第8話

 

 目を開けて飛び込んでくるのは、無機質な白い石材を使用した、直線を執拗に意識したであろう建造物群。

 歴史を感じる様式でありながら、どこか近未来的な装飾を施されたそれにしっかりと視線を向ければ、太陽のモチーフを所々に見つけられる。


 そしてそんな建物を貫く大通りには、絶え間ない人々の流れが続いている。。

 その姿は各々、多種多様だ。剣を背中に担いだ甲冑の男がいれば、ショッキングピンクの髪色をしたストリート系ファッションの少女がいて、人間とは思えない構造をもった怪物も闊歩している。 


 ここはサン・エントランス。

 仮想世界への来訪者を歓迎する、電子の宮殿だ。

『ソーラー・システム』と呼ばれる世界の入り口であり、他のサーバーへ移動する際に、必ず通る中継地点でもある。


 そんな人の流れから外れ、壁際で右往左往するプレイヤーも見て取れる。

 恐らくだが新しくアバターを作った初心者だろう。このソル・エントランスへと放り出された初期アバターを見て懐かしむのは、エウロパユーザーなら一度は経験したことがある現象だ。

  

 とはいえエウロパユーザーの数は15憶を越える。日々新しいユーザーがこの世界に飛び込んでくるのと同時に、現実からこの世界に戻ってくるアクティブユーザーも目が眩むほどいる。それらを一カ所から吐き出すことはキャパシティ的に難しいので、どんな形でサン・エントランスに入るか指定できるのだ。


 そして俺の目的地は、77番ゲート。GF以外に用事があるとき、レオネとの待ち合わせに使っていたゲートだ。そこへ足を運べば――


「わかりやすいな、ほんとに」


 あの妹から伝わる強烈な姉への憧れ。

 その具現とも言えるアバターが、そこには立ち尽くしていた。


 銀色の髪からは獣の耳が顔を覗かせており、周りの音に応じてぴくぴくと動いている。なにより、その姿は獅童妹と獅童のちょうど中間といった風貌だった。そのアバターの名前は『セレネ』。

 しきりに自分と周囲を見渡し、時にはひとりでなにかを喋っているが、おそらく外部モニターから指示を出している姉と会話しているのだろう。


 アバターには自分の理想を投影する者が一定数いる。

 獅童妹はそのタイプで間違いなさそうだった。


「どうも」

「貴方は……。」

「こっちじゃあアスラって呼んでくれ。俺もセレネって呼ぶから」


 困惑気味な獅童妹改め、セレネに先手を打つ。

 仮想世界に慣れていない相手には、この伝え方が一番よく伝わるだろう。

 やはり獅童と会話している様子のセレネはなんどかやりとりをした後、恐る恐る俺の名前を呼んだ。


「変な格好ですね、アスラ」


 第一声がそれでいいのか。

 若干拍子抜けだが、確かに仮想世界を知らないセレネからしたら、俺の恰好は普通じゃないように映るだろう。

 剣を背負い、厚手の革の鎧を身に纏っているのだから。


「さすがにここじゃあこの格好は目立つよな。ただグラン・ファンタジアだとわりと普通の格好なんだ」

「グラン・ファンタジアって、おねえちゃんがやってるやつですか?」

「そうだ。今からそこに案内する。ついて来てくれ」


 ◆


 セレネと連れたって訪れたのは、中世の城のような建造物。

 古風な石材と木材を組み合わせた大門の前に立つと、それは軋みを上げて開け放たれた。


 その先に広がるのが、マーズ・エントランスだ。


 VRゲームやスポーツなど、体感型のコンテンツを主に取り扱うサーバーの入り口であり、グラン・ファンタジアもこのサーバーの一角を間借りしている形になる。

 城内を模したエントランスには俺と同じようなファンタジックなアバターと、仮想世界にしか存在しないスポーツのウェアを着込んだアバターが多くみられる。

 エントランスでそのサーバーの特色がすぐに分かるのが、このソーラー・システムの特徴だ。


 ただサン・エントランスの77番ゲートとは比べ物にならない量のプレイヤーを前に、セレネは気後れしている様子だった。

 そんなセレネの腕を引き、城内の一角にある波打つ鏡の前までたどり着く。

 グラン・ファンタジアはマーズ・サーバーの中でもかなりのプレイ人口を誇るコンテンツで、周囲にはGFプレイヤーらしきアバターがたむろしていた。

 しかしセレネが新人だと気付いたのか、順番を譲ってくれたのだ。

 手を挙げて感謝を伝えて――



 ――そしてセレネへ鏡の中へ入るよう促す。


「この先が、グラン・ファンタジアだ。先にどうぞ」


 ここから先も俺が案内しようかとも思ったが、思いとどまる。

 この先の光景は自分の目で確かめて欲しいという、既存プレイヤーの些細な願望がそうさせたのだ。

 戸惑いながらも鏡の前に立ったセレネは、頻繁に俺の方に視線を向けてくる。


「ここに、入ればいいんですよね?」

「そうだ。酔うかもしれないから、あんまり鏡を直視するなよ」


 俺の小言と共に、セレネは鏡の向こう側へと吸い込まれる。

 そして数秒間の猶予を経て、その背中を追う。

 

 波打つ鏡の向こう側。

 一歩踏み入れたそこには、穢れのない白銀の雪と、どこまでも抜けるような蒼穹が広がっていた。

 鬱蒼と生い茂る森や、点在する街々、天をも貫く巨大な搭。

 眼前に広がる世界は無限の可能性を見るものすべてに感じさせた。 

 どこまでも広がる世界を前に、ただただ茫然と立ち尽くすセレネの後ろ姿を見つけ、歩み寄る。


「すごい……。」


 ぽつりと、セレネの口からそんな言葉がこぼれでる。

 新天地を目指した俺達『ハイランダー』は、霊峰を越えて新天地へと辿り着いた。

 ここはその霊峰に存在する拠点であり、そして『グラン・ファンタジア』の物語が始まる場所でもある。 


 セレネはそんな拠点にある酒場の窓から、この世界を存分に楽しんでいた。

 俺は近くのイスに座り、薪が弾ける暖炉の音を聞きながらセレネが満足するのを待つ。

 

 ここの安全はシステム面でも確保されており、存分に風景を楽しむ余裕はある。

 とはいえこの世界に飛び込むにはいくつかの手順が必要であり、それらはこれから始まる冒険に多大な影響を及ぼす。

 俺が口出ししていい領分を越えていると判断し、セレネの背中に問いかけた。


「あとは向こうのNPC……受付のキャラに話しかけて、職業ジョブとパラメータを決めたらゲームが始まる。ただここからはレオネに教えてもらったほうがいいだろ?」

「レオネって?」

「聞いてないのか? セレネの姉さんのことだ。グランファンタジアでのな」


 初耳だったのか、小首をかしげるセレネ。

 獅童は仮想世界こっちでのことを現実であまり話さないのだろうか。

 その割には現実で俺に接触してくる頻度は日に日に増えている気もするが。


「アスラとおねえちゃんは、どういう関係なの?」

「相棒だ。もう数年は良くしてもらってる」

「じゃあ明里とおねえちゃんは?」

「……まぁ、友達だろうな。俺はそう思ってる」


 なんとも答えにくいことを聞いてくるセレネに、そのまま答える。

 俺が一方的に友達だと思っているだけかもしれない、という不安もあったがここまで頼られているのなら友達だと名乗っても問題ないだろう。

 向こう側が俺をどう思っているかは知らないが。


 ふとセレネを見ると、なぜか俺ではなく俺より上の空間を眺めていた。

 どうやら外部モニターを弄っている獅童とやりとりしているようだが、まさか俺が友達だと言ってことをキモがってるのだろうか。

 ログアウトしてレオネがフレンド欄から消えてたら、数日は学校を休む自身がある。


「へんなの。どっちも同じおねえちゃんなのに」

「うるせぇ、ほっとけ。こっちにもいろいろあんだよ」


 文句が飛び出すも、理解されるとは思っていない。

 まだ仮想世界と現実世界が明白に分かたれているセレネには、この問題の複雑さは伝わらないだろうからだ。

 

 そんなこんなで、セレネの案内は終了した。

 エウロパのログアウトの仕方を説明し、現実世界へと戻る。

 なんとなく、そんなわけないと思いながらもフレンド欄を確認したところ、セレネが追加されているだけで特にフレンドの数が減っているということはなかった。

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