第6話 推薦状


「な、No.9様……もうすぐ目的地に着きますぜ……」


 俺の横に座って馬車を動かしていた禿頭の賊が、びくびくしながら俺にそう報告してくる。


 賊の親玉との戦いのあと、俺は気絶していたこいつを叩き起こして状況をわからせてから、近くにある中規模の街へとこうして馬車で案内させていた。


 ちなみに俺と同じように奴隷として働かせていた人たちは解放して、後ろに続いている馬車で一緒に移動している。


「門番がいるようだが、入れるんだろうな?」


 賊の言う通り、目的地である街を取り囲む石壁の防壁が見ているものの、街の入り口にはしっかりと門番が待ち構えている。


 隣に賊を乗せ、さらにお世辞にも身綺麗とはいえない元奴隷たちを連れていては、警戒され街の中には入れてもらえないかもしれない。


「それはあっしに任せてください!」


 頭を光らせながら、自信満々に賊は力こぶを作って見せる。普通に信用できん。


 そして、その予感は実際に当たっていた。


「ど、どうして入れてくれねえんだ!」

「そんな素性もわからん者たちを、入れるわけがないだろ!」


 門の前に着くなりこれだ。


「入れそうですの?」


 賊と門番とのやり取りを見守っていると、後ろの馬車から件の少女――エメリーヌがやって来て隣に座る。


「どうだろうな。ただ、あいつにこれ以上任せていてはいけないのは確かだ」

「では、どうすれば?」

「そうだな――」


 俺は馬車の荷台にいる身動きが取れない賊の親玉の身体を背中に乗せると、言い争いを続けている賊のもとへ向かう。


 すると、俺に気づいた賊が焦った様子で俺に近づいて来る。


「な、No.9様! これには深~いわけが!」

「お前は黙っていろ」

「――は、はい……」


 賊を黙らせると、俺は門番のもとに向かう。


「何だい、君は?」


 明らかに疑わしい目を向けられるが、俺は毅然とした態度で背負っていた賊の親玉の身体を門番の足元に落とす。


「この男に見覚えはないか?」

「……まさか!? 少々お待ちを!」


 こちらの意図を察したのか、門番が一度防壁の中へと戻って行く。


 これならおそらく大丈夫だろう。


「そ、その……No.9様……」


 門番と俺のやり取りを見て何か思ったのか、恐るおそるといった感じで賊が口を開く。


「約束通り、ちゃんと案内はしましたし、俺のことは見逃し――」

「悪いがお前は用済みだ」

「えっ、そ、それは話が違――」


 何か言いかけた賊を俺は首元に手刀を打ち込むことで気絶させる。


 案内をしたら見逃してやるという約束は確かにしたが、実際こいつは最後のさいごでやらかしたし、何よりそれで俺を含め他の奴隷たちをいたぶった罪が消えるわけがない。


 ということで、こいつも親玉と同じように衛兵の下に引き渡す。


 そうすれば、手に入る金が増え、その分を他の元奴隷たちに渡すことができる。


 親玉の隣に禿頭の賊を並べたところで、門番が一人の男を連れて戻ってくる。


 門番の鎧に比べて光沢があり、歳も一回りは違うだろうか。


 いかにも兵長といった感じの兵士だ。


 兵士は俺の前に来ると、口を開く。


「私はこの街で兵士長をしているアランという者だ。この男は君が?」

「ああ」

「そうか……それで、後ろの方たちは?」

「この男に不当にも奴隷として扱われた人たちだ。できればこの街で受け入れてもらえると助かる」

「なるほど……」


 アランと名乗った男は、少し考える素振りを見せた後、続ける。


「わかりました。一端あなたたちの身柄は我々が保護します」

「ありがとう。助かる」


 アランからの指示を受けた門番の誘導を受け、俺たちは街に入る。


 俺の生きていた時代は民家の多くが木造建築だったが、今は石造り、それも成型された素材を使ったものが多い。


 きっと、素材の加工技術が上がったのだろう。確かにこれなら、武器の性能が上がったことも頷ける。


 それから歩くこと数分で、俺たちは衛兵たちの宿舎にたどり着く。


「他の方は宿舎に。あなたにはもう少し聴取に付き合っていただきたいのですが?」

「構わない。それと、彼女も一緒に連れて行きたいんだが」


 俺はエメリーヌに視線を向けながら尋ねる。


 この時代は、俺のいた時代とは異なる点が多いため、できれば今の時代に精通しているエメリーヌに一緒にいてもらいたい。


「どうだろうか?」

「はい、問題ありません」

「ありがとう。行くぞエメリーヌ」

「――っ、は、はい!」


 こうして、俺はエメリーヌを連れて、アランの後に続いた。


         ※※※


 アランに連れてこられたのは、向かい合わせで並べられた小さな机があるだけの簡素な小部屋だった。


「どうぞおかけください」


 机の近くに用意された椅子に座るよう促され、言われるまま腰を下ろした俺とエメリーヌと向かい合う形で、アランが座る。


「では事情聴取を始めたいと思いますが、その前に」


 そう言ってアランは、机の天板に額が当たるのではないかと思えるくらいに頭を下げる。


「この度は、あの賊どもを対峙していただき、本当にありがとうございました!」


 誠意の籠った感謝の言葉から、いかにあの賊どもが人々を苦しめていたのかがわかる。


「頭を下げる必要はない。自分のためにやったことだ」

「で、ですが――」

「そんなことより、聞かなければならないことがあるのだろう?」

「は、はい。それでは――」


 それから俺たちは、今に至るまでのいきさつを聞かれた。


 俺にはひと月ほどの記憶しかないため、施設に入るいきさつなどはエメリーヌに説明を任せ、俺は賊との戦いについて簡単に説明した。


「なるほど、そんなことが」


 話を聞き終えたアランは、調書を書く手を止めると再び俺たちのほうを真っ直ぐに見つめる。


「聴取は以上になります。ご協力ありがとうございました。それと、あまり多くはありませんが報奨金を出させていただきます」


 そう言ってアランから提示されたのは、賊の親玉が金貨5枚、その他の賊が銀貨50枚。


 報奨金が出ることを見越してエメリーヌから聞いておいた貨幣価値と照らし合わせるなら、下っ端の報奨金を他の奴隷に渡したとしても、上質な装備一式をそろえた上で一年は食うに困らないだろう。


「この条件でいかがでしょうか?」

「問題ない」

「ありがとうございます。では提示した金額を用意しますので、少々お待ちを」


 アランが机の上にあったベルを鳴らすと、部屋の扉から衛兵の一人が姿を見せる。

 

 そして、アランから指示を受けると、綺麗に一礼してから駆け足で部屋を出て行く。すると。


「この際ですので、報奨金以外に何か我々にできることがあればお聞きしたいのですが、何かありますか?」

「そうだな……」


 俺としては、武器と食料をそろえるための金が手に入ればそれで十分だ。


 お前は何かあるかと、エメリーヌに視線を向ける。


「そういうことでしたら、推薦状を書いて頂いてもよろしくって?」

「推薦状、というとお二人は今から摩天楼へ?」

「ええ。ですが、今年度の訓練所への入所試験はおそらく終わってしまっていると思いますの」

「なるほど、そういうことでしたら喜んで発行させていただきます」


 推薦状、それに訓練所?


 二人が何を言っているのかさっぱりわからない。


 だが、少なくとも摩天楼に行くために必要な何かということだけはわかる。


 とりあえず、その辺のことは後でエメリーヌに聞くとするか。


「では、推薦状の発行には三日ほどかかりますので、それまでお待ちを。それと差し支えなければ摩天楼へ向かう行商人の馬車に同行できるよう手配もいたしますが?」

「はい、よろしくお願いしますわ」


 それから二人が話を進め、報奨金を受け取ると三日後に再び宿舎を訪れるということで、この場は解散となった。





【異世界豆知識:推薦状】

摩天楼に入るためには、事前に訓練所で教育を受け開拓者の資格を得る必要がある。訓練所に入るためには通常入所試験を受ける必要があるが、憲兵隊や教会といった一部の機関からの推薦状があれば、試験を受けることなく入所することができる。


 



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