第7話 旅立ち
衛兵の宿舎を出ると、俺とエメリーヌはある場所を目指して街を歩いていた。
「エメリーヌ。さっき言っていた推薦状とは何だ?」
あの場は、現代の知識があるエメリーヌに任せたが、さすがに何も知らないままというわけにはいかない。
エメリーヌは一瞬驚いた様子だったが、あまり世情に詳しくないからと伝えると、丁寧に教えてくれた。
どうやら、今は昔と違い摩天楼に入るためには資格がいるらしく、それを得るためには訓練所なる場所に行く必要があるようだ。そして、その訓練場に入るために件の推薦状がいるというわけだ――という以前に。
今は俺の生きていた時代とは違って、摩天楼に入る者が大勢いるらしく、そういった者たちを開拓者と呼ぶのだとか。にわかには信じられない話だが、資格や訓練場といった制度があるからには、そうなのだろうと信じざるをえない。
俺としては訓練所などに通わず、すぐにでも摩天楼に挑みたいところだが、今の時代の決まりごとに逆らおうとは思わないし、できれば今の時代についてもう少し知りたいという思いもある。そういう意味では、訓練所に通うのもありかもしれない。
それから少しの間、エメリーヌと今の時代について話していると、目的地が見えてくる。
「あれか」
「はい」
俺たち二人が訪れたのは、三角屋根と扉の上に飾られた十字架が特徴的な石造りの建物――教会だ。
扉を開け中に入るとシスターに出迎えられ、俺たちそれぞれの用件を伝えると、俺は神官のいる礼拝堂に、エメリーヌはシスターの執務室に行くよう言われる。
「終わったら外で待っている」
「わかりましたわ」
それから俺は言われた通り神官のいる礼拝堂に入る。
「おやおや。少年よ、今日はどのようなご用件で?」
「お告げを頼みたい」
部屋に入り、用件を尋ねてきた初老の男神官にそう答えると、俺は女神像の前に立つ神官のもとまで行き、地面に片膝を付いて
ちなみに、お告げとは神官が神に祈りを捧げることで、身元のわからない子供や敵兵などの素性を明かすために行う儀式のことである。
俺としても、いつまでもNo.9のままというわけにもいかないし、この身体の正確な年齢を知らなければ身体の成長を考えた鍛錬を行うことができない。
「まずはお布施を頂けるかな?」
「ああ。これでいいか?」
そう言って、俺は懐から取り出した銀貨を一枚神官に手渡す。
「これは……本当によいのか?」
「ああ。ちょっと多めに小遣いをもらったんだ」
「そういうことなら、ありがたく」
大切そうに銀貨を女神像の前にある祭壇に捧げると、神官は再び俺の瞳をのぞき込む。
「それでは、儀式を始める」
「ああ、頼む」
それから神官は両手で持った錫杖を天に掲げ、祈りの言葉を天に奏上する。そして――
「む、これは」
「どうした?」
表情を曇らせた神官に尋ねると、彼は申し訳なさそうに肩を落としながら口を開く。
「少年よ、君についてわかったことは2つ」
「2つ……」
本来なら、名前や年齢、出身地など最低でも4つか5つはわかるものなのだが。
「教えてくれ」
「まずは、名前。君の名前はNo.9――おそらくは」
「それ以上は言わなくていい」
どうやら、この身体は生まれたときからNo.9だったようだ。おそらく、生まれて間もなく売りに出されてしまったといったところか。まあ、それか俺が転生したせいで、そうなってしまっているという可能性もあるが。
「それで、もう1つは?」
「年齢――10日後に15になる」
「15か」
ということは、今は14――本来なら、もうじき成人を迎えるという年齢か。
「わかったのはこの2つだけ……本当に申し訳ない」
「いや、最低限欲しかった情報は手に入った」
特に年齢がわかったのは大きい。
これから訓練所とやらに入るのにも年齢の情報くらいはくれてやる必要があるだろうし、何よりこれで今後どう鍛錬していくかの方針がたつ。
「もう行かれるのですか?」
「ああ。世話になったな」
「あなたに神の祝福があらんことを」
神官に見送られながら礼拝堂を出ると、エメリーヌと約束した通り、教会の外で彼女が来るのを待つ。そして――
「お待たせしましたわ」
しばらく経った後、エメリーヌが出てくる。
「その様子だと、試験には合格したようだな」
純白の神官装束に身を包んだエメリーヌを見てそう聞くと、彼女は嬉しそうに小さな笑みを浮かべる。
「はい。無事にこれで私も一人の神官です」
俺が神託を受けに行っている間、エメリーヌは教会で神官になるための試験を受けていた。何でも、俺の前衛としての能力を踏まえて、自分が後衛での支援に徹するのが最善だと考えたらしい。
最初にエメリーヌから神官になりたいと言われたときは、摩天楼に挑むのを辞めたのかと驚いた。俺が生きていた時代では神官は貴重な存在で、とてもではないが街の外に出ることなどできなかったから。
だが、彼女曰く、摩天楼に挑む者が多くなった現代において、神官が同行するのは当たり前のことで、それに伴い神官になるのも昔ほど厳格ではなく、小さい頃に修道女見習いをしていれば試験に合格するだけで神官になれるのだそうだ。
「ちなみに、奇跡は何を授かった?」
奇跡とは、教会が崇拝する女神から与えられる不思議な力のことで、その名の通り人の力では到底不可能なことを起こしてのける力だ。
「ヒールとホーリーライトを」
「治癒に目くらましか。良いものを授かったな」
「といっても、回数はどちらもまだ一日で2回が限界ですけれど」
「それでも、あるとないとでは違うさ」
今思いつくだけでも、これでかなりの戦闘が楽になるはずだ。
「そちらはいかがだったのです?」
「ああ、こっちは――」
俺は神託の内容を簡単に伝える。
「そうですか、ですが困りましたわね」
「何がだ」
「私、今後もあなたのことをどう呼べばよろしいのでしょうか?」
確かに、いつまでもNo.9と呼ばせるのはおかしいか。かといって、前世のエペと呼ばせるのも違う気がする。
「そうだな。なら、単純にナインとでも呼んでくれ」
「ナイン……本当によろしいんですの?」
「ああ。それとも何か問題があるか?」
「いえ、あなたがよろしいのでしたら」
そういってから、エメリーヌは神官服の裾をそっと持ち上げながら、一礼する。
「それでは、ナイン様。改めてよろしくお願いしますわ」
「様はやめてくれ」
「そういうことでしたら、私のことは今後はエメとお呼びください」
「そうだな。そのほうが戦闘時に呼びやすい」
「もう、そういう意味で言ったわけではありませんのに……」
エメリーヌ改め、エメが呆れたようにため息をつくと、俺は彼女に「悪かった」と謝罪してから続けた。
「まだ時間もあるし、色々と装備でも探しに行くか」
「――っ、はい!」
それから俺たちは、推薦状が出来上がるまでの間、装備の調達をはじめ摩天楼に挑むための準備を進めた。
そして、推薦状ができる約束の日――
「お待たせしてしまって本当に申し訳がない。こちらが訓練所に入るための推薦状になります」
衛兵の宿舎に立ち寄ると、兵長のアランが筒状にまとめられた二枚の書状を俺に手渡す。
「それと、摩天楼に向かう行商人の馬車に乗せてもらえるよう手配しました」
「ありがとう。助かる」
「それでは、馬車は街の入り口に待機させておりますので」
そう言って、アランと共に街の入り口まで移動する。すると――
「あれは――」
「施設から助けた人たちですわ!」
街の出口の近くに、これから行動を共にするのであろう馬車の他に、賊の施設でともに過ごした大勢の者たちの姿があった。
その誰もが、俺たちに感謝の言葉と摩天楼に挑むことに対する励ましの言葉を掛けてくれていて、自然と笑みが漏れる。
少なくとも、摩天楼に挑むといってあそこまで応援されたことなどなかった。
本当に時代が変わったのだと、そう実感する。
俺たちは彼らの声援に軽く手を挙げて答えてから、馬車に乗り込む。
「それじゃ、行ってくる」
「この度は本当にありがとうございました。では、あなたがたに武神のご加護があらんことを」
こうして、俺とエメは摩天楼へと旅立つのだった。
【異世界豆知識:神官】
女神への信仰の対価として、女神から奇跡の力を与えられている者。見習いとして教会で過ごした経験があり、かつ試験に合格することでなれる。世の中に対する功績を立てることで、新たな奇跡の付与や一日に使える奇跡の回数が増える。
【お知らせ】
想像以上に二作品同時に連載するのが難しかったため、2日に1回のペースで更新することにしました。次回の更新は2024年4月23日になります。よろしくお願いします。
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