第6話 生まれ変わり
「月並さん」
「あ、はい」
青龍に見惚れていたのか、恐れおののいていたのかは自分でもよく分からない。
呆然としていたが土御門くんが名を呼ぶことで頭が覚醒する。その碧眼は、青龍の体により天の光が塞がれたこの場では、蒼く浮いているように見えてぞっと背筋が凍るのを感じる。
でも何故だろう。それ以外でも何か、彼は変わっているように感じて。疑問に思っていてもどこが変わっているかははっきり分からなくて。どこかすっきりしない。
「用は済んだし北都にいる百鬼夜行倒しに行くよ。ほら同行人、着いてきて」
「え?」
反抗する時間も与えられぬまま腕を引かれ、青龍の背に乗せられる。何の抵抗もなく地面を突き破り物凄い勢いで北都へ向かう。白の速度とは比べ物にならないぐらいで、下を見下げる余裕もないが景色は残像のように残っているだろう。青龍の鱗を必死で掴んでいるのに私一人だけじゃ吹き飛ばれそうで、それを土御門くんも分かっているのか強い力で私の背を鱗に押し付けている。
背中は痛いけど助かっている。それがなければ確実に吹き飛ばされて死んでいた。
北都は強い風が吹いていて、行きは降っていなかった雪がはらはらと舞っていた。勢いが凄くその柔らかい雪すらも頬に触れると凶器と化すのだが。
もう正直それぐらいしか記憶に残っていない。自分でも何が起こっているのか分からないほど、知らぬ間に北都へ着いていて、知らぬ間に主が倒され百鬼夜行は全滅していた。
そして気づいた頃には陰陽寮の一室にいて陰陽頭が対面に座っていた。何か術でもかけられていたのだろうか? それほど全てが早業で、目も頭も追いつかなかった。
「百鬼夜行は全滅したのか」
「ええ」
「……封印を解けたのか。才が、あったのか」
「らしいですね」
「して、青龍は今どこに」
「北東へ戻しましたよ。緩まっている大結界を更に緩めるわけにはいきませんから」
土御門くんのその言葉で倉橋さんの予想通り大結界が緩んでいる確信を得た。これから大規模な修繕の儀式が行われるだろう。もしかしたら新人の私ですら呼ばれるかもしれない。いつ呼ばれてもいいよう、覚悟しておかねば。
「呼べば、ここへ来るのか」
「僕が死ぬまでは呼べば応えてくれるそうですよ。国内であればどこでも」
苦渋の表情を浮かべている陰陽頭。今の代に十二天将を解けるほどの才ある者が現れたことによるこの先50年安泰であることの安心。そして青龍が解けたことにより他の十二天将の封印が解けるか試したい葛藤。だがそうすれば今まで均衡を保ってきた三大名家の力配分が傾くことによる地位の下落。陰陽頭は今にでも土御門にすり替わるかもしれない。賀茂家さえも、端に追いやられるかもしれない。
様々な思考に埋め尽くされていて、簡単に試すことのできないことへの苛立ち。自分一人じゃもう、どうにもできないであろう状況へのこれからの行動。
名家とは、力あるものとはいつの世だって大変そうだ。
「土御門北星。君を特級へ昇級させよう。異論は認めない」
「構いませんよ。家への報告も自分でしますので」
「そうしてくれ」
土御門くんの中で話を終えたのだろうか。失礼します、そう言うと私の手を引き部屋を出ていく。ここでふと思う。私も一緒にいる意味はあったのだろうか? ここに着いた時に解散でも正直良かっただろう。むしろそれが最善だったはずだ。今回のことは、疑問が残ることばかりだ。
部屋を出ると外には真翔くんがいて。恐らく封印解除のことを聞いたのだろう。その表情には悔しさが滲んでいるけど、それと同時にどこか嬉しそうだった。そして私の怪我の有無を確認してきた。頬に小さな擦り傷を見つけたようで心配してきた。ころころと変わる表情の豊かさに思わず笑みが漏れた。
二人で話しているとこを横目に立ち去ろうとした土御門くんの腕を思わず掴む。
「ねえ。聞きたい事、沢山あるんだけど」
「仕方ないね。まあ、僕も話をすべきことはあるしいいよ」
「どこで話す?」
「僕の部屋でいいよ」
「俺は、どうすればいい?」
「悪いけど真翔は外して。聞けない話」
「……分かった。部署に戻ってるから終わったら呼んで」
「うん」
蚊帳の外になってしまった真翔くんはどこか部屋を出た時よりも悔しそうな表情を浮かべていた。どうしてそんな顔をしているか分からないまま土御門くんに着いて行くと着いたのか扉を開ける。話の内容から察してはいたが知らぬ間に1級へ昇級していたらしく個人部屋を与えられていた。すでに特級になるんだけど。
部屋の中に入るとぼそぼそと呪文を唱える。すると部屋の中は小さな結界で覆われた。
「他人に聞かれたら面倒な内容だから。聴力障壁の結界を使ってる。安心して」
「……ここまで着いてきたはいいけど、私は聞いていいわけ?」
「知りたいんでしょ? それに君は大丈夫」
青龍の封印解除の時も思ったけど土御門くんのその自信はどこから湧いてくるのだろうか。そして何をどう思い聴力障壁の結界まで使っている内容を私に話しても大丈夫だと認識しているのだろうか。さっぱり分からないけど知りたいことなので有難く土御門くんの話す言葉に耳を傾けた。
「僕、安倍晴明の生まれ変わりなんだ」
「は?」
出て来た言葉は予想外のことで。全く意味が分からなかった。こんなこと予想できる人は誰がいるのだろうか。
そういえば先ほど青龍が輪廻がどうやって言っていたような……安倍晴明の作った式神がその話を振ったということは彼が安倍晴明の生まれ変わりだということは嘘ではないだろう。千年の時を経て彼は生まれ変わった。この時代に。
そう思っていたのに予想は外れた。土御門北星は安倍晴明の12回目の生まれ変わりらしい。千年の間で12回も転生しているとは思わなくて、多いか少ないかの判断すら鈍りそうだ。ちなみに土御門くん以外の生まれ変わりも十二天将を全て使役することはできたらしく、歴代の才あるものとして名を上げたものは全員生まれ変わりらしい。そしてその気になればわざわざ祠まで行かずともこの場で式符もなしに召喚することができるらしい。恐ろしすぎる。
「どうやって、生まれ変わりだって分かったの」
「この世に誕生してからずっと清明の人生を夢で見る。歴史とは書物では語ることのできぬものが沢山ある。それを僕は全て知っている」
「……そう。それで、そんな貴方が自信を持って大丈夫だって言う私は一体何者なのよ。関係、あるんでしょ?」
私は父を知らない。母も知らない。生まれた家も、本当の家名だって何もかも知らない。物心ついたころからずっと月並だった。親のいない、月並桜香だった。両親のことや家のことが今まで気にならなかったわけじゃない。だが誰に聞いても、当主様に聞いても〝知らない〟の一点張りで、次第に知ることを諦めてしまったのだ。
けれどここで知りえる機会がやってきた。飛びつかないわけがない。でも、土御門くんがそのことを口に出すことはなかった。
「僕の口から話すようなことじゃない。僕には分かるよ。いずれ知る機会がやってくる」
「……それは本当なの」
「君も知ってるでしょ。陰陽師の発する言葉には全て言霊が乗る。嘘ついて得なんてないよ。言霊のことがなくてもこれは嘘じゃないけど」
「……分かった。今は諦める。今はね。いずれ来るその機会がいつかは分からないけど、来たらその時は問い詰めるからね」
「うん。そうして」
今は自分が何者かなんて、気にすることじゃないだろう。何者であっても、なくても今を生きない理由にはならない。
私ががむしゃらに強くならないといけない。そして、そうしなければ土御門くんの〝機会〟はいつまで経っても来ないだろう。そう、漠然と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます