第3話 宿舎潜入
そろそろいいか。
牢に戻ってから夕食を済ませ、周囲が寝静まったことを確認すると、俺はナイフを一本手に持ち、針金を使って牢の鍵を開ける。
「相変わらず騒がしい連中だ」
独房の外に出ると、賊たちが酒を飲みながら騒いでいる声が、宿舎のほうから聞こえてくる。
賊たちが女遊びを始めるのは、大体あの宴会が終わった後だから、まだ例の少女は無事なはずだ。
問題なのは、彼女がどこに閉じ込められているかということ。
宿舎の中であることは間違いないが、俺自身、中がどうなっているのかは全くわからない。
少なくとも、一階の部屋の窓で明かりがついている部屋はなく、二階の部屋には明かりがついている部屋がちらほら見える。
このことから考えるに、おそらく賊たちが宴会をしている部屋は二階だ。
となると、一階の部屋から侵入して、あとは他の部屋をしらみつぶしにしていくのがいいか。
俺は適当に近くの部屋の窓の前に移動すると、窓に向けてナイフをまっすぐ構える。
俺が摩天楼での戦いで命を落としてから、どれくらいの時が経ったのかはわからない。
ただ間違いなく言えることは、この時代の武器が、俺が生きていた時とは比べ物にならないほどに、高性能になっているということ。その証拠に――
「良い切れ味だ」
俺が素早くナイフで窓を何度も切り刻むと、あっさりと窓ガラスが音もたてずに粉塵と化す。
今の時代の武器は、軽く、切れ味が良い。こんな小さなナイフでも、こうして窓ガラスを一瞬にして粉々にできてしまう。
俺の時代にあったナイフでできることと言えば、せいぜい子ゴブリン一匹を仕留めることくらいだった。
それだけに、ここからはより慎重にならなければならない。
今手に持つ短剣の性能が高いように、それと同等かそれ以上のものを賊たちは持っている。
それはつまり、戦闘になれば必然的にその武器と相対するということ。
「懐かしいな。この感じ」
摩天楼の中では、常に俺は敵に見つからないことを第一としてた。
見つかれば、戦闘は避けられない。
そして、俺が常に一人であるのに対して、大抵の魔物は群れで襲って来る。
だから、気配を消す訓練を繰り返し、確実に敵を一体ずつ倒すようにしていた。
今の状況は、ちょうどその頃のものと似ている。
久しぶりに覚えた緊張感に、思わず口の端が上がる。
「さて、行くか」
割った窓から宿舎に足を踏み入れる。
入ったのは、どうやら賊たちの一人の部屋のようで、残念ながら例の少女の姿はない。その代わり。
「こいつは使えそうだ」
寝台の近くに置いてあった、賊が普段使っていると思われる短剣を拾い上げる。
刃渡りは今手に持っているナイフの3倍ほどで、その割には然ほど重くはない。
これくらいなら、今の俺の貧弱な身体でも十分使いこなせそうだ。
得物を新調したところで、俺は部屋の扉を少し開け、その隙間から外の様子を窺う。
思った通り、一階に人の姿は見られない。
最初の予測通り、賊たちがいるのは二階で間違いなさそうだ。
俺は部屋の外に出ると、内部を軽く見渡す。
建物の作りとしては、玄関を中心として両側面に沿って部屋が並んで配置され、二階に賊たちが普段宴会をしている大部屋があるようだ。
「まずは一階の部屋を総当たりだ」
その中で少女を見つければ、一緒に脱出。そうならなければ、二階に侵入だ。
それから俺は、一階の部屋を片っ端から調べていく。
基本的にはどの部屋ももぬけの空で、特に進展はない。
そして、一階の部屋も残すところあと一つとなったところで――
「――っ、だ、誰!?」
部屋の扉が開いた音に反応するように、気だるげに寝台に身を預けていた女性が、怯えたように身を震わせる。
ちょうど二十歳くらいの亜麻色の髪の女性で、ボロボロの服からはみ出た四肢のいたる所にあざができている。
その様子から察するに、相当賊たちに辛い思いをさせられたのだろう。
俺は女性を安心させるように、ゆっくりと告げる。
「大丈夫だ。俺は味方だ」
「味……方?」
「ああそうだ。俺の質問に答えてくれたら、ここから出してやる」
「本当!?」
女性がすがりつくように俺の服の裾を掴んでくる。
「教えて欲しい。今日、俺と同じくらいの歳の、長い金髪の少女がここに来たはずだ。どこにいるか知らないか?」
「今日、来た?」
「ああ」
「なら、たぶん」
そう言って、女性は上を指さす。
「二階か?」
「新しい子は、必ず宴会で見せしめにされる。それで、その後は――っ!!!」
最後まで言葉を続けることなく、女性が声を震わせながら両手で頭を抱える。
どうやら、状況は俺の想定していた中でも最悪なものらしい。
できれば戦闘は避けたかったが、こうなった以上はそれも覚悟する必要がありそうだ。
俺は女性に「ありがとう」といって、手にした短剣で音を立てることなく壁を破壊する。そして。
「逃げろ」
「あなた……は?」
「賊退治だ」
「む、無理よそんなの……っ!?」
まあ、普通は今の俺みたいな貧弱な剣士が、あの巨漢たちを相手にできるとは思えないか。
俺は先ほど壁に開けた穴を刺しながら、力強く言った。
「安心しろ。俺は強い」
「――っ」
今目の前で見せたことが、俺の技量を示していることを気づいた女性が、手を俺の服の袖から剣を持つ手へと移す。
「絶対にあいつら、倒して……っ! 許さないで……っ!」
「わかった。だから、早く逃げろ」
俺は彼女の背を優しく押すと、彼女はたどたどしい足取りで宿舎から出て行く。
そして、その背中が見えなくなったところで。
「さあ、賊退治を始めるか」
俺は堂々と、賊たちが集まる大部屋へ真っ直ぐに向かった。
【異世界豆知識:賊の宿舎】
木造二階建ての洋館。一階にエントランスと賊たちの寝室があり、二階には宴会を行う大部屋や浴室、台所などがある。
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