第19話 もう一つのフロアボス戦


 ナインたちがゴブリンキングを討伐し、第2階層へと到達した頃、レリアたちは来るフロアボス戦に向けて、森の中でゴブリンやホブゴブリンとの戦闘を行っていた。そして。


「今日はこのくらいにしましょうか」


 夕日が差し込み始めた頃、5体目となるホブゴブリンを倒したところで、レリアは他のメンバーにそう告げる。


 すると、両手にかぎ爪を装備した黄色の短髪を短く刈り上げたナインと歳の変わらない少年が、レリアに近づく。


「どうしたの、マックス」

「レリア、俺はまだまだやれるぜ」


 マックスと呼ばれた少年がそう言って笑みをこぼすと、神官服を着た真面目そうな少年が二人の間に入る。


「もうじき日が沈みます。ゴブリンは夜行性ですから危険です」


 青い癖のない髪をセンター分けにした、いかにも真面目そうな顔立ちの少年の言葉に、レリアは頷く。


「アーロンの言う通りよ、私たちはまだここに来て初日。夜はまだ危険よ」

「ちぇ」

「みんなも異論はないわね?」


 マックスを除く他の4人のメンバーが頷くのを見て、レリアは街へ戻るよう促すと、7人で第1階層の街に向かって移動を始める。


 そして、街に戻ったところで――


「妙に騒がしいですね」


 アーロンが最初に街の異変について口にする。


「ええ、何かあったのかしら?」

「ちょっと聞いてみようぜ」


 レリアの疑問に、マックスがすぐに近くにいた露店主の老父に声をかける。そして――


「はっ、何だって……っ!?」


 露店主から話を聞いたマックスが、大きな声で驚きを露わにする。


「どうしたの?」


 急いでレリアがマックスの下へ向かうと、マックスは悔しそうに両手の拳を握りながら答える。


「俺たちの同期が、早速第1階層を攻略したらしい」

「――っ、誰が?」

「名前はわかんねえ、ただ剣士と神官の二人だけのパーティーで、お前の姉ちゃんよりも短い時間でフロアボスを倒したらしい」

「剣と神官の二人だけ……」

「おそらくナインとエメリーヌですね」


 二人の会話にアーロンが入ってくる。


「私もそう思うわ。彼らなら姉さんの記録を抜いてたとしてもふしぎじゃない」

「――っ、ナインとエメリーヌ、あのいけ好かねえ二人組野郎のことか!」

「ちょっとマックス、そういう言い方はやめなさい」

「うるせえ、俺は入所した時から、あいつらの俺たちはお前たちとは違うって態度が気に入らねえんだ!」


 ナインたちは入所式の日以来、他の訓練生とかかわりを持とうとはせず、推薦状の実績から実技訓練も参加していなかったため、マックスのようにそんな二人に反感を覚える者も少なくはない。


「どうしますか、レリアさん」


 どうしますかというのは、自分たちもフロアボスに挑むかということ。


「一端、この件については持ち帰って、今夜、宿でゆっくり話し合いましょう」


 それからレリアたちは一度、事前に取っておいた第1階層内の宿に戻り、食事を済ませてからレリアの部屋に集まった。


「それで、どうすんだよ?」


 集まって早々、最初に口を開いたのはマックス。


 ナインたちに先を越されて焦っているのが、急かすような口調に現れている。


 それに対して、レリアはゆっくりと答える。


「私としては、万全な準備を整えてからフロアボス戦に挑みたい」

「万全な準備って何だよ?」

「ゴブリンキングと対峙した時の作戦の練習よ」

「それは今日やったじゃねえか!」


 レリアの意見にマックスが声を荒げレリアに詰め寄ろうとすると、それを見てアーロンが間に入る。


「おいマックス、レリアさんに何だその態度は!」

「アーロン、そう言うてめえは悔しくねえのかよ!」

「――っ」


 マックスの言葉に、アーロンが言葉を詰まらせる。


 その歯を食いしばるような表情には、確かにマックスと同様、先を越された悔しさが滲んでいる。


「アーロン、あなたの意見を聞かせて」


 レリアにたしなめるようにそう問われ、俯きがちにアーロンは答える。


「正直、僕もマックスと同じ気持ちです。ですが、レリアさんの言う通り、準備を怠りたくはない」

「わかったわ。他のみんなの意見も聞かせて欲しい」


 そう言って、レリアは他のメンバーたちの意見を一人ひとり聞いて行く。そして。


「ニナはどう?」


 最後に、赤みがかった黒髪をお下げにした小柄な少女に尋ねる。


「わ、私は――」


 少女は他のメンバの顔色を窺いながら、答えた。


「みんなと同じで、早く上に、行きたいな」

「ニナ、それは本当にあなたの意見?」

「う、うん」

「――わかったわ」


 パーティーメンバー6人分の意見を聞いて、レリアは一度頷き、立ち上がる。


 メンバーの意見は、概ね最初にアーロンがしたものと同じで、準備をある程度はしてかつ、ナインたちに差をつけられないよう早めにフロアボスに挑みたいというもの。


 そしてそれは、レリア自身も同じ。


 同期であるナインたちに、あまり差をつけられるわけにはいかない。


「とりあえず、明日はもう一度、森で戦術の確認をしましょう。それで問題が無ければ、明後日フロアボスに挑む。どう?」


 レリアの提案に、マックスを含め他のメンバーは頷く。


「ありがとう。それじゃ、明日も頑張りましょう。今日はお疲れ様」


 こうして、レリア一行の摩天楼での一日が終わった。


         ※※※


 翌日の昼下がり。


「なあ、もうこれくらいでいいんじゃねえか?」


 この日5体目のホブゴブリンを倒したところで、マックスがレリアに確認する。


「そうね……」


 レリアとしても、今日のホブゴブリンとの戦いは昨日に比べ、かなり手際よく運ぶことができた実感がある。


 今回と同じようにフロアボス戦でも振る舞うことができれば、問題なく勝てるはずだ。


「アーロンはどう思う?」

「僕としても、訓練はもう十分かと」

「そう」


 他のメンバーに視線を向けても、アーロンと同じように力強い視線が返って来る。


「そういうことなら、訓練はこの辺にしておきましょう」

「おっ、じゃあいよいよフロアボス戦か!」

「待って、さすがに今日はみんな疲労が溜まっているだろうし、挑むのは明日よ」

「ならよ、せめてフロアボスの扉の前まで行ってみようぜ」


 マックスの提案について、レリアは考える。


 確かに、当日いきなり行くより、事前に道順くらいは確認しておいて損はないかもしれない。


「私は別に構わないわ」

「みんなはどうよ?」


 マックスの問いに、他のメンバーも特に異論は唱えない。


「なら、せっかくだし行ってみようかしら」


 それから森を抜け、フロアボスの部屋へと続く整備された道を7人で歩く。そして――


「なあ、あれ、何やってんだ?」


 フロアボスの部屋へと続く扉が見えてきたころで、マックスが疑問符を浮かべる。


「確かに、少し騒がしいですね。レリアさんはどう思いますか?」


 そう問われ、レリアは二人の視線の先を見る。


「あれは――」


 二人が言うように、扉の前で数人の人が集まっており、何やらやっている。


 ただ、見る限り楽しく何かをしていると言った様子ではない。集まっている人の中には、手で顔を覆うようにして泣いている者の姿もある。


「もしかして――」

「何かわかったんですか?」

「引き返しましょう」

「な、ここまで来てそんなことできっかよ! ほら、みんな行くぞ!」

「――っ、ちょっと待って!」


 レリアの静止を無視して、マックスが走り出すと、他のメンバーもつられて走り出す。そして――


「――っ、な、何だよこれ」

「やっぱり」


 レリアたちが見たのは、ゴブリンキングに敗れ、仲間を失い泣きじゃくっていた一つのパーティーの姿った。


         ※※※


 フロアボスの部屋へと続く扉の前で、摩天楼の残酷な現実の一部を見せつけられたレリアたちは、その日は何もせず宿舎へと戻った。


 そして、迎えた翌日。


「みんな、もう一度確認するわよ」


 レリアは自分の部屋に集まったメンバーたちに、尋ねる。


「昨日のあれを見て、それでもフロアボスに挑むかどうか」


 部屋の中に、メンバー全員が息をのんだ音が響き渡る。


「私は、みんなが今日フロアボスに挑むと決めた時点で、覚悟はできてる。みんなはどう?」


 そこまで言葉にして、初めてマックスが口を開く。


「はっ、今さら怖気づくわけねえじゃねえか! なあ、アーロン」

「あ、ああ。どんなに訓練したところで、いつかは戦わなければならない。ならば、ここで逃げても意味はないだろう」

「他のみんなはどうなの?」


 その問いに対して、ニナを除いた他の三人は覚悟を決めた表情を見せる。


「ニナ?」

「わ、私は――っ」


 明らかな動揺が見えるニナに、レリアは優しく微笑みかける。


「ニナ、無理をしなくても――」

「――い、行くよ! 私!」

「ニナ――」

「よし、なら決意が鈍っちまう前に行こうぜ!」


 マックスの呼びかけに、まるで恐怖を払しょくしようとするかのように、他のメンバーが声を上げる。そんな中――


(みんな……)


 レリアだけが言葉にできない不安を覚える。


 だが、アーロンが言った通り、これは上の階層を目指すうえで、いつかは向き合わなければならないこと。それから逃げいていても、意味はない。


 今はマックスの言葉通り、決意が鈍ってしまう前に、戦いの地に赴くべきだ。


「それじゃ、行きましょう!」


 改めて決意を固めるように、レリアはそうみんなに告げた。


         ※※※


「おっ、フロアボスへの挑戦だな?」


 フロアボスの扉の前にたどり着くと、扉の両端にいる衛兵の一人に声を掛けられる。


「ちなみに、パーティーメンバーは7人でいいか?」


 衛兵は強面の表情で、メンバーの数を数えると、念のためレリアに尋ねる。


「ええ、7人です。今から挑戦することはできますか?」

「ああ、できるぜ」

「なら、お願いします」

「おう。おやっさん、この子たち入れてもいいか?」


 強面の衛兵がそう言うと、扉を守っていたもう一人の老齢の衛兵が近づいて来る。


「メンバーは7人で、歳は彼らと同じくらいか。ん?」


 パーティーのメンバー構成を確認したところで、老齢の衛兵がニナを見て目を細める。


「どうかされましたか?」

「いや、何でも。君がこのパーティーのリーダーかい?」

「ええ」

「なら、戦闘中は君が彼女たちの面倒を見るんだよ」

「それはわかっています」

「ならよかろう」


 老齢の衛兵の許可も下りたところで、扉が開く。


「それでは君たちに」

「武神の加護があらんことを」


 二人の衛兵に見送られる形で、レリアたちは部屋に入っていく。そして――


「あの7人は大丈夫そうっすかね」


 扉が閉まったところで、強面の衛兵が尋ねると老齢の衛兵は表情を曇らせる。


「まあ、全滅は避けられるだろう」


 少なくとも、レリアの目は確かだった。だが、それ以外は――


「とりあえず、彼女たちの奮闘に期待しよう」


 最後にそう言って、老齢の衛兵は職務に戻って行った。


         ※※※


「どうして、どうしてこうなったの……」


 目の前に広がる惨状に、レリアは言葉を失った。


 今、彼女の視界に立っているのはゴブリンキングただ一体。


 他の仲間はみな、ゴブリンキングの発する圧や咆哮、攻撃にやられて動けない。


 最初に戦線が崩壊したのは、ゴブリンキングと対峙した時。


 今まで戦ってきたどの魔物よりも強い、敵からの殺気にニナが泣き出し、入り口の扉を叩きだした。


 当然、扉は開かない。


 そして、ニナの鳴き声に呼応するように、ゴブリンキングが大きな咆哮を上げ、ニナは失神。さらに二人が腰を抜かして動けなくなる。


 補助魔術が使える魔術師と、前衛と後衛が一人ずつ使えなくなった。


 残ったのは、レリアとアーロン、マックスにタンクの役割を担うジル。


 タンクが攻撃を凌ぎ、レリアとマックスが膠着したところを狙う、そして神官のアーロンがその隙に動けなくなった仲間を助ける。


 そうすれば、まだ問題なく戦えたはずだった。だが――


「む、無理だこんなの!」


 タンクのジルが、ゴブリンキングの棍棒攻撃を一度大楯で防ぐと同時に、根を上げ壁に叩きつけられる。


 これでタンクもいなくなった。


 そして、攻撃を防がれることがなくなったゴブリンキングは、次はアーロンの下へ移動し、仲間の意識を回復させようとしていたアーロンを蹴り飛ばす。


「痛い、痛い……っ!?」


 苦痛に悲鳴を上げながら、アーロンは何度も患部に治癒の奇跡をかけ続ける。


 奇跡は一日に使える回数が限られている。それをアーロンはすべて使い切った。


「くそっが!」


 最後に残ったマックスが、ゴブリンキングに向けて思い切り突進する。


「ダメよ、マックス!」


 レリアの声は届くとなく、マックスもあっけなく大きな傷を負った。


「グガァ」


 あとはお前だけだ。


 まるでそう言っているかのような殺気を、レリアはゴブリンキングから向けられる。そして――


「どうして……どうしてこうなるのよぉぉぉぉぉ!」


 レリアは我を忘れ、ゴブリンキングに向けて突進した。


 だが、レリアはマックスのようにはならかった。


 一撃でも食らえば致命傷になるゴブリンキングの攻撃をすべて躱し、その反動でできた隙に鋭い一撃を食らわせ続ける。


 そうしてどれくらいの時間が過ぎただろうか。


 レリアが我を取り戻したとき、ゴブリンキングは至る箇所に傷を残した状態で、大の字になって倒れていた。


「は、ははは、ああああああ……っ」


 レリア以外、誰一人として経っていない部屋を眺めながら、レリアは乾いた笑みを漏らし、泣いた。



【異世界豆知識:第1階層の突破率】

摩天楼に挑む開拓者のパーティーのうち、第1階層を突破できるのは約7割。しかし、突破した7割の内、パーティーメンバーが一人もかけることなく突破できたのは1割ほどしかいない。



   

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