第11話 走り込みと卒業試験


 訓練所に入所してから半年が経った。


 入所式の日以来、思った通り俺やエメに要らぬことをしてくる者はいなくなった。


 ただ、それと同時に、友好的に話しかけてくる者もいない。


 どうやら、あの時倒した男たちは訓練生の中ではそれなりに腕が立つ奴らだったらしく、それを一人で片づけた俺を、みんな腫れ物のように扱っている。


 俺としてはそれでも問題はないが、いつも一緒にいてくれるエメも同時に人から声をかけられていないというのは、申し訳なく思う。


 ちなみに、そういうエメはというと。


『あの程度の戦いで怖気けづいてしまう者など仲間に必要ありませんわ』


 そう言って、特に気にしていない様子だった。


 まあ、そういうこともあって、俺とエメは毎日、訓練所の書庫で摩天楼に関する情報を集めたり、戦闘に必要な基礎体力をつけるための訓練に勤しむことができた。


 そして、それは今日も変わらない。


「おはようございます。もう行かれるのですか?」


 早朝、寮の同室のエメが眠たそうに瞼をこすりながら、起き上がり尋ねてくる。


「ああ。先に走っているから、お前はゆっくりで構わない」

「わかりましたわ。私もできるだけ早く準備をしてまいります」


 軽く言葉を交わしてから、俺は寮の自室を後にし、外に出る。


 体力づくりのための走り込みをするためだ。


 摩天楼においては何をするにも体力は不可欠であり、そしてそれは近接戦闘を行う剣士であろうと、後衛での支援に努める神官でも変わらない。


 薄っすらと朝日の明かりが空を仄かに照らす中、俺は丁寧に身体の筋を伸ばしていく。すると。


「あら、ナインじゃない」


 背後から声をかけられる。


「レリアか」


 振り返ると、長い薄紫色の髪をお下げにして結んだレリアがいた。


 レリアはこの訓練所で俺とエメに話しかけてくる唯一の訓練生だ。


「エメリーヌさんは?」

「まだ準備中だ」

「そう、なら一緒に走らない?」

「ああ、構わない」


 それから俺たちは、訓練所の防壁に沿うように敷地内での走り込みを始める。


「それにしても、今日は早かったな」


 俺とエメは天候が余程悪くない限り毎日欠かさず走り込みを行っている。


 その中で、レリアと会うのはちょうど俺たちが走り込みを終えた頃が多かった。


「そろそろ卒業試験があるから、そのためよ」

「なるほどな」


 訓練所では約半年間の間に摩天楼でやっていくための知識が戦闘技術を学び、それが終わり卒業試験に合格することで、晴れて開拓者の資格を得ることが可能となる。


 そして、その卒業試験がちょうど7日後にあるのだ。


「ちなみにあなた、試験にはエメと二人で挑む気?」

「そのつもりだ」


 卒業試験では摩天楼の第0階層を攻略することになるのだが、階層の攻略には一つのパーティーにつき最大7人で挑むことができる。


 第0階層については俺も詳細はわからないが、何でも摩天楼の別の入り口から挑めるらしく、中には子ゴブリンといった低級中の低級の魔物しかいないらしい。


「階層のレベル的に考えても、問題はないだろう」

「で、でも、エメリーヌさんだっているんだし」

「心配しなくても、エメは俺が必ず守る」

「そ、それでも――」


 やけに食らいついて来るな。


「何か俺たち二人では危険な理由でもあるのか?」

「そ、それは――」

「あるんだな?」

「――っ、姉が」


 レリアの姉というと、前世の俺の再来と呼ばれる女剣士ミレーユのことか。


 何でも、ミレーユは三人組のパーティーで行動しているらしく、現在は第40階層まで到達したのだとか。


 いくら良質な武器に魔術や奇跡があるとはいえ、ある程度の戦闘技術がなければあの階層までは到達できない。


「その姉がどうした?」

「姉が、第0階層に挑んだ時に、オーガと戦ったって」

「何、それは本当か?」


 オーガというと、第12階層に生息する魔物だ。戦闘力では子ゴブリンなどとは比べ物にならない。


「ホブゴブリンとの間違いじゃないのか?」

「それはないわ。姉も最初はそう思ったみたいだけど、第1階層で見たホブゴブリンとは違ったって」

「そうか」


 だとすると、そもそも卒業試験で第0階層を使うべきではない。


「訓練所は何と言っているんだ?」

「姉の件を除いて、オーガが出たという報告はないわ」

「妙な話だな」

「ええ。だからこそ、二人で何て――」

「――いや、だからこそだ」


 普通なら、強敵が出る可能性があるのなら最大人数である7人で臨むべきだろう。


 だが、俺とエメの場合は違う。


「万が一、オーガと対峙したとして、7人でパーティーを組んでいたのなら、俺は全員を守り切ることはできない」


 全員が腕が立つのなら別にいい、だが訓練生の多くは未熟者。


 とてもではないが、それを守りながら戦えるほど俺は器用ではない。


「ねえ、ナイン」

「何だ?」

「今の言い方だと、あなたとエメの二人ならオーガに勝てるってこと」

「――」


 失言だったな。


「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」


 人が少なくなる上位の階層までは、極力本当の実力は隠していきたい。


 摩天楼の中には、実力のある者を狙う賊もいるようだしな。


 俺はレリアが付いてこれるギリギリのペースまで上げると、そのまま走り込みを続けるのだった。



【異世界豆知識:訓練所のカリキュラム】

約半年の間、摩天楼に関する知識や戦闘技術について学ぶ。教官の許可があれば各種講義は免除される。ナインとエメは賊討伐の功績があるため戦闘技術に関しては免除されており、空いた時間をエメのトレーニングに当てている。

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