第5話

「あれ? 今日は遅かったね、アスラ」

 

 扉をあけ放つと、既にログインしていたであろうレオネが暖炉の前でアイテムウィンドを開いていた。道具の整理か、はたまた装備の確認か、あるいはその両方か。

 向けられた視線に多少の気まずさを感じながら、いたっていつもと同じように振る舞おうと努める。


「……装備の新調をしたくてな。前から言ってただろ、ボスの周回用に装備を組みなおすって」

「なんだよ、言ってくれれば一緒についていったのに」

「なら、そっちが組みなおす時は俺が付いていくよ」


 リビングを抜けて、収納ボックスへと向かう。

 手持ちのアイテムの整理と消耗品の補充を済ませるが、その背中にはレオネの視線を感じていた。俺の言い分に納得いっていないのだろう。

 

 実際、装備の調整で遅れたわけではない。

 いや、実際に装備の調整はしたが、それが遅れた直接の原因ではない。


 レオネとのこれからを考えた時、何となくこの家に向かう足取りが重くなったのだ。それはこの三年間で経験した事のない感覚だった。

 自分でもどう言い表していいのか分からず、中途半端な言い訳で誤魔化してしまったが、これならいっそのこと正直に話した方が気も楽になるのだろうか。

 肩越しにそっとレオネを見返せば、彼女は腕を組んで窓の外に視線を向けていた。それはレオネが考え事をするときの姿勢だ。


「うーん、どうだろう? 私の装備は元々火力特化だし、いまは組み直す必要はないかも」

「わるかったって。この件に関しては、なにか埋め合わせをするよ」

「ならひとついい?」

「俺にできることなら」


 相棒バディである以上、装備の調整や更新は相手の都合に合わせたほうがいい。それはかねてより決めていたことだった。

 互いに構成が極まった頃合いから、この約束はほぼ形骸化してきているが、約束は約束だ。


 だが同じ程度のレベルであるレオネなら、俺になにができるかは大体把握しているはずだ。無茶ぶりは飛んでこないだろう。

 そう思っていたからこその、軽口だったのだが――


「明後日、昼頃に駅前へ来てくれない? 買いたい物があるの」


 ◆


 手元のスマホを確認すれば、時刻は予定の三十分前。

 駅前の広場にあるベンチで適当に時間を潰していたのだが、この、待ち合わせの時間が来てほしいような、どこか来てほしくないような、そんな形容しがたい感覚はいったいなんなのだろうか。


 落ち着かない気分を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返してふと改札へと目線を向ける。すると――


「ごめん、待った?」


 いつの間にか、そこには見知らぬ人物がこちらに視線を向けていた。

 亜麻色の髪をハーフアップにまとめ、黒いカーディガンと白いパンツというシンプルな装いに、洗練された印象を受ける。いや、プロのモデルなのだから洗練されている、と断言すべきなのだろう。

 派手でもない恰好だというのに休日の駅前であっても存在感を隠し切れないのは、獅童が本来持つ素質のなせる業か。

 ただでさえ高い身長に、高校生離れした雰囲気。気おされ気味に、獅童へ返事を返す。


「い、いや、待ってはない。それで、買いたい物ってなんなんだ?」

「色々と。すこし回って見ていい? 明里の意見も聞かせてほしいから」

「俺の意見で参考になるなら」


 目的さえ知らないし、獅童の好みを知っているわけでもない。

 そんな俺がなぜ呼び出されたのかという疑問もあったが、約束は約束だ。

 駅前から商業施設へ向かう道中、なんと無しに気まずい空気の中を黙って歩く。

 隣で歩く獅童も、平然としている様子だったのだが……。


「あんまり、まじまじ見ないで」

「わ、悪い。その、当然だけど、いつもり雰囲気が違うから」

「それは明里も同じ。なんだか、変な感じがする」

「こっちもそうだ。いつもの感じはどこにいったんだよ」


 気が知れた仲であるレオネの姿と、今の獅童の姿がどうしても重ならない。

 理解はしている。現実を生きる獅童と、仮想世界でのレオネでは、多少の性格の差は生じて当たり前だ。学校で友人を前にした自分と、家で家族を前にした自分が異なるように。

 ただ反射的に口を突いた軽口を聞いて、獅童は切れ目の瞳をこちらへと向けた。


「やっぱり、変だと思う? 私が、ああいう感じに話してるの。グラン・ファンタジアで」

「まぁ、こうして現実で対面してみると違和感はある。変だとは、思わないけどな」

「そういう明里はほとんどかわらない。向こうでも、こっちでも」

「なんでだろうな。長年染みついた反応というか、対応というか」


 言われてみて、気付く。

 特に意識しているわけではないが、仮想世界と現実の間にあるギャップにショックを受けている割に、自分のやっていることに変わりはない。

 頭ではまだ理解しきれていないが、相手がレオネだと心のどこかで納得している部分もあるのだろうか。

 首傾げていると、いっぽ前に出た獅童が、振り返るように俺の顔を窺ってくる。


「じゃあそれは、私しか知らない顔ってこと?」 

「まぁ、そうかもな」


 なんとなしに照れくさい言い方を、いい加減な返事で誤魔化す。

 しかし獅童は、満足げに笑みを浮かべていた。

 獅童の笑みを見るのはこれで二度目だが、こうして真正面から見るのは初めてだ。

 

 その微笑みは、思わず見とれてしまうほどに、美しかった。

 とてもではないが、本人に言うことなどできないが。

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