第2話 欠陥品

 部室に戻って、さっそくしーちゃんが鏡台の前に。

 鼻パーツを試したくて、しょうがないみたいだ。

 

 顔を確認しながら、しーちゃんが口ずさんでいる。

「ドブネズミのような美しさが欲しい」という歌だ。



 私は、買ってきた擬態を持ち上げた。右の足である。


 その右足は、新品同然に光っていた。

 シリコンコーティングではなく、金属製だ。昭和の人間で言えば、「銀歯」みたいなポジションかな。

 

「うわ。最新型じゃん。まだ使えるのに」


 右足の足首を手で回しながら、私はため息をついた。

 

「これだけ大量のパーツを捨てる、人間が悪いのよ」

   

 ジャンクパーツだけで、美しくなる。

 しーちゃんから、いい始めた。

 サイバーパーツの知識を持つ私は、彼女の意見に賛同して手伝っている。


「見て、モモちゃん。このお鼻だってさ、付ける人が違っただけで、こんなにも変わるのよ」


 鼻を付け替えただけで、しーちゃんの印象がガラッと変わった。

 大人っぽくなったというか、別の人に変わったような。


「すごいわ。コスプレ感覚で見た目を変えられるなんて。昭和や平成では、考えられなかったでしょうね」


「ネコに生まれ変わる方が、倫理的にヤバイけどね」


 今は、人間を捨てても教師を続けられる、すごい時代だ。


「よし。この子の足は、私がもらってあげよう」


 私は、自前の右足をポコンと外した。

 新しく買ってきた金属製の足を、ガシャコンとはめ込む。

 特別な機材など必要なく、着替えの感覚でできてしまうのがいいよね。


 ただ、足のアタッチメントにはめ込んでみて、ようやくこの足がジャンク扱いになった理由がわかった。


「どう? サイズはピッタリ?」

 

「うん。指の関節も、いい感じに回ってる。けど腰のすわりが、めちゃ悪い。防御面を意識しすぎたんだね。全然、安定しない」


 しーちゃんが「見せて」と、私のスカートをめくった。


 安心してください。下はブルマーですよ。


 腰と関節の繋ぎ目が、ややグラつく。


「接合面の強度が、一四%も落ちるなんて。明らかに不良品だわ」


 足の硬さに反比例して、安定感が犠牲になっている。重い金属を使ったに違いない。

 

「安定させたとしても、接合面に摩擦が起きてしまうわね」


「うん。アスリートか軍人向けなのにね。どうして、払い下げられたんだろ?」


「それは、あれよ。性質が、中途半端だったのよ」


 軍用のパーツとしては、物足りない。また、いい加減な整備を見抜かれたか。


 同社の製品は他にも買ってみたが、どれも関節面が甘い。


 しーちゃんの青い瞳に、私の足の数値が表示された。


「ネコモン! スキャン機材を用意して」


 わたしはネコモンに、声をかける。

 ネコ型のロボットに脳を移植した変人だが、これでもちゃんと顧問をしてくれるのだ。


「さっそくか。バイト案件だな」


 ネコモンが、私のバッグからヌウッと出てくる。ひょいと机をジャンプして移動し、スキャン機材を咥えて戻ってきた。

 

 私は足を外して、接合面だけを別の機械にかける。


 私たちはジャンク品を買っていい条件として、ジャンクの品質テストをリスト化してショップに送るバイトをしているのだ。


 スキャンしてみて、愕然となる。


「あー。この接合部分、素材に安もん使ってんじゃん!」


 どおりで安かったわけだ。

 

「こりゃあ、売れないよぉ。こんなしょうもない仕事してっと、ウチでも扱わないよー」


「どうするの? 店に文句を言いに行くなら、付き合うわ」


「ううん。いいよ別に。お店は悪くないから」


 ショップも、無理やり買わされた可能性が高い。

 

「ウチでバラす。使えるパーツだけいただいて、接続面はポイだね」


 我が家は、擬態を作って売っているのだ。

 なので、ジャンクは有り余っている。

 それでも外へ行けば、掘り出し物があるんだからたまらない。

 ウチとは違う構造を持つ擬態が出てきたときは、胸が踊る。


 「資料用に取っておいたりは? 『失敗作ですよ』的な」


「あーっ。いらない。こんなの山ほどあるもん」


 データだけ取っておけばいいや。あと、この販売会社は、ウチのブラックリストに載せる。こんなしょーもない仕事をする会社は、潰れてもらわないと。


「厳しいわね、モモちゃん」

 

「うん。ジャンクと粗悪品は違うのだ」


 ジャンクは組み合わせ次第で、宝ものになる。

 対して粗悪品は、捨てられるべくして捨てられたゴミだ。

 ましてコストと安全性を天秤にかけて、コストを選ぶ会社なんて消滅安定である。


「言うわね」


「ウチの信用に関わるからね」


 このパーツはおそらく、相当キツイ仕事用のはずだ。それなのにコストを下げて売るな、っての。


 そりゃあ買い手だって、二束三文で売るわけだよ。

 いずれ破損が確定するものを、買ってもらうわけだから。


「消耗品としての価値も、ないわけ?」


「なーし。表皮の耐久値に対して、接合面の耐久値が合ってない。ジャンクどころか、ゴミ」


 なので、ウチがリサイクルする。


「きっと店のおじさんも、わたしならなんとかすると考えたんだろうね。その判断は、概ね正解」


「だから、他のパーツも半額以下で買えたのかもね」


「こういう依頼なら、大歓迎!」


 わたしたちは息巻いたが、ネコモンからは釘を刺されてしまった。

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