第4話 救世主

 少女の両親は、かつて摩天楼の10階層まで攻略した偉大な塔の開拓者だった。


 摩天楼から得られる魔物の素材は、今の世界の文明の発展には不可欠なものであり、それが摩天楼に挑む者の1割しか到達できないとされる10階層のものとなれば、その需要は計り知れない。


 摩天楼での功績から、少女の両親は大金を手にし、それをもとに少女と共に幸せな日々を送っていた。


 しかし、そんな彼女たちを良く思わない者たちもいた。


 それは、数百年に及ぶ歴史を持つ名家の者――俗にいう貴族たち。


 貴族たちは、多くの民から慕われ貴族と変わらない扱いを受ける少女たち家族を妬み、元開拓者の賊を雇って少女たち家族を襲わせた。


 実力だけで言えば、少女の両親は決して賊には劣らない。


 だが、数で優位に立たれた上に、少女をかばいながらとなると、さすがの少女の両親も持ち堪えることができず、少女を守って命を落とした。


 それから残された少女は、賊たちに強制労働施設に連れて来られた。


 15にも満たない少女だが、これから自分がどんな目に合わされるのかは何となくわかる。


 賊たちが宴会を行う中、見世物のように両手を鎖で縛られ、数多の方向から向けられる下卑た視線。


 そう、今から自分は彼らの慰み者にされるのだ。


(ああ、どうしてこのようなことに)


 少女は自分の運命を嘆く。そして――


(私には、お父様とお母様と交わした約束があるのに――)


 少女が小さかった頃、すでに開拓者を引退していた両親と少女は誓った。


 必ず開拓者となって、二人が見られなかった摩天楼の景色を見ると。


 だが、それはもう叶わない。


 今の少女にとって、今から慰み者にされる以上に、今は亡き両親との約束が果たせないことのほうが、何倍も辛い。


(ああ、武神よ)


 少女は祈る。


 摩天楼へ挑む者を守り導くとされる武神に向けて。


(どうか、私に摩天楼に挑む機会をお与えください)


 そう願った瞬間だった。


 突然、宴会が催されている大部屋の扉がゆっくりと開いた。


 そして、扉が開いたその先には、短剣を片手に持った、黒髪の少年が立っていた。


         ※※※


 賊たちが宴会をしている大部屋に入るには、正面から入るか、外から窓を割って奇襲をかけるかの二択。


 そして、奇襲をかけるとしたら、一度外に出て隣の食糧庫の天井に上り、そこから二階に飛び込むしかない。


 今は一刻も早く彼女を助けに向かわなければ、再起不能になってしまいかねない。


 となると、実質俺に与えられた選択肢は一つ――正面突破だ。


 正直、俺としては賊との戦闘は避けたかった。


 当然、負ける気はまったくしないが、相手にする数が多い分、手加減ができなくなってしまい、その結果、相手の命を奪うことになってしまうかもしれない。


 あくまで俺の戦闘技術は、人間の命を奪うためのものではなく、強大な魔物と戦うために身に着けたもの。


 それを、いくら相手が大罪を犯している賊とはいえ、使ってしまうのは、少なからず心に来るものがある。


 ただ、だからといってこのまま何もしないわけにはいかない。


 今の俺にとって、賊全員の命よりも、摩天楼に挑もうとする志を持った少女の命のほうが断然重たく、尊いものなのだから。


「行くか」


 俺はゆっくりと大部屋の扉を開く。すると――


「――っ、No.9! どうしてお前がここに……っ!?」


 真っ先に立ちはだかったのは、毎朝俺を蹴飛ばしてくる禿頭の巨漢。


 さすがに今までで一番関わった賊ということもあって、こいつを殺すのは少しはばかられる。


 俺は賊たちが事態を把握する前に、瞬時に禿頭の賊の背後に回り込むと、その首元に剣を握っていない方の手を使って手刀を打ち込み、意識を刈り取る。


 そして、その様子を見た二人の賊が、こちらに近づいて来る。


「おいおい坊や」

「そんなおもちゃを持ってどうした?」


 言っている言葉は子供をたしなめるそれだが、賊たちの手にはしっかりと俺の持っているのと同じような短剣が握られてる。


 武器を向けている以上、ある程度の負傷は覚悟してもらおうか。


「なあ、何とか言ってみろよ――」

「そこをどけ」

「――っ、手前ぇ何だその言い草は――ぐあはっ」

「な、何なんだこいつ――うわぁっ!?」


 怒声を上げた賊たちに対して、俺は体格が劣っていることを逆手に取り、賊たちの足元へと移動し、そのまま二人の両足の腱を切断。


 賊たちはうめき声を上げながら、その場に倒れ込む。すると。


「おいテメー、何しやがる!」

「このクソガキがぁ……っ!」

「ぶっ殺す!」


 仲間をやられた賊たちが一斉に怒声を上げながら、こちらに迫ってくる。


 その数ざっと二十は裕にいる。


 さすがに、この人数が相手ではもう手加減はできそうにない。


 俺は姿勢を低くし短剣を構え、戦闘態勢を整える。その時だった。


「それくらいにしとけ、お前ら」


 大部屋の最奥で、鎖に両手を縛られた少女の隣に鎮座していた男が、騒ぎ立てる賊たちを一瞬で鎮めて見せる。


 初めて見る顔だが、どうやらこいつが賊たちの親玉らしい。


 賊の親玉は俺の近くに来ると、口を開く。


「お前の目的は何だ?」

「あそこにいる少女を開放しろ」

「ほう。だが残念ながらあいつは俺たちのものだ。それに――」


 男の表情に怒気が現れる。


「――お前のせいで、うちの連中が二人使い物にならなくなっちまった」

「それで?」

「お前には今から、その罪を命で償ってもらう」


 そう言って、男は近くにいた賊から大剣を奪い取ると、切っ先を俺に真っ直ぐ向けた状態で構える。


「俺はこれでも昔は摩天楼の第三層に到達したんだ。だから、がっかりさせるなよ。クソガキ」


 何……第三層……だと?


 その事実を知って、俺の賊に対する警戒心は一気に高まるのだった。





【異世界豆知識:開拓者】

摩天楼で魔物を倒し、そこから手に入る素材を売ることで生計を立てている者。大昔に摩天楼に挑んだ者から流通が始まった魔物の素材が、文明を大きく発展させたことからその需要が増加し、それによって摩天楼に挑む者が増加した。 

  


 


 

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