第18話 スライム平原

 第1階層のフロアボスであるゴブリンキングを倒し、第2階層であるスライム平原に到達した日の翌日。


 俺たちは、早速魔物のいるエリアへ出て、フロアボス戦に向けての訓練に取り組んでいた。


 その内容というのは――


「ちょっと、助けてくださいナインさん!」


 ひたすら青色の丸形状の魔物の攻撃を躱しているエメが、息を荒げながら俺へと助けを求めてくる。


 訓練というのは、ただひたすらにスライムの攻撃から逃げること。


 第2階層のフロアボスはスライムクラウンという、通常の20倍近い大きさを誇る、王冠を被ったスライムだ。


 そして、やっかいなことにスライムは視力がないため、目くらましが効かない。


 つまり、ゴブリンキングやトロールを仕留めるのに使った、必勝戦法が使えないのだ。


 それに加え、スライムクラウンは戦闘中に分裂し、数体でかかってくることもある。


 そういうこともあって、フロアボス戦では俺がスライムクラウンと戦っている間、必然的にエメが一人になり、分裂したスライムと戦う必要があるのだ。


 というわけで、今はスライムの攻撃に慣れるために、こうして俺の見える範囲でエメにはスライムからの攻撃をひたすら躱す練習をさせている。させているのだが……


「な、ナインさん、も、もう無理です!」

「仕方ないな」


 まあ、初日はこんなものだろう。


 こっちに敵を連れてくるよう手で合図をすると、涙目になりながらエメが敵を連れてこちらに向かって来る。


 俺はエメとすれ違うようにして位置を入れ替えると、勢いよくとびかかって来たスライムを剣で一刀両断する。


「今日はこのくらいにするか」

「はい、わたしくもう足がパンパンですわ~」


 エメが足をさすりながら音を上げる。


 一応、エメもそれなりに体力のほうはあるはずなのだが、やはり敵の攻撃を躱しながら走り続けるのはかなり堪えたようだ。


「この調子なら、しばらくはこの訓練だな」

「そ、そんな~、こんなことならもう一人くらい仲間を見つけておけばよかったですわ~」

「今さらだな」


 それに、俺がスライムクラウンと戦っている間、安心してエメを任せられるやつは、同期の訓練生の中にはいない。


 まあ、無理やり仮に挙げるなら、レリアくらいだ。


 そういえば、レリアたちは今頃どうしているだろうか。


 向こうは大所帯だから、恐らくまだゴブリンやホブゴブリンとの戦闘を通して、経験値を積んでいることだろう。


 まあ、俺たちには関係ないことだ。


「ほら、歩けるか」

錫杖しゃくじょうを使いながらなら、何とか」

「これじゃ先が思いやられるな」

「そ、そんなことはわかってますわよ!」


 ちょっとした小言を言いつつ、エメに肩を貸した状態で、俺たちはゆっくりと第2階層の街へと向かった。


         ※※※


 第2階層にも第1階層同様に、ポータルを中心として街が形成されている。


 当然、規模は第2階層に入れる者が少ないため、第1階層の都市に比べれば小さいが、それでも宿や医療施設は揃っており、それなりに賑わいもある。しかし――


「何か騒がしいな」

「はい……」


 門番の許可を得て街の中に入ると、街の中が妙なざわめきに包まれている。


 特にポータルの方角に人が集まっているようだ。


「あの、これは何の騒ぎですの?」


 エメが気になって近くにいた武器屋の店主に尋ねる。


「それがよ、何でも今あのミレーユが来てるらしんだよ」

「えっ、ミレーユ様が!」


 ミレーユ……レリアの姉か。


 そして、英雄エペ――前世の俺の再来と呼ばれる女剣士。


 いずれ仲間になるかもしれない者たちだ。会えるなら今のうちに会っておいて損はないか。


「場所はどこだ?」

「たぶん、ポータルの周辺だと思うんだけどよ」

「エメ、行くぞ」

「――っ、はい!」


 ポータルに近づくるにつれて人の密度が高くなっていく中、俺たちは人混みを潜り抜ける。そして――


「あれは……」

「レリアさん!」


 ポータルの前にうなだれるようにして地面に座り込むレリアと、その前に亜麻色長い髪の女剣士が立っている。


 あれがミレーユか。


 凛々しいその後姿だけでわかる。


 彼女は強い。今もどんな方向から攻撃を仕かけても、しっかりと対処するはずだ。


 どんなに武器の性能が高く、魔術や神の奇跡があるといっても、彼女たちがいる第40階層は並みの実力ではたどり着けない。


 さすがはあそこまで到達しているだけはある。


「一体、お二人は何を話しているのでしょうか?」

「さあな。ただ――」


 地面に座り込むレリアのボロボロになった鎧に、そんな彼女の前に穏やかでない雰囲気を漂わせるミレーユ。


 そして、二人の周囲のいたる所に散らばった血。


「少なくとも、あまり良い話でないことだけは、確かだな」


 とりあえず、ここはしばらく二人の様子を見守るしかなさそうだ。




【異世界豆知識:第2階層】

第2階層の名はスライム平原。その名の通りスライムが生息する平原であり、第1階層のように一部のエリアに木々はあるが、階層の約8割は草原に覆われている。フロアボスはスライムクラウンで、通常のスライムの20倍の大きさ。ちなみに、通常のスライムの大きさはバスケットボールほど。


 

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