箱②。~ 幼い僕と出会った日 ~
崔 梨遙(再)
1話完結:1800字。
十年以上も前のお話。僕は、独立してフリーのコンサルタントをやっていた。だが、信じていた人達に続けて裏切られ、僕は人間不信になってしまった。お金が絡むと変わる人達を見た。ショックだった。その頃、僕は既に病んでいたのだろうか? とにかく眠れなくなった。1週間以上、眠れない日が続いたこともあった。眠れない日々は、僕の神経を更に削っていった。神経過敏になった僕は、営業をしなければいけないのに、家から一歩も出られなくなった。外に出るのが怖かったのだ。その時は、世界中の人間が僕に悪意を抱き、僕を陥れようとしているように思えたのだ。
なんとかしなければいけない。その時、僕が欲しかったものは“きっかけ”だった。今の精神状態を回復する“きっかけ”、それはなかなか手に入るものではなかった。何が“きっかけ”になるのだろう? 思いつかない。何日か、引きこもって暮らした。
そして或る日、僕は、僕が通っていた小学校を訪れた。外を歩くのがまだ怖かった。家のドアを開けるのも怖くて、家を出るのにしばらく時間が必要だった。僕はラフな私服に帽子を被って外へ出た。時々、緊張で手が震えた。街を歩くだけ、それだけのことがツライ。僕は何度も、家に戻ろうか? と迷いながら歩いた。なんとか、小学校に着いた。
受付の女性に声をかける。
「はい、いらっしゃいませ」
「僕、この小学校の卒業生なんですけど」
「今日は、先生とお会いになるんですか?」
「いえ、忘れ物を取りに来たんです」
「忘れ物、ですか?」
「はい、埋めたんです。グランドの隅に」
「埋めた?ああ、もしかしてタイムカプセルみたいな?」
「ええ、お恥ずかしいですけど、そうなんです。ちょっと、思い出しまして、思い出したら掘り返したくなりまして」
「わかりました、どうぞ」
「あの、勝手に侵入した不審者と思われたくないので、どなたかに付き添っていただきたいのですが」
「わかりました、お待ちください」
「すみませんね、付き添っていただいて」
用務員さんが付き添ってくれた。
「いえいえ、タイムカプセル、夢があっていいじゃないですか」
「目印は、あのジャングルジムなんですよ」
「そうですか」
「ほな、掘りますね」
僕はバッグからスコップを取りだした。とにかく掘る。掘る。掘る。掘る。
「なかなか出て来ませんね」
「ほな、多分、あっちですわ」
また掘る。掘る。掘る。“あった!”
それはお菓子の箱だった。紙の箱ではない。金属製の箱だ。表面はボロボロだったが、開けてみると中はキレイだった。おもちゃなどがギッシリ詰め込まれていた。だが、僕はおもちゃを見たかったのではない。
中には封筒が入っていた。子供の文字で、“未来の僕へ”と書いてあった。やっぱりあった。内容は全くおぼえていないが、幼い時に未来の自分宛に手紙を書いたという記憶は残っていたのだ。
中には、便箋が入っていた。
「未来の僕へ
未来の僕は、きっと国語の先生になっている」
“ごめんよ、過去の僕。国語の先生にはなれていないよ”
「未来の僕は、きっと小説家にもなっている」
“ごめんよ、過去の僕。小説家にもなれていないよ”
「未来の僕は、きっと人助けをしている」
“ごめんよ、過去の僕。人助けも出来ていないよ”
「未来の僕は、きっと良い大人になっている」
“ごめんよ、過去の僕。まだ、良い大人にもなれていないよ”
「もし、こんな自分になれていなければ、僕は未来の自分を許さない」
“ごめんよ、過去の僕。許してくれとは言わないよ。だけど、もう少し時間をくれ。大人でいられる時間は長いのだから”
「ありがとうございました、求めていたものが見つかりました」
「私も子供の頃に埋めたのを思い出しましたよ。今度、取りに行って来ます」
「それじゃあ、これで失礼します」
幼い頃の僕には、人を信じる強さがあった。幼い頃の僕は、人を疑うということを知らなかった。そして、“なりたいものになれる”と思っていた。僕は、その頃の思いに触れることが出来た。これが、僕が求めていた“きっかけ”になるだろうか?
僕はその日、久しぶりに営業の電話をかけた。翌日のアポを取った。翌日、僕は深呼吸してから思い切って家のドアを開け、スーツ姿で外に出た。久しぶりの営業だった。僕の気持ちの変化などには関係無く、その日も晴れ渡って空が青かった。
箱②。~ 幼い僕と出会った日 ~ 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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