第4話

 ポーンという音共に、画面端に①の数字が浮かび上がる。

 チャットの未読を知らせる通知だ。

 手早く中身を確認すれば、送信主はメメント……木戸のアカウントからだった。

 紐づけられた『招待』を選択すれば――


「おー、逃げずに来たな。なかなか面白いことになってたぜ? アスラ」


 眩いライトと、体の芯を揺るがす音楽が俺を出迎えた。

 『ソーラー・システム』内で最大接続数を誇るサーバー『ジュピター・サーバー』。

 ここはその中でも指折りの娯楽エリア『メメント・モリ』。

 目の前では派手な柄のジャケットと灰色の髪が特徴のアバターが、にやけ面をさらしていた。

 つまりこの人物こそ俺をこじゃれたクラブに招待した張本人――メメントである。

 

 メメント・モリを見下ろすように設計された個室であることから、向こう側が多少の配慮をしたのだと気付く。


「昼間は助かった。ありがとう」

「いやぁ、ダチが困ってたら助けるのが当然だろ? 弱みも握れるし、貸しも作れるしな」


 注目の的である獅童と、影の薄い俺が共に行動したことで、俺達のクラスは異様な空気に包まれていた。俺に直接話しかけてくるクラスメイトは少なかったが、そのぶん俺と頻繁に話している木戸のところには、詳しい事情を知ろうとするクラスメイトが押し寄せていた。

 今回の騒動での一番の被害者は、木戸といえるだろう。

 素直に頭を下げると、聞き慣れた笑い声が上がった。


「まぁ、楽しけりゃなんでもいいさ。とはいえ、だ。庇うにしても誤魔化すにしても限度がある。お前の事情をしらなけりゃな。なんだって獅童なんかに絡まれてたんだ?」

「グラン・ファンタジアで相棒として活動してるフレンドがいるんだ。もうかれこれ、三年になる。今じゃあ共同の家を持って、家族より過ごす時間が長いぐらいだ」


 そこまで言って察したのだろう。

 メメントは大きく仰け反って、もろ手を挙げた。


「おいおい、まさかだろ?」

「その相手が、獅童だった」

「……奇跡って言葉も霞むレベルだぜ、そりゃ」


 微かに聞こえる電子音が、やけに大きく聞こえる。

 サングラス越しのメメントの視線が、ようやく俺から外れる。


「で、どうするんだ? お互いの確認が済んだなら、これからのことも話したんだろ?」

「まだ、なにも。向こうも積極的にゲーム内でのことをリアルで話す気はないみたいだ。俺の方も、そのつもりはない」


 お互いに確認をしただけ。本当にそれだけにとどまっている。

 大きな関係の変化もなければ、お互いに口外しないという約束もない。

 曖昧な関係だとは俺も思うが、それを悪いとは思えなかった。

 しかし反応を見るに、メメントはそう思ってはいないのだろう。


「ないみたい、つもりはない、ってだけじゃあ今日みたいなことは避けられないだろうな。別に俺は楽しめりゃなんでもいい。だけどお前はそうじゃないんだろ、明里。それに下手な噂が立てば、獅童のほうにも影響がでるってのは分かり切ってるだろ」

「……そうだな。向こうの都合を考えるならなぁなぁにせず、一度話し合わないとな」

「そんな神妙な顔すんなよ、アスラ。こっちは羨ましい限りだぜ? なんたってあの獅童とお近づきになりたがってる連中はゴマンといる。つまりな、お前は贅沢な悩みを抱えてんだよ」


 ソファから立ち上がったメメントは、俺の肩を叩きながらそんなことをのたまった。

 相手は誰もが振り返るモデルの獅童玲奈。俺のような人間が接点を持てることなど、本来であれば一生なかった相手だろう。

 そんな獅童と、こうして近しい関係を築くことができたのは、幸運だとしか言いようがない。

 言いようがないが、現実での接点を持ってしまった以上、俺と獅童の……いや、アスラとレオネの関係は、変化せざるを得ない。

  

 相棒との関係の変化を経てでも、喜ぶことなのだろうか。

 むしろ心のどこかでは未だに恐れている部分があった。


「ほんとうにそう思うか? 俺が親しくしてたのは獅童じゃなくて仮想世界こっちの相棒……レオネなんだぞ?」

「あのなぁ、アスラ。難しく考え過ぎだ。世の中そんな単純じゃないが、お前は単純なことを難しく考えすぎてる。もっと素直になりゃいいんだよ、そういうのは。ビビってるのは分かるが」


 言われて、思わずメメントの顔を見返す。

 陽気な笑みとサングラスからは、その考えを読み取ることはできない。

 ただそこからは、メメントではなく、木戸としての言葉のようにも思えた。


「そう見えるか、やっぱり」

「楽しめよ、兄弟。たった一度の人生だぜ?」

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