第10話 決闘と失望
どんなに自信があるのか知らないが、あまりにも無謀過ぎる。
レリアは決闘の準備を進めるナインたちを見ながらそう思う。
ナインは堂々と男たちに対して、三人で一斉にかかって来るよう挑発し、その挑発に男たちは躊躇うことなく乗った。
くだらない勝負を仕掛けるような奴らではあるが、レリアは彼らが入所試験で好成績を修めて入所を許可されたことを知っている。
そのことを考えると、どんなに考えてもナインが勝てるビジョンが見えない。
「レリアくん、これは一体どういう状況だい?」
「――っ、所長……っ!?」
勝負の行方を憂慮していると、隣に銀髪を短く刈り上げた屈強な老戦士――訓練所所長のヴァルターが並ぶ。
レリアはすぐに事のあらましをヴァルターに伝え、決闘を止めてもらえるように嘆願する。しかし――
「これは面白そうだ」
「えっ――」
ヴァルターは決闘を仲裁するどころか、それを認め、薄っすらと笑みを浮かべる。
「どうしてですか!?」
「その様子だと、レリアくんはナインくんの身を案じているようだね」
「そんなの当たり前です!」
相手は三人、それもしっかりと武装された近接戦闘を得意とする前衛二人に、魔術を使う後衛二人というバランスの取れた一つパーティー。
対するナインは己が身一つ。武器は彼の腕の長さと同じくらいの剣だけで、防具に至っては通常鎧の下に着る黒タイツを全身に纏い、その上に急所を守るための鋼の胸当てと剣の鞘を下げるために付けられた革ベルトを装着しているだけだ。
「私の見解では、君の心配は杞憂に終わるだろう」
「――っ、つまり、所長は彼が勝つと?」
「ああ、彼の圧勝で終わるだろうね」
そんなの嘘だ。
「まあ、見ていたまえよ」
レリアの心を読んだようにそう言ったヴァルターは、心から楽しそうに決闘が始まるのを眺めていた。
※※※
「準備はいいか? クソガキ」
陣形を整えた男たちが、下卑た笑みを浮かべながら尋ねてくる。
前に大剣と長槍を持ち、鎧を着こんだ男が二人、その後ろに軽装の男が一人。
前の二人が近接戦闘を得意とする戦士、後ろの一人は魔術使いといったところか。
「準備はできている。さっさとかかって来い」
「――っ、おいお前ら」
「ああ」
「わかってる」
「「「絶対にぶっ潰す!」」」
三人の宣戦布告によって、決闘が始まる。
まずは大剣を持ったリーダー格の男が、正面から切りかかってくる。
はっきり言って隙だらけ、これなら前に戦った賊の親玉のほうがまだましだ。
とはいえ、今回は相手が三人。こいつの隙を突いて攻撃している間に他の者に攻撃されることも考えなければならない。
俺は様子見のために、男の攻撃を斜め後ろに跳躍することで躱す。
その時、男に隠れて見えなかった他の男たちの様子を見る。
二人とも、攻撃する体制をまったくとっていない。
なるほど、そういうことか。
「言ったはずだ。三人がかりでかかって来いと」
「はっ、お前なんて俺一人で十分だ」
この男は自分たち三人の力が俺一人に及ばないと思われているのが気に食わないらしい。
仕方ないか。
本当は三人まとめて倒すことで、また絡まれることがないようにしたかったんだが。
俺はリーダー格の男を戦闘不能にするべく、距離を詰めようとする。しかし――
「甘いんだよ」
まるで俺が攻撃を仕かけることを狙っていたかのように、槍を持ったもう一人の男が異常な速さで俺の横に回り込み、攻撃を仕かけてくる。動きの異常な速さは、後衛に控える魔術使いの支援魔術といったところだろう。
つまり、さっきのリーダー格の男の発言は、この奇襲のためのブラフだったということだ。
面白い、少しはやれるようだ――と、言いたいところだが。
「話にならないな」
「何っ――!?」
まず、奇襲をかけるなら声を出すことなく、極力気配を消して行うべきだ。
そして第二に、攻撃の質が低すぎる。決闘という性質上、狙いが急所に行かないことはまだいいが、それ以上に突きの速度が遅い。これでは避けてくださいと言っているようなものだ。
俺は男の槍を軽々と躱すと、攻撃の勢いで前のめりになった男の首元に空いた左手で手刀を打ち込み意識を刈り取る。
「て、テメー!」
「今度はお前だ。早く来い」
挑発すると、リーダー格の男は支援魔術を受け、動きの速度を上げた状態で今度は攻撃を仕かけてくる。
動きが早い分、攻撃を躱すのは難しくなると思われるかもしれないが、そんなことはない。
さっきの男もそうだったが、支援魔術で動きを早くした分きっと体の制御が難しくなるのだろう。
攻撃の威力は上がっただろうが、その代わりに動きが単調で読みやすいし、それによって命中率は低い。
俺はさっきの男と同じように攻撃を躱すと、リーダー格の男の意識を刈り取る。
「さて」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はいいだろ?」
自分は非戦闘系だからと、両手を上に挙げて情に訴えてくる魔術使い。
「悪いな、お前ひとりだけ見逃すというわけにはいかない」
「い、いや、そこを何とか――っ」
俺は嘆願を無視して、魔術使いの意識を刈り取る。
曲がりなりにも奇襲を仕かけてくる奴らだ。
許した瞬間、攻撃系の魔術を使ってくる可能性がある――と。
そんなことを考える意味などないか。
相手全員を気絶させたところで、俺は大きくため息をつく。
最初に賊の親玉と戦ったときから、何となく嫌な予感はしていた。
やつが摩天楼の第三層に至っているということを、あの時は嘘だと言って否定した。
だが、もしあれが本当だとしたのなら、今の惨状にも納得がいく。
本当に残念だ。
今は良質な武器に魔術もある――だが、戦闘技術があまりにも低すぎる!!!
そうなったのには、パーティーで行動できるようになったことや、その中に治癒を行うことができる神官がいるといった、色々な要因があるのだろう。
だが、それでも、俺はこの事実に失望せずにはいられなかった。
※※※
「言った通りになっただろう」
あり得ないと、神官服を着た金髪の美少女が男たちから解放され、ナインの下に戻る様子を見ていたレリアに、ヴァルターは笑みを向ける。
「彼は一体、何者なんですか?」
「残念ながら、それは私にもわからない。ただ」
「ただ?」
「少なくとも、彼らはナインくんの実力をほとんど引き出してくれなかったということだけは確かだね」
確かに、それはレリアも同感だ。
ナインは、明らかに本気を出していなかった。
それどこから、手加減をするのに苦労しているようにさえ見えた。
もし、自分がナインの立場だったのなら、あれほど相手を圧倒することができただろうか。
無理だ、絶対に――
「さて、余興も終わったことだし、予定通りに入所式を始めようか」
レリアの複雑な心中をよそに、ヴァルターがそう言うと、さっきまでの決闘がまるで始めから存在しなかったかのように、入所式は始まるのだった。
【異世界豆知識:魔術】
魔術を使う魔物の素材を分析した結果、人間にも使うことができることが判明した。ただし、魔術を使うには大気中の魔素を感知できる必要があり、それができる人間は限られている。また、そういった人間は摩天楼に長い間滞在した経験がある開拓者の子孫に多いことが判明している。
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