〜Chapter Ⅲ〜

episode.40 手合わせ

 中に篭りきりだったせいで、体を動かしたくなったリラは屋敷の庭を散策していた。


 冷たく快い空気が頬を掠める。滲むような陽光が温かい。薄い雲が張る空を見上げながら一人、リラは呟く。

「もうすぐ冬なのね」


 膝を折り、芝の柔らかい感触を手で楽しんでいるとリオンと並んで外に出てきたノアの姿が見えた。二人で並んでいると、リオンの方がノアよりも僅かに背が高いことが分かる。普段よりも身軽な服装をしている二人は何やら会話をしている。ノアは楽しそうに笑顔を浮かべていた。


 彼は常に冷たい表情をしているが、存外表情が豊かであるのが本来の彼の姿なのだろうか。リラは二人の事をまるで兄弟のようだなと思った。


 いつもは下ろしている髪を一つに束ねているリオンは雰囲気が違って見えた。気怠さはなく、締まった表情をしている。珍しく耳が露わになっており、その右耳には、ノアが付けているものと同じデザインのピアスが付いていた。普段は髪で隠れている為、リラが彼らの揃いのピアスを見たのは初めてだった。



 リラは二人に話しかけてみる。

「こんにちは」

 声を掛けられた二人は同時にリラの方を見た。その動きまで一糸乱れていない。

「ふふっ。ごめんなさい、突然話しかけてしまって」

「構わないが」

「構いませんよ」

 二人の声が重なった。

「流石。息がぴったりです」


 別に何とも思っていなかったのであろうノアは首を傾げていた。リラはリオンに話しかける。

「リオン様が髪を上げておられるのは珍しいですね」

「動く時には邪魔になるので括っているんですよ」

「動く? お二人でお出掛けですか?」

「いえ。体の感覚を戻す為に、手合わせに付き合ってほしいと言われまして」

「そうなのですか。そういえばノア様に剣を教えたのはリオン様だと、以前仰っていましたよね」


 リラはじっとリオンを観察してみる。しっかりとした体格は確かに男性のものだが、女性的な顔貌のリオンが剣を振る所など何度言われても想像もつかない。

「ええ。まだ信じられないといったお顔をされていますね」

「いえ、そのような事は……」

「ふふ。お気になさらず」


 笑い方一つとっても、やはりリオンからは優雅な印象を受ける。武術とは程遠そうだとリラは思った。ちらりとノアに目を移すと、彼は腰に黒地に銀の装飾が入った長剣を帯刀している。リオンもまた、美しい長剣を腰に差していた。リラは驚き、二人の顔を交互に見る。


「……まさか。それでやるんですか?」

 

 リラがノアの腰の剣を指で指し示すと、彼は当然のように答える。

「ああ。私達が剣を交える時は、実際の戦闘で使っている物しか用いない。模造刀でやると、どうしても動きが鈍って良くない」

「そうなのですか……」

 驚いて言葉を失っているリラにリオンが声をかける。

「時間がお有りでしたら、ご覧になっていきますか? 特に面白いものではありませんが」

「見たいです、是非」

「なら危ないから離れておけ。リオンが相手だと、私も周りに気を配っていられるほど余裕が無い」

「分かりました」



 ノアに言われたリラは二人と十分に距離を取る。屋敷のエントランスから二人を見守ることにした。それを目で確認してから、ノアはリオンと向き合う。


「いいか」


 ノアが差していた剣を抜く。陽の光を反射し、銀色の刃がきらりと煌めいた。紛い物ではない輝きに、リラは既に心臓が縮む心地がした。

 ノアは美しい立ち姿で剣を構える。力がどこにも過剰に入っていない自然な構えだった。剣の重さすらも見ている者に感じさせない。二人の間には殺伐とした空気が流れており、先程までの穏やかさが嘘のようだった。二人から離れたところにいるリラにも肌を刺すようなひりついた空気が伝わる。

「いつでも」

 リオンは剣の握りに手を添えることすらせず、準備運動でもするように軽く首を回した。剣先を向けられているというのに、彼は緊張感に欠けており場の空気にそぐわない。


 正面ノアが地面を強く蹴る。風のような速さで一瞬にしてリオンとの間を詰めた。

「……怪我でかなり鈍ったな」

 呟いたリオンは剣を抜く。ノアの剣を抜刀した勢いで軽く受け流す。金属がぶつかり合う鋭い音がする。


「肩が力んでる。体の右側をもっと使え」


 一見問題なさそうに見えるが、負傷の影響で、ノアは無意識のうちに右半身を極力使わないようにしてしまっているようだった。しかし剣術に詳しくないリラには、その微々たる違いは分からない。


「分かってる」


 リオンは退屈そうに、ノアと剣を交わしていく。見ている者に息をつかせる間も与えない立ち合いである。以前、詰所でリラが見た訓練とは比べ物にならないほどに二人の動きは素早く鋭かった。リオンは場から一歩も動くことなくノアの動きに付いていく。それでいてリオンは次々とノアに直すべき所を端的に指摘していく。



 何度か剣を交えた後、リオンは苛立ったようにノアの剣を強く払い、その勢いでノアを突き飛ばした。ノアは勢いを殺し、軽やかに着地する。



「頭に来る」



 次の瞬間、リオンが初めて場から動く。ノアの足元を掬うように剣を払った。地面の芝がリオンの動きに合わせて風にそよいだ。体をひらりと返したリオンは、場から急いで飛び退いたノアの胴に向けて左から斜めに切り掛かる。強い殺意を感じる攻撃に肝が冷える。


 剣を右方に振り切っていたノアは目にも止まらぬ速さの攻撃を、剣で防ぐのは間に合わないと判断したのか、腰に差していた剣の鞘を左手で抜き、それを受け止めた。凄まじい音を立てて鞘が転がり落ちる。


 リオンと距離を取ったノアは僅かに息を乱していた。額に汗が滲んでいる。

「……っ」

 人が変わったようにリオンは声を荒げる。


「甘いんだよ。その程度で気が済むなら、俺以外に相手をしてもらえ!」


 リオンの剣幕にリラは思わず肩を撥ねさせた。


「おい。終わりか? 俺を誘ったのはお前だろう。少しぐらい俺を楽しませてくれよ。なあ?」


 俯いたままリオンの怒声を浴び続けていたノアはゆっくりと顔を上げる。獣よりも獰猛で鋭い目をしたノアは短く息を吐いた。




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【あとがき】

ご訪問ありがとうございます。第三章が開始いたしました!


引き続き、応援のほどよろしくお願いいたします。


もしよろしければ、過去編の方も合わせてよろしくお願いします!


*過去編⇩

https://kakuyomu.jp/works/16818093077690702589


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