第9話 入所初日


 訓練所への入所が許可されてから5日後の朝。


 俺とエメは入所式のために、訓練所の施設である屋内修練場に足を踏み入れた。


 修練場の中には、すでに同期の訓練生となる者たちがざっと30人ほどいた。面白いことに、俺たちと同じような成人と見なされる15歳になったばかり者もいれば、三十路を迎えていると思われる者たちまで様々な年齢の者たちがいる。


 彼らが俺と同じように摩天楼を目指す者であるという事実に、少しだけ嬉しくなってしまう。


「エメ。入所式が始まるまでまだ時間はあるよな?」

「ええ。それなりに余裕を持って来ましたから」


 なら、今のうちに彼らと交流を深めておいたほうが、今後パーティーを組む際に都合が良いだろう。


 そう考え、近くにいた集団に声をかけようとした瞬間だった。


「おいおい、どうして貧弱そうなガキがここにいるんだ?」


 突然、背後から左肩を掴まれる。それなりに鍛えられた大きな手だ。


 俺はそれを手で払いのけると、声をかけてきた男のほうを振り返る。


 そこには、俺よりいくらか背が高く、引き締まった体躯の二十歳くらいの男たちが三人、俺とエメを見下すように見ていた。


「何の用だ?」

「おいおい、何だよその口の利き方はよ。礼儀ってものがなってねえな」


 いきなり話しかけた上に、見下すような態度を取っているようなやつが、礼儀を語るとは。


「――っ、何笑ってやがる!」


 激高した男が、背中にある大剣の柄に手を掛ける。


 すると、その様子に周囲の訓練生たちの視線が集まる。


「無益な戦いはしたくない。すぐに柄から手を放せ」 

「俺に命令してんじゃねぇ、クソガキが!」


 遂に男が背中から大剣を抜き、真っ直ぐに構える。


「くだらない。行くぞ、エメ」

「は、はい!」


 俺はまったく男の敵意を相手にせず、そのまま男に背を向け、エメと共に、他の集団の下へ移動しようとする。しかし――


「ちょっと、何を……っ!」

「エメ!?」


 男の仲間の一人が、エメの細い右腕をがっしりと掴む。


「離して、痛いですわ!」

「そこのクソガキが素直に勝負するんらないいぜ?」

「お前たち――」


「――あなたたち、何をやっているの!?」


 男たちの行き過ぎた行為に周囲が悲鳴を上げ始めた中、その喧騒が一人の女性の声によっておさまった。


 声がした修練場の入り口のほうを見ると、そこには薄紫の長い髪と大きな瞳が印象的な女戦士を中心とした七人の訓練生が立っていた。


 女戦士を見て面白そうに下卑た笑みを浮かべながら、男は口を開く。


「これはこれは、誰かと思ったら英雄エペの再来とうたわれるミレーユさんの妹のレリアさんじゃないか」


 英雄エペの再来?


 その言葉に引っかかりを覚えながらも、俺は会話に耳を傾ける。


「挑発はいいわ。何をやっていたのか、早く答えなさい」

「見ての通り、調子に乗ってるクソガキを締めようとしてたんだよ」


 レリアと呼ばれた女戦士が視線を寄こしてくると、俺はわからないと両手を広げる。


 すると、彼女はため息をつきながら再び男のほうを見やる。


「要するに、あなたの勝手な嫌がらせというわけね」

「おいおい、そりゃねえぜ。俺はこいつの態度に心底傷ついたんだ」

「――っ、あなた――」


「みんなもそう思うだろ!!!」


 男が周囲にいた他の訓練生にそう訴えかける。


「そう思うだろう。な?」


 発破をかけるようなその問いに、怯えるように訓練生の何人かが頷き始める。


「こういうわけだ。これでも俺の嫌がらせだと言う気かい?」

「――っ」


 仕方ない。


 何も言えないレリアを見て、俺は口を開く。


「わかった。お前の道楽に付きやってやる」

「ちょっと、あなた――っ!?」


 口を挟もうとしてくるレリアを手で制し、俺は続ける。


「まずはエメから手を放せ」

「残念ながら、それはダメだ」

「何?」

「俺たちが勝ったらこの女は俺たちのパーティーに入れる。お前が勝ったら返す。これはそういう決闘だ」

「――」

「何だ文句があるのか? でもな、これはお前が早く勝負を受けなかったからなんだぜ?」

「――いいだろう」


 周囲が再び喧騒に包まれる。


「よし、そうと決まればお前ら、決闘の準備だ」

 

 男が周囲にそう呼び掛けると、他の訓練生たちが修練場の壁際までそれぞれ移動し、人の輪の中心に、俺と男たち、そしてレリア一行だけが残る。


「おいおいレリアさん。何でお前さんがまだ残ってるんだい?」

「そんなの決まっているでしょ。こんな決闘、認められるわけがないじゃない」

「そりゃ困ったな。おい!」


 男が仲間に視線を向けると、エメの頬にナイフを突きつける。


「お前さんが認めてくれないと、この可愛いお嬢さんがひどい目にあっても知らないぜ?」

「――っ、あなたたち――っ!?」

「もういいレリア」


 俺は依然として無意味な決闘を止めようとしてくれているレリアに告げる。


「この程度のやつらに俺は負けない。だからここは引いてくれ」

「で、でも――」

「――いいから引け」

「――っ、わかったわ……でも、もし危ないと思ったら――」

「その時は好きにしろ」


 まあ、そんなことは絶対に起こらないだろうがな。


 レリア一行が渋々といった様子で壁際までに移動すると、男は数歩俺との距離を詰める。


「邪魔者がいなくなったところで、早速始めようか。まずはあいつと――」

「何を言っている」


 仲間の一人と戦わせようとしている男に、俺は告げた。


「三人で一斉にかかって来い」





【異世界豆知識:修練場】

訓練所の施設の一つ。人が1000人ほどは入れる広さを持つ円柱型の建物で、屋根は開閉式になっている。摩天楼のから採取された特殊な鉱石でできており、武器や魔術による攻撃への強度が非常に高い。

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