だったな。次は第41階層か。摩天楼の傾向から、また一段と敵が強くなるだろうな」
「はい、第41階層も万全の体制で攻略に臨もうと思います」
「うむ、そうしてくれ」
「それでは私は、この辺で」
必要なことを伝え終えると、ミレーユはその場から立ち上がる。
「相変わらず、忙しいやつだな」
「これでも今のところ最高の開拓者ですので」
「ははは、それを自分で言うか」
「そう思えといったのはヴァルターさんでしょう」
「それもそうか」
「はい。では私はこれで――」
立ち去ろうとしたところでヴァルターから「ああ、少し待った」と呼び止められる。
「まだ何か?」
「これは今朝聞いた話なんだが、レリアくんが今日ゴブリンキングに挑むそうだ」
「レリアが? 出所式からどれくらい経ったんですか?」
「今日でまだ三日ほどだ」
「――っ、早すぎる!? 一体どうして!?」
レリアのパーティーが7人組だということは、入所する前に会った時に聞いている。
7人での攻略となれば、最低でも10日は連携の修練に時間を割くべきだ。それをたった三日だけで……
妹の理解できない行為に対して疑問を口にしたミレーユに、ヴァルターは答える。
「おそらく、彼の影響だな」
「彼、とは?」
ヴァルターの言葉に、ミレーユは自然とまた彼と向き合う形でソファーに腰を下ろす。
「レリアくんの同期に、面白い少年がいるのだよ」
そう言って、ヴァルターはナインについてミレーユに語り聞かせる。
「第0階層でトロールを討伐。そして第1階層のフロアボスをたったの二人で、それも私たちより早く……」
口に出したナインたちの偉業はとても信じられるものではなかったが、ミレーユはヴァルターがそんなつまらない嘘をつくような男ではないということを知っている。
そして同時に、どうしてレリアたちが時期尚早と言えるタイミングでフロアボスに挑んだのかを察した。
「嫌な予感がする」
「嫌な予感というと、レリアくんたちか?」
「はい、念のため私は第2階層のポータル付近でレリアたちを待ってみることにします」
「そういうことなら、ギルドにいる神官を何人か連れて行くといい」
「ありがとうございます」
最後にもう一度ヴァルターに頭を下げてから、ミレーユは第2階層へと向かった。
※※※
第2階層のポータル付近で待ち構えていると、ミレーユの前に眩い光と共に愛しい妹が姿を見せた。
しかし、彼女の背中には大量の血を流す金髪の少年の姿があり、さらに続いて出てきた仲間たちも傷だらけで満身創痍の状態。
「すぐに彼らの治療を!」
ミレーユは連れて来ておいた神官たちにすぐに指示を出すと、ただ一人これといった傷を負っていないレリアの下へと向かう。
「レリア」
「――っ、お姉さま!?」
名前を呼ばれたレリアは、地面に膝をつき、酷くおびえた様子でミレーユの瞳を見上げるようにのぞき込む。
「何があったのか、説明しなさい」
「私が……私が悪いのです」
「それでは説明になっていません」
ミレーユ自身、大方のあらましは予測しているし、そんな状況でまともな説明が聞けるとも思っていない。
だが、そんな時だからこそ、ミレーユは冷たく突き放すように告げる。
「もう一度聞きます、何があったのか説明しなさい」
「私が……私がもっとしっかりしていれば……」
「はあ、話になりませんね」
大きなため息とともにそう言うと、ミレーユは片手でレリアの顎を掴み、無理やり立ち上がらせる。
「はっきり言います。レリア、もう二度と摩天楼に挑んではいけません」
「――っ」
「あなたには、私のような才能はない。今回のことでそれを思い知ったはずです」
「そんな、私――」
「言い訳など聞きたくありません」
「――」
「わかったら、明日にはここを出なさい!」
最後に強くそう言いつけ、ミレーユはレリアの顎から手を放す。
レリアは何も言わない。ただ、小さく嗚咽を漏らすだけ。
ミレーユの胸の奥が、ズキリと痛む。
だが、これでいい。
もともとミレーユはレリアが摩天楼に挑むことには反対だった。
開拓者には常に危険がつきまとう。
本当なら、父親の借金さえなければ、ミレーユ自身開拓者などになっていない。
そして、ミレーユを開拓者にした理由と言えるそれも、この数年で完全に消え去った。
だから、家のためにレリアが開拓者になる必要などないのだ。
(ごめんなさい、レリア)
心の中で謝罪をしてから、ミレーユはレリアに告げる。
「さようなら」
「お姉……さま」
弱々しい声で呼ばれても、ミレーユは振り返らずにこの騒ぎを見ている者たちの中へと向かって行く。
そして、その中で――
(――っ、何!?)
一人の少年とすれ違った瞬間、身体中を電流が走るような感覚に襲われ、反射的に少年のほうを見る。
黒タイツの上に簡素な胸当て、そして腰に巻かれたベルトに一本の剣と、装いはいかにも新米開拓者のそれ。
であるのに、そのたたずまいは歴戦の猛者をほうふつとさせ、自分との圧倒的な実力差を感じさせる。
「どうした?」
少年のほうを見ていると、少年は純粋な光を宿す黒目でミレーユをまっすぐに見つめる。
「いや、何でもありません。気にしないでください」
そう言って、ミレーユは背中を向けると――
「そうか。なら俺からは一つだけ」
「何ですか?」
「第50階層手前くらいで、また会おう」
「――っ、それはどういう!?」
少年の言葉の真意を問いただそうとしたところで、再度振り返るが、そこには騒ぎを見ていた野次馬の姿だけ。
どこへ行ったのかと遠くを見ると、少年はうなだれるレリアに声をかけている。その様子は、今日出会ったばかりのそれとは違う。
(そうか、君が――)
ミレーユはこの瞬間、確信した。
たった二人であるだけなく、さらに自分たちよりも早い時間でゴブリンキングを倒したナインという少年が、彼であることを。
「第50階層か……」
この先、敵は今以上に強くなる、その中でどこまで自分たちがやれるのかはわからない。
だが、ナインたちが追い付いて来るその日まで、戦い続けなければならないと、ミレーユはそう思った。
【異世界豆知識:開拓者ギルト】
フロアマップやフロアボスに関する情報など、各階層に関する情報を提供する組織。第10階層までの各フロアに支部がある。訓練所を出所した時点で、自動的にギルドメンバーとして登録される。
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