第5話 行こうか


(第三層……無理ですわ……っ!?)


 親玉の実力を知って、少女は声にならない叫びを上げる。


 魔物の素材の需要が上がったことで、一獲千金を狙って摩天楼へ挑む者は増えた。


 しかし、その中で第三層に到達できる者はその半数ほどしかいない。


 今までの戦闘で少年がただ者ではないと、少女は理解はしているが、それでもこれは相手が悪すぎる。


 自分のことはもういいから、早くここから逃げて欲しい。


 少女のそんな願いとは裏腹に、大剣を構える賊の親玉に対して、少年は姿勢を低くし、短剣を構える。


(やる気、なのですね……でしたら――)


 剣を構える少年の面構えを見て、少女もまた最後まで今から始まる戦闘を見届ける覚悟を決める。


「さあ、どっからでもかかってきな。クソガキ」

「――」

「はっ、生意気な野郎だ。なら――っ」


 攻撃を自分から仕掛けることはないと踏んだのか、賊の親玉が地を蹴り、少年を大剣で斜め下から切り上げようと試みる。しかし――


「――っ、何だと……っ!?」


 互いにすれ違うように一瞬で二人の位置が入れ替わると、少年は飄々とした態度でいるのに対し、賊の親玉は右の横腹を抑えながらその場にうずくまる。


 少女が賊の親玉が抑える位置を見ると、薄っすらと赤い血が滲んでいた。


(まさか、今の一瞬で……っ!?)


 相手は摩天楼の第三層に到達することができるレベルの戦士。


 少女が見ても、今の剣技は他の賊とは違って明らかに手慣れたものがあった。


 だが、それ以上に少年の放った剣技は、少女が今まで見たどの剣技よりも洗練されていた。第10層に到達した父親のものより、そして――現代最高の開拓者であり英雄エペの再来と呼ばれる女騎士のそれよりも。


(本当に、彼は一体――)


 少女は大きな疑問を心の中に抱きながら、再び二人の戦闘に目を向けた。


         ※※※


 賊の親玉が第三層に到達した者だと聞かされた時、俺は最大限の警戒心を払った。


 摩天楼の第三層に到達するためには、第一層と第二層のフロアボスであるゴブリンキングとスライムクラウンを倒さなければならない。


 そして、この二体の魔物はともに、目の前の賊よりも体格は大きく、その力もまたそれに合ったものを持っており、基本的に一撃でも攻撃を食らえば軽傷では済まされない。


 そんな相手を倒したというのだから、相当の腕利きだと思っていた――だというのに。


「拍子抜けだな」

「何、だと……っ!?」


 どうやら、俺はまんまと賊の戯言に騙されてしまったらしい。


 今の一撃、現代の武器の性能を考えれば、確かに当たれば敵に大きな傷を負わせることはできただろう。


 だが、動きがあまりにも雑過ぎる。隙だらけだ。


 あれでは、到底フロアボスを倒すことなどできない。


「来るならさっさと来い、ほら吹き」

「――っ、て、テメー!」


 さすがに賊の親玉だけあり、痛みには多少耐性はあるようだ。


 こちらの挑発に立ち上がると、賊の親玉が再び大剣を今度は上段から振りかざしてくる。


 これもまた隙だらけの情けない攻撃だ。


 俺は振りかざされる大剣を悠々と横に躱すと、畳みかけるように四肢の動きに関わる重要な腱を寸分違わず切っていく。


「う、ううぅ……手足が……」

「どうした。お前が倒したと言ったゴブリンキングなら、これでも俺に嚙みつこうとしてくるんだがな」

「――っ、こ、このくそガキがぁぁぁぁぁ」


 怒声を上げながら、賊の親玉が戦いの様子を怯えながら見ていた賊の一人を睨みつける。


「おい、ぼさっとしてないでこいつをやれ!」

「――っ、く、くそぉぉ!」


 親玉に命令されるがままに、賊の一人が俺に右の手のひらを向ける。


 何をするつもりだ?


 純粋な疑問が脳裏をよぎった瞬間だった。


火球ファイアーボール!」

「――っ」


 魔術だと!?


 男が叫んだ瞬間、人間の頭部くらいの大きさの火球がすごい速さで飛んでくる。


 俺は咄嗟に短剣で火球を真っ二つに切断し、何とか相手の魔術を退ける。


 一体、どうなっている!?


 魔術は魔物が使うもの、人間が使えるものではない――いや。


 武器が進化したように、人間も魔術が使えるようになったということか?


「こ、この化け物がぁぁぁ!」


 どうやら考えている暇はないらしい。


 狂ったように、賊が次々と火球を生成してはそれを俺に向けて放ってくる。


 まずはあいつをどうにかするしかない。


 俺は迫りくる火球を同じように切断しながら、賊に近づき背中に回り込むと、短剣の柄頭で首元に打撃を与え、意識を奪う。


 そして、俺はすぐに他の賊へと視線を移す。


 魔術が使えるとわかった以上、他の賊をこのまま放置しておくわけにはいかない。


 そう思ったのだが――


「――っ、おいお前ら! 何、逃げてんだ! こいつと戦え!」


 残った賊たちはその身を震わせ、じりじりと後ろ歩きで、開けたままになっていた入り口のほうへと向かっている。


 戦闘の意志がないのなら、無駄な戦闘を続ける必要はない。


「10秒以内にここから出たやつは見逃してやる。ただし、ろうにいる人たちには手を出すなよ」


 そう言った瞬間、賊の一人が『逃げろ!』と叫び、一目散に残った賊たちが部屋から駆け出していく。


「う、嘘だろ……」


 すっかり人気がなくなった大部屋の様子に絶望の言葉を漏らす賊の親玉の下へ、俺は移動する。


「た、頼む、命だけは……っ!」

「安心しろ、命は取らない」


 こいつのことだ。きっと近隣の街の衛兵にでも渡せば、多少は摩天楼に挑むための軍資金になるだろう。


 俺は魔術を使った賊と同様に、一瞬で賊の親玉の意識を刈り取った。


         ※※※


 絶対に勝てないと思っていた賊の親玉を圧倒し、さらに厄介な魔術師を無力化。


 本当に、一瞬の出来事だった。 


 あまりの速さに少女が依然として状況を把握しきれていない中、少年がゆっくりとした足取りで少女の下へ歩いて来る。


 そして、少女の拘束を軽い剣裁きで破壊すると、真っ直ぐに手を伸ばし、言った。


「行こうか、摩天楼へ」

「――っ、はい!」


 少女は迷わず手を取った。


 この剣士と一緒なら、両親との約束を果たせる――否、まだ誰も見たことのない、あの塔の頂の景色を見られると思ったから。





【異世界豆知識:開拓者の到達率】

摩天楼に挑んでいる開拓者の人口は一万人以上とされており、そのうち第二階層に到達できるのが7割。さらに第三層に到達できるのは5割。そして、第十階層に到達できるのは1割となっており、現代にて到達された最高層は第40階層である。

 


 

  


 

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