第8話 摩天楼都市


「お二人とも見えてきましたよ。あれが摩天楼都市です」


 用心棒代わりに乗せてもらった行商人の馬車に揺られること約7日。


 馬の手綱を握る商人に言われるまま、俺とエメは荷台から出て、雲一つない青空の下にそびえ立つ摩天楼とその周辺を見る。


「あれが――」

「摩天楼都市……」


 摩天楼が建っているのは、かつて人と魔物の戦争で主戦場となった地ということもあり、俺の生きていた時代では酷く荒廃していた。


 だが、それが今はどうか。


 摩天楼を中心として、その円周上に大規模な都市が形成されており、俺たちと同じように馬車に乗った者たちが忙しなく街の門から出入りしている。


「中々すごいでしょう」

「ああ。まさか、これほどとは」

わたくしも、噂には聞いていましたけど、ここまですごいとは思いませんでしたわ」

「ははは。初めて見た人はみんなそう言いますよ」


 それから都市の防壁に差し掛かるところで衛兵からの検問を受け、俺たちは摩天楼都市に足を踏み入れる。


「お約束通り、私はこの辺りで。今日までお世話になりました」

「こっちこそ、ここまで助かった」

「お世話になりましたわ」

「それでは、あなた方に武神の加護が有らんことを」


 こうして商人と別れると、俺たちは早速、入所手続きをするために訓練所へ向かうことにした。


「それにしても、本当に人が多いな」


 訓練所に向かう中、その人通りの多さに思わずそんな言葉が漏れる。


「ええ。やはり今の産業の中心は摩天楼にあるといっても過言ではありませんわ」


 エメの言う通り、道端には多くの店が出ており、それは摩天楼に向かう開拓者のための武器や道具を扱う店だけでなく、魔物の素材を使っていると思われる生活用品を扱う店など様々だ。


 半年間は訓練所に通うことになるため、時間があるときは武器以外の産業品を見てみるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら街を歩いていると、周囲のものと比べて大きく、広い敷地面積を持つ建物が見えてくる。


「あれが訓練所か」

「ええ、おそらく」


 さすがに摩天楼へ向かう者の養成所というべきか、建物の周囲はしっかりと石造りの防壁で囲まれており、その入り口には門番の姿がある。


「君たちは?」


 入り口に行くと、門番から尋ねられる。


「入所予定の者だ」

「入所手続きのための書類を提出に来ましたの」

「その書類を見せてもらっても」

「エメ」

「はい」


 エメから書類を渡されると、門番はその内容を確認する。


「確かに、正規のもので間違いないな。よろしい、入りなさい」

「ちなみに、どこへ持っていけばいい?」

「目の前の建物を入ってすぐの所にある事務室だ」

「わかった。ありがとう」

「感謝しますわ」


 それぞれ礼を言って、俺たちは指示された横に長い三階建ての建物に入る。


 すると、門番の男が言っていた通り事務室と書かれた部屋があり、その中に入る。


 部屋の中では職員と思われる人たちが机仕事を行っており、その中で比較的若い女性が俺たちに気づくと、近づいて来る。


「どうされましたか?」

「ここに入所したい」

「こちらが推薦状になりますわ」


 俺が用件を伝え、エメが推薦状を職員に渡すと、職員は少し待つように言ってどこかへ向かって行く。そして。


「お待たせしました。まずは所長との面談を行っていただき、それで合格となれば入所という流れになります」


 どうやら、推薦状だけでは入所できないらしい。


 俺たちは女性職員の指示に従って、所長がいる部屋まで案内される。


 そして、部屋に入るといかにも開拓者を引退したと思われる、短く刈り上げられた銀髪と屈強な体躯が印象的な老人と目が合った。


 老人は意外そうに眼を見開くと、確認するように女性職員のほうへ視線を移す。


「彼らが推薦状の?」

「はい。ナインさんとエメリーヌさんです」

「そうか。とりあえず、二人とも座り給え」


 そう促されるまま、俺とエメは老人と机を挟んで向かい合う形で長椅子に座ると、老人は職員に退出するよう伝え、職員が部屋から出たところで口を開く。


「それでは改めて、私がこの訓練所の所長を務めるヴァルターだ」

「俺はナイン」

「私はエメリーヌですわ」

「ナインとエメリーヌ、二人ともよろしく頼む。それでは本題に入ろうか」


 穏やかだった老人の顔つきが昔の戦士の頃のものと思われるそれに代わる。


「推薦状の内容は確認した。正直に言って、君たちがあのはぐれ者たちをどうこうできたとは、あまり信じられない」

 

 なるほどな。


 確かに、推薦状には俺の功績がありのまま書かれているので、目の前の老人――改め老戦士が疑うのも無理はない。


「何でも構わない。君たちがこの功績を成したと言える証拠を見せてくれないだろうか?」

「そうだな。ならこれでどうだろうか?」


 そう言って、俺は懐から取り出した金貨の入った革袋を机の上に置く。


「多少使ったせいで額は減っているが、これが賊どもを倒した際にもらった報奨金だ」

「ふむ、中を確認しても?」

「構わない」


 老戦士は革袋を開け、中にある金貨を確認する。


 今の貨幣価値から考えて、あの枚数の金貨を俺のような年齢の者が持っているのは普通ではないだろう。


「確かに、少しは信用できる話のようだ。だが、まだ足りない」

「そうか」


 手荒な真似はしたくなかったが、仕方ない。


「――なっ」

「ちょっと、ナインさん……っ!?」


 俺は肌身離さず携帯している小型ナイフを手に持ち、その先を一瞬で老戦士の額に突きつけた。


「これで信用してもらえただろうか?」

「――っ、あ、ああ」

「さすがにやり過ぎですわ! 早く下げて!」


 目的は果たしたため、俺はすぐにナイフを元の場所に戻す。


「どうやら、私は君たちのことを侮っていたようだ。非礼を謝罪する」

「構わない」

「そ、そうですわ!」

「なら、改めて。当時の状況について聞かせてもらってもよいだろうか?」


 それから俺は、以前兵長のアランにしたのと同じ要領で、賊との一件について伝える。


「なるほど、そういうことか」

「それで、どうだろうか?」

「先ほどの攻撃に、今の話。君たちを拒否する理由はない」

「と、ということは……っ!?」

「君たちを歓迎しよう」


 こうして、俺たちは無事に訓練所へ入所できることになった。


         ※※※


「一体、彼は何者なんだ」


 ナインとエメリーヌが去った後、ヴァルターは一人、そう呟く。


 ヴァルターは、開拓者の中でも極数人しか到達していない20階層に上り詰めた男だ。


 他の開拓者とは比べ物にならない戦闘技術を持っている。


 にも関わらず、ナインの攻撃を躱すどころか、気づくことすらできなかった。


 単純に老いで実力が衰えたのだろうか――否、たとえ実力がピークの時であっても、あの攻撃を躱すことなどできなかっただろう。


 それほどまでに、ナインの攻撃は卓越していた。


 そして、それは英雄エペの再来と呼ばれる女騎士以上。


「本当に楽しみな存在が現れたな」


 ヴァルターの口元に薄い笑みが浮かぶ。


「それに加えて、今期は彼女の妹も訓練生だ」


 これは、期待せずにはいられない。


 彼らが共にパーティーを組み、いずれ彼女たちに追い付き、さらにはあの英雄エペをも超える日が訪れるのを。





【異世界豆知識:訓練所】

座学を学ぶ教室や事務室などがある一般棟。武器や魔術の鍛錬を行う修練場。そして訓練生が済む寮の三つの建物で構成される施設。すべての建物は摩天楼で採掘された特殊な鉱石使用した石材でできており、摩天楼と同様に圧倒的な耐久性を持つ。 

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