〜Interlude〜

穏やかな灯火


【前書き】

小説家になろう様の方で、12/25に掲載したものになります。かなり季節外れですが、他に上げるタイミングがなさそうなので、ここで掲載しておきます。


クリスマスっぽいお話が書きたくて、思い付きで急遽書き下ろしたおまけです。

時系列等全く気にせずに書いたので、IF世界線のような感じです。気楽にお読み頂ければと……!


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 空が茜色に変わり始めた時間。騎士としての仕事を終えたノアは家路についていた。


 愛馬と共に街中を駆けながら、ノアは周囲にちらと視線をやる。日が傾き始めると共に、一気に空気が冷え込んでいく。この時間帯は人通りが減り始めるのが常である。

 にも関わらず、今日に限っては広い通りが人で賑わっていた。まだ足取りがおぼつかない子供も歩いており、馬に乗ったまま人混みを抜けるのは些か危険だと判断したノアは手綱を引く。馬は少しずつスピードを落としていき、通りの脇でとたとたと脚を止める。軽やかに石畳の上に降り立ったノアは、怪訝そうに自分を見つめている丸い瞳に向かって言う。

「今日は歩いて帰ろうか」

 栗毛の馬の手綱を持ちながら、人の邪魔にならないように通りの端に寄って歩く。一応手綱を握ってはいるが、指示せずとも利口な馬はノアの歩く速さに合わせて後ろを付いてきてくれるので、格段配慮する必要はない。この後の予定も特に何も無かったため、辺りを見回しながら、のんびり歩いて帰ることにした。


 人の活気に溢れている通りは温かい色の照明が灯り始めている。平時とは異なり、通りの脇には蝋燭が等間隔に並んでいた。店の前に並んでいる蝋燭に、人々が炎を灯している。一本の蝋燭だけに灯っていた橙の炎が次々と隣の蝋燭へと移されていく。その様子をきゃっきゃと騒ぎながら子供たちが眺めている。はしゃぐ子供達を横目に、ノアは通りが賑わっている理由にようやく気がつく。

「……ああ、もうそんな時期だったか」

 一人でに呟き、改めて通りを見渡した。



――建国祭。帝国が建国を宣言した日であり、一年に一度の祝祭の日である。



 建国祭は盛大なイベントである。冬に行われる建国祭に合わせて休暇を取り、家族や友人と共に時間を過ごす者も多い。帝国民にとって、特別な日である。


 左側を見ると、丁度、扉に付いているベルをからりと鳴らしながら、家族連れが店の中に入っていった。最も混雑する時間を避けるため、少し早めに夕食をとるらしかった。

 建国祭の日といえども、例年ノアは格段変わった過ごし方をするわけでも無い。強いて言うなら、シェフが腕によりを掛けて作ってくれる夕食を楽しむくらいだ。

 しかし、今年は例年とは異なっている点が一つあるのだった。リラが客人として滞在していることである。


 ノアはふらりと、一軒の店の前で歩みを止める。店先のショーケースに並んでいる、美しいケーキが目についたからである。薄桃色のマカロンや、缶に入ったクッキーも横に陳列されていた。甘い砂糖が焦げたような香りと、バターの乳っぽい香りが風に乗って流れていく。

 ノア本人は洋菓子が好きな訳ではないし、めったに口にすることもない。ただ、以前にリラが幸せそうな表情でケーキを頬張っていた事をふと思い出したのだった。


「お一つ、いかがですか?」

 店番をしていた女性に声をかけられ、ぼんやりとショーケースを眺めていたノアははっと我に返る。

「おすすめは?」

「一番人気の物でしたら、やっぱりこれですね!」

 若い女性はニコニコとショーケースに並んでいるケーキの一つを指差す。

 薪を模したような形をしたロールケーキだ。チョコレートのクリームで全体を覆われており、波形の縞模様が入っている。上には真っ赤なイチゴがのっており、ミントの小さな緑の葉がちょこんと彩りを添えている。

「ではそれを一つと、焼菓子の詰め合わせを頂こう」

「お買い上げ、ありがとうございます!」

 店員は手際よくケーキを梱包する。白い紙袋を受け取ったノアは、それを手に下げたまま家路を急ぐ。寒い季節であるので、どろどろに溶けてしまうようなことはないだろうが、綺麗な状態のままで持ち帰りたかった。



 家に着いたノアは愛馬を小屋へと帰してから、エントランスに足を踏み入れた。

「おかえり」

「お帰りなさいませ」

 聞き慣れた声と、甘やかで柔らかい声が重なる。

「ただいま」

 リオンに紙袋を預けると、リラは首を傾げている。

「それ、なんですか?」

「ケーキだ。焼菓子もある」

 リラはぱっと顔を輝かせる。

「夕食の後に食べようか」

「はい!」

 表情を柔げたノアは、嬉しそうな彼女の細い手を取る。

 大切な人と一緒に過ごす建国祭。いきいきと明るい表情で、今日あった出来事を話す彼女を見ながら、穏やかな灯火が灯ったかのようにノアはじんわりと胸が温かくなるのを感じたのだった。


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