三話



 生まれて初めて、自分のフェロモンをこんなにも濃く感じた。そしてそのフェロモンが、オーウェンの木々と果実の香りと混じって、1つに深く溶け合っていく。あまりの官能感に頭がクラクラしておかしくなりそう。

「おーうぇん……」

 首筋にあたるオーウェンの吐息が熱い。その腕の中で身を震わせながら名前を呼ぶと、彼がこちらを向いた。

 涙で濡れた視界でも分かる、その青い瞳には情欲の熱が宿っていた。

 紗世の乱れた髪をオーウェンが丁寧に整える。その指先に触れられたところが甘く痺れていくようだ。心地よいのに気恥ずかしくて、紗世はきゅっと目を瞑った。

「紗世」

 オーウェンの優しげで甘ったるい声音が耳にくすぐったい。もたれかかれる彼の熱い身体が気持ち良い。

 濃艶な雰囲気に酔いしれる紗世の下唇に、その時何かが触れた。

 思わずふるりと瞼を上げる。オーウェンに指頭にツ、と口元を撫でられていた。それが分かった瞬間に心臓が再び大きく跳ねて、早鐘を打ち始める。

 紗世が覗き込んだ彼の碧眼には愛欲に濡れた自身の姿が映っていた。

「……」

 まただ。2人の間を目には見えない糸が繋がった。お互いのフェロモンはとうに絡み合って一つになっている。だからあとは唇を重ねられれば気持ちも繋げられるはず。……ううん、難しいことは今はいいのだ。キスがしたい。キスをして欲しい。

 その息遣いを感じられるほど近くに2人はいた。同じ温度の熱に彼らは揺蕩っていた。夢心地のままいられたら幸せだと思ったのに、その時ふいにオーウェンが紗世から視線を逸らした。

「悪かった。……立てるか?」

 情欲に濡れた青い瞳も、熱い彼の指先も紗世からそっと離れていく。

 彼女は未だオーウェンのフェロモンの支配下にいたから、彼がそうして遠ざかっていく様をぼんやりと寂しく見つめることしかできなかった。

「紗世」

 αのフェロモンが打ち切られて紗世はハッとした。それからゆっくりとオーウェンに尋ねられたことを頭の中で反芻し、弱々しく頭を振った。

「力が入らない……熱い」

 自身のフェロモンは未だ身体の中を蠢いている。

 紗世が浅い呼吸を繰り返しながら苦しげに顔を歪めると、オーウェンが彼女の膝裏や背中に手を差し入れた。

「オーウェン……?」

「保健室へ行く。捕まっていろ」

「……うん」

 紗世はくたん、とオーウェンへ身を預けた。それを見て彼は、一言断ってからその身体を抱き上げた。


 授業終了のチャイムと共に担ぎ込まれた紗世を見て、その様子に保健医は慌てた。顔が赤く、視線も覚束ない様子で、βの彼女でも分かるぐらいにΩのフェロモンがだだ漏れている。授業が終わって生徒が廊下に出て来られる状況の今、下手をすればαやβの生徒に襲われかねない。

 教員はそのまま2人をΩの生徒専用の、フェロモンを遮断する個室に案内した。

 個室の中央に設置されたベッドへ紗世を寝かせながらオーウェンが説明する。

「もともとΩのフェロモンが漏れ出ていたんですが、俺が威圧してさらに誘発させました。だから本物のヒートではないと思います。彼女の鞄に抑制剤があるのですぐにここに持ってきます」

 紗世がとっさにオーウェンの手に触れた。ハッとしてそちらを見たオーウェンに、涙を浮かべながら紗世は頭を振る。

「……行かないで」

 オーウェンが彼女と向き合ったのと、保険医が口を挟んだのは同時だった。

「今はあまりαのフェロモンと触れない方がいいわ。そこで横になっていなさい。そしてαの君はこっちへ。貴方のクラスと名前を教えて」

 先生が保健室利用のカードを作成するために棚へ向かっていく。

紗世はポロポロと涙を零した。

 オーウェンに遠くに行かないで欲しかった。できるなら傍にいて貰いたかった。だけどそれは叶わないらしい。

「紗世」

 オーウェンが紗世の頬を撫でる。そしてその手を自身の唇に当ててシィ、と静かに言った。制服のネクタイを解き、それを紗世に握らせる。

「貸しておく」

 オーウェンは再度教員に呼ばれた。

「君、早くこちらに来なさい」

「はい」

 今一度紗世を撫でると、オーウェンは指示に従って部屋を出た。

 その背中を見送り、個室の扉が閉じられたことを確認して紗世は手元にあるネクタイをぎゅっと握った。

 深呼吸を繰り返す。頭の中がまだガンガン鳴って気持ち悪い。体中を熱が蠢いて力が入らない。

 だけど確かに、先生の言う通りオーウェンが離れて、他人のフェロモンから隔絶されるこの部屋にいると体は楽かもしれない。……心は、寂しいけれど。だから紗世はきゅっと体を丸めて掌にあるオーウェンのネクタイに縋り、その寂しさに耐えようと努めた。


 その後紗世はオーウェンが持ってきた抑制剤を先生から渡された。薬を飲んだあとはしばらく眠った。放課後には母親が迎えにきてくれたので早退して病院へ向かう。

 診察をしてくれた医師からは本格的なヒートではないことと、抑制剤が合っていないことを言われた。違う種類の抑制剤を処方されて、家に帰った頃には実際に熱が出てしまっていた。急激なフェロモンの変化に体がついていけなかったらしい。

 次の日は学校を休んだ。ただ新しい抑制剤は紗世に合ったようで、一日たっぷり眠って休めば夜には元気になっていた。

 携帯を確認すると、紗世を心配するメッセージがたくさん届いている。

 ベッドに横になり、クッションを抱きながら紗世はアリスたちに「もう大丈夫。明日には学校に行けるよ。心配してくれてありがとう」と返信をした。そして……そして、オーウェンからもメッセージが届いていたから、それも開けてみる。

 「ごめん」という一言が送られていた。

「……」

 ぎゅう、と紗世はクッションを抱きしめる。

 ごめんとは、何だろう? どういう意味?

 ただの謝罪だろうか、それとも昨日のことは無かったことにして欲しいと婉曲的に言っているのだろうか。

 そもそも昨日は、紗世が先に暴走してしまった。オーウェンはそんな紗世のΩのフェロモンに煽られただけかもしれない。

 フェロモンの変調は人をおかしくさせる。だって昨日は一日中自分はおかしかった。オーウェンに拒絶されることが怖くて、彼から拒絶された時のために、誰でもいいから傍にいて欲しいと……他の人を好きになりたいと、ビリーに縋ってしまった。

 そのままなし崩しに紗世がビリーを誘惑することをオーウェンが止めてくれたけれど、あんなにもオーウェンが怒っていたのは、彼も紗世のフェロモンに当てられておかしくなっていたからかも。

 紗世にキスをしたことも、その後に彼が言った言葉も、ただあの場の勢いでそれをしてしまっただけなのかも。

 オーウェンの本心ではなかったのかもしれない。だから「ごめん」なのだろうか。

 紗世はチラ、と視線をあげた。すぐ近くのシーツの上にはオーウェンから借りたネクタイがある。明日、彼に返さなければいけない。

「……オーウェン」

 手を伸ばして指先でそっと撫でる。

 オーウェンのオーウェンの真意が分からなかったから、紗世は返事を送ることができなかった。


 翌日。

 登校するとオーウェンはいなかった。昨日からイギリスに帰っているらしい。

 言葉を無くした紗世にアリスが説明した。

「一時的なものなんだけどね。多分、週末には日本に戻ってくるよ」

「そう……なんだ」

 体が震え出さないように、紗世は机の下で手を握った。

「でも。どうして、突然イギリスに帰っちゃったのかな。……。もしかして……私のせい、だったりするのかな。日本のことが嫌になったのかな」

 暗い想像に傾きかけた紗世に、アリスが慌てて言葉を続けた。

「紗世のせいじゃないよ! イギリスにいる知り合いでね、予定より前倒しで心臓の手術をすることになった子がいるの。前倒しで手術をするってことは、予想してたより具合が悪いって事で……、気になるから直接様子を見に行くってオーウェンが言ってた」

 それからアリスはちょっと気まずそうに顔を俯かせた。

「……またこんな風に勝手にオーウェンのことを紗世に喋ったら、後で文句を言われるかなぁ。……でも、うん。ちゃんと説明してから帰国しなかったオーウェンが悪いよね。そういう事にしちゃおう」

「そ、それは違うよ、アリス。私が聞いちゃったから」

「ううん。突然いなくなったら誰でも理由が気になるよ。つまりオーウェンの落ち度じゃない?」

「そうかな。私は、そうは思えないかも……」

 紗世はオーウェンの〝特別〟じゃない。本当のところは〝友人〟でもないのかもしれない。

 黙り込んでしまった紗世にアリスが頭を降る。

「ううん、やっぱりどう考えても気を遣えてないオーウェンが悪いよ。だからそんな顔をしないで、紗世。……心臓の手術はね、今すぐ生死に関わるほどのものじゃないらしいんだ。だけど、結構難しいものでもあるみたい。だからもしもの時に備えて、オーウェンも立ち合うんだって」

 それからアリスはエメラルド色の瞳をそっと伏せた。

「……それでね、紗世。もしオーウェンが日本に戻ってきて、何かを話したがっていたら、それを聞いてあげて欲しいんだ。……もし何かあったときオーウェンがその気持ちを打ち明けられる相手って、紗世だけだと私は思うから……」

 そうだろうか。紗世はうまく応えられず曖昧に微笑んだ。

 紗世はビリーを呼び出し、彼に真摯に謝った。ビリーには本当に悪いことをしてしまった。先日は突然紗世のフェロモンを当てられ、迫られたのだ。とても嫌だったことだろう。

 だからビリーには嫌悪を向けられると思ったのだが、彼はあっさりしていた。

「いいよ。体調も悪かったって聞いたし、そういう事もあるよね。お互いこれからも気をつけよう。ってことでまぁ、美術の授業ではまたよろしく」

 ビリーは気安かった。紗世を責めることなく笑ったのを見て、何故彼が人気者なのか紗世は改めて分かった気がした。

 新しい抑制剤は紗世に合っていてフェロモンが安定している。紗世を心配してくれた友達に礼を言ったり、ビリーに謝ることもできたから、あとの気かがりはオーウェンのことだった。

 彼には何て返信をすれば良いか分からず悩んでいたけれど、それから2日経って、紗世はだんだんとオーウェンのことが心配になってきた。彼はアリスにも連絡をしていないらしい。

 ……紗世が知るオーウェンという人はたとえフェロモンのせいだったとしても、あんな状況になった紗世に対して「ごめん」の一言で片付けて良いと考える人ではない。オーウェンは本当は、情の深い人だ。

 イギリスで心臓の手術を受けるというその人に何かあったのか、それともそれ意外の事に思考が割かれて、気持ちに余裕がないのだろうか。

 紗世は携帯を見つめ返し、ようやくオーウェンに返信することにした。

「あの日は私もごめんね。オーウェン、大丈夫?」

 と。


 時間は4日前に遡る。

 オーウェンは何度も携帯にメッセージを打ち込んでは消すという行為を繰り返した。そして結局紗世に送ることができた言葉は「ごめん」の一言だった。

 オーウェンは舌打ちをして、手の甲で己の額を打つ。

 彼は今、空港にいた。イギリスのヒースロー空港行きの飛行機に搭乗するのを待っている。ちょうど昼時のせいかオーウェンと同様にロビーで飛行機を待つ人の数はまばらだ。

 彼はじっと椅子に座って、それから昨日のことを思い返していた。

 ……紗世がビリーを誘惑した。それが分かった瞬間頭に血がのぼって、何かを考えるより先にαのフェロモンで紗世を屈服させていた。その後も圧倒的に有利な立場で彼女を支配下に置き続けてしまった。

 そのせいで彼女は熱が出て、今日、学校を休んでいるらしい。それを今朝アリスから聞いた。

 紗世はティターニアのように病に蝕まれている訳ではない。だからそのまま命に関わるほど体調が崩れることはないだろう。しかしそれでも、自分のあの行為は絶対に許されるものではなかった。最近紗世がフェロモンの不調で辛そうなのを知っていたのだから、もっとやりようがあったはずだ。それなのに。

 オーウェンは額を手で覆った。

 ……生前ティターニアはΩのフェロモンに振り回されて体調が崩れることのないよう、薬でそれが抑えられていた。

 だから運命の番であるオーウェンが傍にいたのにティターニアには最期までヒートは来なかったし、オーウェンがその細い身体を抱きしめて肩口に顔を寄せても、彼女の香りに触れることさえできなかった。オーウェンのものであったはずの彼女のフェロモンは、彼女の入院と同時に強制的に枯らされてしまっていた。

 だから紗世の、今にも生きている、春の木漏れ日のような温かな香りには戸惑う。それを前にすると圧倒されてしまう。あまりにも眩しいから、目を逸らそうとするのに思わず手を伸ばしてしまい、そして……。……だけど、それは……。

 搭乗案内のアナウンスが流れた。それに従って周りにいた人々が搭乗口へ流れていく。

 思考の海から戻ってきたオーウェンがのろのろと視線を上げる。その顔色は悪かった。ぎゅっと口元を引き結び、オーウェンは荷物を持って立ち上がった。

 ヒースロー空港からさらに飛行機を乗り継ぎ、オーウェンはグラスゴーという、スコットランド最大の大都市に降り立った。そこは英国でも有数の観光地であったが、彼が向かった先は旅行客があまり足を向けない郊外にある花屋だった。花屋では白いカーネーションと花束を一つずつ買った。店を出て、ほど近い場所にある教会を訪ねる。

 荘厳な佇まいをしたゴシック調の教会はオーウェンとティターニアが日曜礼拝にて初めて出会った場所であり、そしてまた、最愛のその女の子が眠っている場所でもある。

 オーウェンは教会のアーケードを通り、西側にある庭園へ出た。さまざまな形をした墓石が等間隔に並ぶ芝園をゆっくりと歩き、やがてオルガン型をした真新しい墓碑の前で足を止める。

 それがティターニアの墓だった。

 オーウェンは膝付き、生前の彼女にしていた時のように墓碑の刻まれたその名前を優しく撫でる。白いカーネーションを捧げた。

「……ただいま」

 返事はない。そんなことは分かっているのに、胸に空いた空洞を冷たい風が吹き抜けていくことがオーウェンには分かった。


 次に彼が向かった先は病院であった。

 城のように大きな病院だ。5階まで吹き抜けの構造になった内部も贅沢に空間が使われている。ロビーの真ん中はグランドピアノがあった。今日はそこにピアニストが座って、生演奏を披露している。

 オーウェンはそれを聴きながらエレベーターで2階へ上がった。

 この病院でも一等上等な、日当たりが良く園庭も見渡せる1室に、オーウェンが遠路はるばる尋ねにきた人がいる。

 その人の部屋の前まで来て、オーウェンは扉をノックをした。返事を待って中に入る。

 そこは病室とは思えない、モダンな家具が取り揃えられた木目調の部屋が広がっていた。そしてその奥にあるベッドの上に、彼女はいた。

 涼しげで刺すような美貌を持つ妙齢の女性・アンは手元の絵から視線を上げてオーウェンを見た。

 一目見ただけで誰しもが、彼女を愛想の良い娘ではないと断言するだろう。しかもこの度彼女は眉間に皺を寄せて、気難しそうに顔を顰めている。重々しく口を開いた。

「何故来たのか。来る必要はないと言ったのに」

「あのさ。わざわざ日本から飛んできた人間に向かって、最初に言う言葉がそれなワケ?」

 こうして顔を突き合わせるのも3ヶ月ぶりだった。それなのになんて可愛げない女なんだろう。

 オーウェンは大仰に肩をすくめてみせたけれど、彼女は興味がなさそうに視線を落とした。

 アンは絵本の挿絵を描いていた。オーウェンは前に見せてもらったことがあるから、彼女がどんな絵を描くかを知っている。

 スタイリッシュだがどこか寂しい病室で、冷たい風貌のこの女が描くには似つかわしくない、暖かで柔らかな、優しげで繊細な絵だった。

 まさかアンがこんなものを描くのかと、ちょっと驚いたオーウェンが以前、「きみ、意外と乙女チックなんだなァ」と口を滑らせたとき(オーウェンはバカにするつもりでそれを言ったわけではなかったのだが)、アンは烈火の如く怒り出して、「クソ虫!」と叫びながらベッド横にある棚から虫除けスプレーを取り出して、振り撒いた。

 想像以上に怒らせてしまって以来、オーウェンはアンの絵本にはちょっかいを出さないことを誓っている。

 オーウェンは持ってきた花束で病室を彩ることにした。まずは花束をテーブルに置き、ここにある花瓶に水を入れる。花を包む包装紙をバリバリと破り解いて、格好が悪くないように生花を生ける。この作業はティターニアが入院していた4年間やり続けた事だ。嫌でも慣れる。

 大輪の花が生けられた花瓶を棚の上に戻すと、オーウェンは椅子を引いてきて座り、アンを改めて見つめた。

 アンは背筋をしゃんと伸ばし、長いまつ毛の下にある瞳を伏せて、真摯な態度で絵と向き合っている。しかしその血色は良くない。美しいが今にも手折れそうな花を彷彿とされる。

 ティターニアを見ているみたいだ、とオーウェンは思う。病の種類は違うのに、病床にいる女はみんな、同じような哀しい空気をその身に纏っている。

 長い間直視することができず、オーウェンはやや視線を逸らして、ずいと紙袋を差し出した。

「日本土産。わざわざきみのために買ってきたものだから、ぜひ食べて欲しいな。海苔のついた煎餅と、こし餡の饅頭、それから紅茶に合いそうな茶菓子」

 持ってきたもののうち、オーウェンは茶菓子の箱を手に取った。アンがオーウェンのために茶を用意しないことを知っているので、いつもオーウェンが2人分用意する。

 ビリビリと雑に包装紙を破る男を見て、アンは小さく息をつき、画材を片付け始めた。

「明日の手術は失敗する可能性の方が低い。大した手術ではない。そう言ったでしょう」

「大したことはないって、医者が言ったのか?それともきみの独断か?」

「……」

「勘違いしているようだから、改めて言っておく。俺はきみを心配してここまで来ているんじゃァない」

 オーウェンは温度のない眼差しをアンに向けた。

「きみに移植されたティターニアの心臓。……あの子の心臓を、俺は心配しているんだ」 

 アンを見舞ったのち、オーウェンはまっすぐ生家へ帰った。家族は暖かく彼を迎えた。

 オーウェンは日本にいた時も頻繁に親に連絡をとっていたし、アリスの両親からもオーウェンの様子を伝え聞いているからか、彼らはオーウェンに日本の生活についてしつこく聞くことはしなかった。

 ……もっとも、ティターニアの死からこちら、両親はオーウェンのことを扱いあぐねている節があった。


 夕食前に、オーウェンは日本の手土産を持ってティターニアの家族へも挨拶に出向いた。そして彼らに明日のアンの手術に立ち会うこと、手術の結果を見届けたらすぐに日本へ戻るつもりなので帰りの挨拶には来れないことを侘びた。

 ティターニアの家族は、オーウェンが日本で学校生活を楽しめていると聞いて喜んだ。今日焼いたというスコティッシュパイをオーウェンに持たせ、そして最後に「娘のことは忘れてもいい」と言った。彼らはティターニアが亡くなってから時折それを口にする。

「忘れなさい。もういないあの娘のことを忘れてもいいんです。貴方には貴方の人生がある。だから忘れてもいいんですよ」

 オーウェンは微笑んだ。いつも通り優しく笑って、その言葉に応えることを避けた。

 翌日、アンの手術が行われた。彼女には駆けつけてくれる友人がいた。

 オーウェンは彼女を取り囲む人々の輪から離れたところで佇み、手術室へ運ばれていく華奢なその背中を見送った。

 心臓の手術にかかる時間は7時間あまり。病院内にある喫茶店で本でも読んで時間を潰すか、とオーウェンが考えていると、アンの友人の1人、ハベトロットに声をかけられた。

「やっほ〜。本当にイギリスに帰ってきたんだね!アンの手術が終わるまで、僕たちと一緒にいるかい?」

 オーウェンはチラ、とハベトロットの後方にいるアンの友人たちを見た。正直、彼らとは親しくない。

 そもそもアン本人とオーウェン自体、友達かと問われれば絶対に違うと断言できる。オーウェンは他人行儀の笑顔を顔に貼り付けた。

「ありがとう、ハベトロット。俺を誘ってくれるなんて、なかなか面白い冗談だったよ」

「冗談じゃないよ〜。日本の制服に興味があるから僕、話を聞きたいんだわ。それに僕らは同志だろ? アンを心配してここに集まってるんだからさ!」

「アンを心配している? 同志? まさか」

「またまた〜、どうしていっつもそうやって悪振るのかな。心配してないとでも言いたいのかい?アンの近況を、わざわざ僕にも時折尋ねてくるっていうのに!」

「それはあの子が俺に本当のことを言わないからだ。君に確認することでしか、俺は真実を知る方法がない。だから仕方なく聞いているんだよ」

「アンが君に本当のことを言わない理由は、君に悪いと思っているからだぜ。何かあれば君がこうして何もかも投げ出してすっ飛んで来ることを分かっているからな!気づいてる?君たちって本当、似たもの同士なんだわ」

 オーウェンは口元を引き結んで黙った。

 ハベトロットは人を緊張させない口調でさらに続ける。

「あ、そういえば君が持ってきてくれた日本土産、昨日食べたぜ〜。美味しかったけど、海苔? ってのが歯にくっついて驚いたし、餡子、ってのもまぁ味は美味しいけど、変な食感だったな」

「……その日本土産は、アンと一緒に食べたのかい?」

「うん」

「へぇ」

 オーウェンはニヤニヤと意地悪く笑った。

 ア、もしかしてワザと、味は美味しいけれど食べにくい土産を買ってきたのかな、とハベトロットは思った。しかし賢明にも確認はしない。

 オーウェンが踵を返した。

「誘ってくれてありがとう、ハベトロット。だけど今回は遠慮しておくよ。楽しい話題を提供できると思えないしね。じゃあまた、7時間後に」

 当初の予定通り、オーウェンは院内にある売店で適当に小説を買った。その横にある喫茶室に入ってそれを読む。もちろん小説に没頭できるはずがなかった。

 手術が終わる頃合いになったのでオーウェンは病室へ戻った。手術は成功したらしい。間もなくアンが帰ってきた。しかし麻酔は切れておらず、眠ったままだ。

オーウェンはこの時間が一等苦手だった。

 心臓が動いているのか、本当に目覚めてくれるのかは、傍目からは分からない。だからやはりオーウェンは、アンを囲む人の輪から離れて彼女の目覚めを待った。

 ややあってアンが目を覚ました。ハベトロットら友人の呼びかけに応じる声がする。

 それを確認して……、彼女の薄氷のような碧眼がオーウェンの姿を捉えるより早くに彼は病室を出た。オーウェンとアンに別れの挨拶など不要だ。互いに親しくなるつもりなどないのだから。


 病院を出ると、雨が降っていた。先ほどまでは晴れていたのに。この国の移り気な天候はティターニアやアンを蝕む病とよく似ているから、辟易とする。

 少しは良くなったと思えば悪くなり、雨が止んだかと思えば冷たい風が吹く。いつまでたっても安心ができない。……ずっと振り回されて、疲れる。

 冬空から降る雨であったが、英国人で傘をさす人間なんて滅多にいない。オーウェンもコートの襟元をたてポケットに手を突っ込んで雨に濡れるのも構わずただ歩いた。

 あたり一面が灰色がかっている。歴史はあるが物々しい風貌をした道路や建物がそっけなく感じられて冷たい。ここはなんて寂しい国なんだろう。

 石畳の上をたった独りで進む。路地を曲がったところで、オーウェンは鮮やかなオレンジ色に出会った。

『せめて傘をさして帰ってね、オーウェン』

 それは、露天の店先にかけられたオレンジ色の傘だった。

『……ねぇ、どこか暖かい場所へ行こうよ』

 その色を見た瞬間、日本で初雪が降ったあの日、そう言って傘を差し出してきたお節介な女の子のことを思い出した。そのとたんオーウェンは息ができなくなり冷たい雨の下でただただ立ち尽くしていた。


 バスを乗り継ぎ、オーウェンはティターニアの墓がある教会へ向かった。その頃には雨が上がっていた。……英国の天気は本当に気まぐれなのだ。

 あの後、気を取り直したオーウェンは菓子屋に入った。可憐な砂糖菓子を買って、今は囚人のように歩く。

 教会のアーケードを通り抜け、芝が広がる庭園墓地の中を進み、あの娘の墓標に菓子を贈って、そして報告するのだ。

 アンの手術が成功したことを。ティターニアの死のおかげで生きている命があることを。きみはもういないのに、きみの心臓がまだ動いていることを。

 それがオーウェンがティターニアと交わした約束だから。

 ……だけど、何のために? きみはもういないのに。こんなの、ただの自己満足だ。この行為に一体何の意味があるというんだ? なぁ、教えてくれよ。

 オーウェンは墓標の前で膝をつき、両手で顔を覆って息を止めた。

 ティターニア。きみの墓はここにあるが、きみの声が聞こえない。脈打つきみの心臓は今も存在しているけれど、その持ち主は最早きみじゃない。きみの魂はどこを探しても見つからないのに、きみの心臓や臓器がこの世にまだ確かに存在している。きみはとっくの前に死んでしまっているのに、きみの一部が散り散りとなって今も生きている。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……!

 腹から迫り上がってくる嫌悪感を抑えきれなくて、教会へ戻ったオーウェンはそこのトイレで嘔吐した。胃の中のものを全部ひっくり返すように吐いたのに、最低な気分は少しも晴れなかった。

 嘔吐きながら腕時計を見る。

 日本へのフライトの時間までまだ余裕があった。だから落ち着くまでそこに居て、とりあえず胃液も吐き出したところでグッとその気持ち悪さに耐えることにした。

 空港へ向かう気力は湧かなかったから、オーウェンは礼拝堂へ行き、側廊の会衆席に腰掛けた。視線は自然と教会の中央祭壇へ向かった。

 太陽光がステンドグラスを介して、極彩色の紋様となって信徒たちを照らしている。天国の如き美しいその中に、十字架に架けられたイエス・キリスト像があった。

 ただオーウェンは神の偶像に祈るほど殊勝な思いを持ち合わせてはいない。今もここに足を運ぶ理由はティターニアと初めて出会った場所だからだ。

 隣町から引っ越してきたという彼女を一目見た時、魂が歓喜に震えた。オーウェンにはすぐにティターニアが運命の相手だと分かった。あの時の自分は、確かに彼女の香りに触れていた。それなのに、今はもうあの時に感じた香りさえ思い出せない。

 美しい蝶からその翅を手折るように、彼女の華のような馨しい香りも削ぎ落とされてしまったから、オーウェンのティターニアの記憶は、病室の仄暗く寂しいものばかりになってしまった。

 私を忘れないで、と生前彼女は言った。

 忘れない。忘れるわけがない。どんな思い出でもそれがティターニアとの思い出ならば。例え冬の夜闇のような哀しいものばかりだったとしても、ずっと胸に抱えて生きていく。

 だから……だから本当はちゃんと、〝お仕舞い〟にして欲しかったのに……!

 ポケットに入れた携帯が震えた。生気を失った顔をしていたオーウェンはややあって、力なくそれを手に取った。紗世からメッセージが届いていた。何のけなしにそれを開く。

『あの日は私もごめんね。オーウェン、大丈夫?』

 紗世から送られたその言葉を見て、オーウェンはクッと目元を歪める。上体を前に倒し、手で顔を覆った。

 雪の日に触れた彼女の温かな体温が思い出された。

 ……大丈夫じゃない。本当は大丈夫なもんか。もうずっと長い間、悪い夢の中にいるみたいなんだ。気が狂いそうになる。だけど逃げ出すこともできないんだ。

「紗世……っ!」

 声を絞り出し、助けを乞うように体を倒した状態で、遥か遠くの空の下にいる1人の少女の名前をオーウェンは小さく呼んだ。


 オーウェンが久しぶりに登校してきた。その日は終業式だった。

 2時間目まで授業をしたのち、終業式とHRを終えて、今は大掃除の準備のために校内全体がざわついている。

 そんな中、紗世はオーウェンにイギリス土産を渡したいと言われて、人が立ち寄らない裏庭に呼び出された。

 オーウェンが紗世のために買ってきた土産はショートブレッドという、スコットランドの有名なお菓子だった。そして紗世も、返し損ねていたネクタイを彼に渡す。

 目を伏せてネクタイを見つめたあと、オーウェンはややあって真っ直ぐと紗世に顔を向けた。

「俺がイギリスに帰っていた間、熱が出たと聞いたけど。大丈夫だった?」

 こんな人気のないところまで来たのはやっぱり、オーウェンがイギリスへ帰る直前に、彼と紗世の間に起こったことについて話すためだったのだ。

 紗世はわずかに緊張に体を硬くさせ、そして頷いた。

「うん、熱が出たのは1日だけだったし大丈夫だったよ。今はフェロモンの調子も安定して、全然平気。……オーウェンはイギリスにいる間、何もなかった?」

「あぁ。……アンのことをアリスから聞いたんだってね? お陰様で彼女の手術は成功した。大丈夫だったよ」

 オーウェンが薄く微笑む。

 しばしの間、2人のもとに沈黙が落ちた。遠くから聞こえてくる生徒たちの声はどこかよそよそしい。まもなくチャイムが鳴って、大掃除の時間が始まるだろう。

 話を切り出したのは、やはりオーウェンの方からだった。

「メッセージでは送ったけれど、改めて言わせて欲しい。あの日は悪かった」

 彼の声の調子は平坦だった。

「俺があの時紗世にしたこと、言ったこと、全部、本当に申し訳なかった。フェロモンに呑まれてしまったんだ。だからあれは俺の本意から来る行動じゃなかった。ごめん」

 冬を過ぎて、春の兆しが見え始める時期だ。温かな木漏れ日が時々地面を照らすような、今日はそんな日だった。だけど紗世の目の前にいるオーウェンは酷く冷たく見えた。冴え冴えとした、とても涼しい眼差しを紗世に向けている。

 ……そうか。

 オーウェンの「ごめん」は、そういう意味だったんだね。

 紗世は小さく喉を震わせ、そして頷いた。

「私こそ、……ごめんね。ちゃんと自分のフェロモンを抑制できなかった。あの日は私もずっと変だったから、オーウェンが本意じゃない行動を取ってしまったってこと、分かるよ。分かったから……あの時のことは気にしないで。むしろ巻き込んでしまってごめんなさい」

 紗世は足元に視線を落とす。

 女性の、あの面接官の言葉が思い出された。

「あなたは本当に、自分自身の性をちゃんと扱えますか?」

 ……扱えていない。扱えていないどころか周りを煩わせた。私は本当、だめだなぁ。

「……私、もっとちゃんと気をつけていれば良かったね。もっとしっかりしていれば、オーウェンに迷惑をかけずにすんだのに」

 恥ずかしかった。

 フェロモンに振り回されたことも、「きみは俺のΩだ」とオーウェンに言われたことに対して、今の今までほのかな期待を寄せてしまっていたことも、何よりΩである自分自身のことが、とても、……とても。

 恥ずかしい、紗世がそう思うより先に「紗世」と、オーウェンに制された。

 顔を上げると、彼は真っ直ぐと紗世を見つめていて、そして静かに頭を横に振った。

「きみは自分のことを恥ずかしいと思わなくていい」

 また、そう言われた気がした。そのとたん紗世はどうしようもなく心のうちから想いが溢れてきて、くしゃりと泣き笑いのような笑顔を浮かべた。

「……私、オーウェンのことが好きだよ」

 気がつけば、器にいっぱいになった気持ちが口から溢れていた。

「この気持ちは、フェロモンに振り回されて生まれたものじゃないの。私はずっと前から、オーウェンのことが好きなの」

 今ここでオーウェンに想いを伝える必要はないのかもしれなかった。だけどもう、気持ちを有耶無耶にしたまま彼と接することは難しいと紗世は思ったのだった。

 口を突いて出たような告白だったから、不思議と紗世の心は穏やかだった。むしろ初めて言葉にしたことで、好きという感情が彼女の身体の隅々まで染み渡っていくようだ。

 だけど、紗世に相対するオーウェンは息を止めた。驚きに目を大きくさせた後に視線を彷徨わせて……結局は、寂しそうにその青い瞳を瞬かせた。

 「ありがとう」とオーウェンは言った。

「ありがとう、紗世。だけど、……俺は、その気持ちには応えられない。いま、色んなことの心の整理をしているところなんだ。だから、それに頭がいっぱいで他のことを考えられない」

「……うん。分かってた。ただ私の気持ちをオーウェンに伝えたかった、それだけなの」

 紗世はわずかに視線を斜め下に逃したあと、オーウェンから貰ったお土産を掲げて下手くそに微笑んだ。

「応えてくれてありがとう。それからお土産も、ありがとうね。大切に食べる」

「……あぁ」

「大掃除がもうすぐ始まりそうだね。私は女子更衣室の掃除をしなくちゃいけないからもう行くけど、オーウェンも行く?」

「いや」

「うん。じゃあ私、先に行ってる」

 オーウェンは頷いた。

 紗世は彼に背を向けて歩き出す。

 泣いちゃダメ、と己を叱咤した。

 紗世の「好き」を伝えたところでオーウェンからどんな応えが返って来るかなんて分かっていた。オーウェンには冷たくされなかった。ちゃんと誠実に、真摯に対応してもらえた。

 それでいいじゃない。

 なのに背中を向けたとたんに紗世が泣き出したら、オーウェンに罪悪感を抱かせちゃう。

 ちょうどチャイムが鳴った。校内のざわめきが増す。それに背中を押されるように、紗世は足早で裏庭から校舎内に入った。オーウェンから貰ったお土産を教室に置きに行く時間はないようだったから、そのまま更衣室へ向かうことにした。


 明日から春休みでよかった、と紗世は思う。

 少なくとも今日を乗り越えたら、オーウェンとは4月まで学校で顔を突き合わせることはなくなる。春休み中にアリスと遊んでも、彼はその場に来ないかもしれない。

 ……そう思うと、オーウェンとあぁして普通に喋れたのはさっきの告白で最後だったのかもしれない。

 更衣室に向かう紗世の足どりはいつの間にか駆け足になっていた。

 廊下の角を曲がる。そこにおさげ髪の少女の姿を見つけて、紗世はたまらず彼女の名前を呼んだ。

「……アリスっ!」

「ん? 紗世? ……えっ、何、なになになにっ?」

 振り返るのと同時に紗世に抱きつかれて、アリスは目を白黒させた。訳がわからないまま紗世の体を抱き止める。紗世はぎゅうと、そんな彼女の肩口に頬を寄せた。

 ……さっきまで何故か夢心地だったけど、なんだかだんだんと現実が戻ってきたのだ。

「あのね。……あのね、アリス! 聞いて欲しいことが、あるの」

「えっ、うん? なになに」

「私、今さっきオーウェンに告白してきた」

「はぁ、なるほど告白ね……、って、ぇええっ? 紗世が? オーウェンにっ? 告白っ?」

「そう。それでフラれちゃったの」

「えぇ。えぇええぇええっ!」

 仰天のあまりアリスが身を引こうとしたから、離さないで、と紗世はより強く彼女に抱きついた。

「勢いで何故か言っちゃった! 自分でもよく分からない。オーウェンとはもう、一緒に遊んだりできないかもしれない。だけどアリスは、私とずっと友達でいてね」

「いやずっと友達だけど! 絶対私はずっとずっと紗世の友達だけど……、お、オーウェン〜っ?」

 アリスは驚愕に声を荒げつつも離れていかなかったから紗世はホッと安心した。

 更衣室の掃除を担当する他の女子生徒たちもやってきたから、とりあえず紗世は失恋の傷心に蓋をする。今は見ないふりをすることに決めたのだ。

 だから家に帰って1人になったら、静かに泣こう。


 高校2年生として学校で過ごす最後の日が今日、終わった。

 紗世がオーウェンに告白し、そして玉砕したことを突然聞かされたアリスは震撼した。更衣室の掃除をしながら紗世からかいつまんで話を聞いたけれど、いまだその衝撃を嚥下できない。

 大掃除を終え、HRが終わると紗世はそそくさと帰ってしまったので、彼女とはそれ以上の話はできず、今アリスはオーウェンと共に帰りの電車に揺られている。

 オーウェンは大荷物を持っていた。突然イギリスに帰ってしまったから、彼は日を分けて学校に置いてある教材を家に持ち帰ることができなかったのだ。ゆえに今日、どっさりと両手に荷物を抱えて家に帰るハメになっている。

 ちなみにアリスはオーウェンの教科書を数冊持たされていた(いつの間にか手伝うことになっていたのだ。納得がいかない)。

 彼女は、涼しい顔で車窓から外の景色を眺めるオーウェンをじっと見つめる。いつ話題を切り出そうかと悩んでいたが、アリスはとうとう覚悟を決めた。

「私、紗世が今日、オーウェンに告白したって聞いたよ」

「ふーん、そう」

 オーウェンに動揺はなかった。ただ面白くもなさそうに外を眺め続けている。

アリスは少し眉を下げた。

「……オーウェン、どうして?」

「どうしてって、何が」

「どうして紗世を受け入れないの?」

「はあ。逆にどうして俺がきみに個人的なことを説明しなきゃいけないのかな」

「……あのねオーウェン。ティターニアさんは、もういないんだよ」

 オーウェンがス、と触れれば切れそうな鋭い眼差しをアリスに向けた。それを受けたアリスは浅い呼吸を1つ零したけれど身を引かなかった。

「前にも言ったけど今のオーウェンはめちゃくちゃだよ。……いつまでティターニアさんのことを引きずるつもりなの?」

「余計なお世話だ、アリス」

「でも……」

「運命に出会ったこともなく、さらにはそれを喪ったこともないきみに、俺の気持ちなんて分からない」

「……うん。だけどね、オーウェン。今のオーウェンをティターニアさんが見たら、何て言うかな」

「もう一度言おう、アリス。余計なお世話だ」

 オーウェンとアリスは睨み合った。彼らの間を冷たい空気が走る。2人はそうしてしばらく剣呑な様子であったが、意外にも先に視線を逸らしたのはオーウェンだった。

 電車がゆるやかに減速を始める。駅のホームに到着するのだ。

 オーウェンが言い捨てるように言った。

「……今、俺には余裕がない」

「……」

「これ以上煩わしいことは考えたくない」

「紗世のことは、煩わしいことなの?」

「……」

「これからオーウェンは、紗世にどんな風に接していくつもりなの」

「さぁ? 考えていなかったな、別にどうでもいいから」

 オーウェンの言い草にアリスは違和感を覚えた。だから口を開きかけた、その時、目の前の扉が開いた。1人の青年が車内に乗り込んでくる。

「蓮! 俺、なんとかなりそうだよ!」

 彰吾だった。

 彼は車外に立つ友人に向かって、手にした荷物を見せる。それははち切れそうなほどパンパンに教科書類が詰められた紙袋だった。

 蓮、と呼ばれた彰吾の友達が渋面を作った。

「本当に大丈夫か? 袋は破けるのではないか? 僕にはそれが限界に見えるのだが」

「大丈夫、大丈夫! ……あっ!」

「あぁっ!」

 ビリリッ! と音をたてて彰吾の紙袋が破れた。バサバサと派手な音を立てて教材が床にぶち撒かれる。

 「ほら見よ、バカモノ!」と蓮が目を三角にして駆け寄ろうとしたが、それを防ぐように無常にも電車の扉が閉まった。「彰吾ー!」。蓮を車外に残し、ゆっくりと電車が動き出す。

 教科書をかき集めていた彰吾がハッとそれに気づいて扉にへばりついた。

「俺、大丈夫だから!なんとかするから心配しないで。また明日部活で、ばいばい蓮!」

 蓮に大手を振ったあと、彰吾は「お騒がせしてすみません! すぐ片付けます」と乗客に元気に謝った。それから慌てて床に散らばった教材を手繰り寄せる。しかしながらその量、彰吾1人の手には余るように見えるのだが。

 オーウェンとアリスはしばし呆然とそれを見ていたが、足元に数学Ⅱの教科書が滑ってきていたことに気づいたオーウェンがそれを拾う。

「……あのさ。きみ、何してるんだよ」

「あはは、すみません……、って、あ。オーウェンだ」

 彰吾はオーウェンに、そしてその隣にいるアリスに気づいた。ペカーッと無邪気に笑う。

「アリスもいたんだ。久しぶり!」


 帰宅してからずっと、紗世は制服のままベッドに寝転がっていた。時折り視界がじわりと滲むけれど、そのたびに瞬きをして涙を目から落とす。

 失恋を自覚するのは、これで2回目だ。でも今回はきちんとオーウェンに気持ちを伝えられたから一歩前進したかもしれない。……前に進んだところで、この恋に続きはないのだけれど。

 紗世は寝返りをうって「運命って何だろう」と思った。

 オーウェンは今でも紗世にとって特別な存在だ。彼を想うと幸せになれる。きっと彼は紗世の運命の人だ。運命ならば、必ず結ばれるものではないのか。

「ううん。……オーウェンは、私の運命じゃ、ないんだよ」

 紗世は自分にそう言い聞かせた。

 本能が「オーウェンは運命だ」と叫ぶけれど「それは違う」「間違っている」「勘違いなんだ」と理性で押し留める。

 オーウェンは永遠に紗世のものにはならない。あの人は今でも、ティターニアのものだから。

 その時、玄関の鍵が開く振動が紗世の部屋まで響いてきた。ドアの開く音と共に人の話し声が聞こえて来る。

 彰吾が帰ってきたのだ。そして多分、友人を連れてきた。

 だから紗世はベッドから起き上がって涙を拭いた。少し乱れた制服を整えて、部屋を出る準備をした。


 紗世がリビングに行くと、兄の他にオーウェンとアリスがいた。驚きのあまり彼女が思わず後ずさったのも無理もない。特にオーウェンとは、4月までは顔を合わせることはないと本気で思っていたのだ。

「2人には、荷物を持ってもらったんだ」

 彰吾がにこやかに説明する。

 彼が電車内で教科書類をぶちまけることになった理由は以下の通りだった。

 彰吾は、今日終業式があることを知っていたが、今の今まで学校に置いてある荷物を全く持って帰っていなかった(ものぐさをしていたのだ)。ただ彼は、持ち帰りをサボり続けたことにより、自分が危機的状況にあることは理解していた。だから今日はたくさんの荷物を持つことを覚悟して紙袋や手提げを用意し、登校した。

 ただ彼は学校についてから、危機的状況にあるのが自分だけではないことを知った。彰吾の多くの友人もまた、荷物の持ち帰りを怠っていたため、大変なことになっていたのだ。

「だからって持ってきた手提げや袋を友人に貸すか、普通?しかも気がつけば自分のところには紙袋しか残っていなくて、全部の荷物をそれに突っ込まなければならなくなって、最後は電車の床にぶちまけるとか……、三流以下の喜劇だろ」

 オーウェンの言葉に、ジュースを飲んだ彰吾が「辛辣〜」とケタケタ笑う。

「そう言うけどさ、オーウェンだって俺と同じくらい大荷物じゃない?」

「俺はものぐさなきみと違って、しばらくイギリスに帰っていたから、荷物を持って帰れなかったんだよ」

「しばらくイギリスに帰ってた?なにその台詞、カッコいい!俺もいつか使ってみたい」

 オーウェンは「もしかして俺は馬鹿にされているのかな?」というように彰吾を見た。しかし彰吾が純度百パーセントみたいな笑顔をしていたから、複雑そうな表情をする。

 アリスは初めて紗世の家に来たから少し緊張している様子だった。出された菓子を食べながらチラチラと壁時計を見やる。

「……なんだか私たち、随分ゆっくりさせてもらっちゃったね。でも、そろそろ帰った方がいいよね」

「え、どうして?」

「もう帰っちゃうの?」

 テレビ台の中から家庭用ゲーム機を引っ張り出していた紗世と彰吾が似たような顔できょとんと振り返った。

「もしかして2人とも、この後用事があるのかな?」

「いや、私は別に……」

「俺も特にないけど」

「じゃあ時間が許す限り遊んでいったら?」

 ゲームのリモコンを彰吾が掲げる。

 紗世はゲームソフトを数種類取り出しながら、オーウェンのことを慎重に伺い見た。だけど彼は、紗世が同じ空間にいることに頓着はないらしい。オーウェンが普通の様子だったから、紗世は視線を下げた。

 その後4人はゲームを楽しんだ。どのゲームでも、やり込んでいる紗世と彰吾が結局は強いので、オーウェンやアリスは彼女らのどちらかとペアを組むことが多かった。

 運がモノを言うゲームではオーウェンが最初一強だったけれど、その終盤、最下位だったアリスが大番狂わせをしたために大いに盛り上がった。大敗したオーウェンがリモコンを放る。皆は爆笑ものだ。

 大きく身を乗り出して笑った紗世は、隣に座っていたオーウェンの肩に軽く当たった。「あっ」と、彼に触れたところが甘く熱を持つ。紗世はちょっと身を固くしたけれど、こちらを見たオーウェンが想像していたよりヘソを曲げた子供みたいな顔をしていたから、思わず吹き出した。

「オーウェン、残念だったね」

「納得ができない。なんだあの最後のアリスの力技?猪かな?」

「オーウェンがあんなにコテンパンに負けるところ、初めて見た」

「きみ、嬉しそうだなぁ」

「うん。すごく面白かった」

「こいつ」

「やーっ!」

 オーウェンから逃れるために紗世は、オーウェンとは反対側の隣にいた彰吾に身を寄せた。彰吾が「あははっ」と愉快げに笑って紗世を抱きとめ、アリスへ顔を向ける。

「俺、なんだか暑くなってきちゃった。アリスは部屋、暑くない?」

「うーん、少しだけ」

「じゃあ暖房の温度下げよっと。……凄いよね、もう春なんだ」

「この前まで寒かったのにね」

「本当に。1月が過ぎるとあっという間に4月だよね」

 そう言って彰吾は、エアコンのリモコンを取りに行った。彰吾が離れていったから、紗世は改めてオーウェンと向き合うことになる。テレビ画面を見ている彼に、紗世はおずおずと尋ねた。

「あのね、オーウェン……。楽しめてる?」

「フッ。負け越してる俺に、それを聞くんだ?」

「あは。……でも、うん。せっかく家に来てくれたから。だから……」

「楽しいよ」

 と、オーウェンは言った。

「こうしてきみ達とバカ騒ぎをするのは、楽しいよ」

 オーウェンの柔らかい声音に、紗世の心もじんわりと暖かくなった。「そっか……」と彼女は微笑んで、だけど顔を上げることはできなかったから、両足の指をいじいじと交差させたりした。

「それなら、良かった」

 今日の告白と失恋が、オーウェンとの最後の思い出ではなくなりそうで、良かった。

 結局気まずくなって4月から彼と話せなくなっても、今の楽しい思い出が残るなら、それで救われると紗世は思ったのだった。


 夜になり、オーウェンとアリスは帰った。その後紗世は家族とともに夕食を食べてお風呂に入り、就寝のために布団にくるまったとき、彰吾がやってきた。

「ごめん紗世。俺の荷物にオーウェンのものが紛れてたみたい。悪いけど、返しておいてくれる?」

 彰吾はオーウェンの化学の資料集が入った袋を、間違って自分の部屋に持って上がっていたらしい。

 荷物を受け取ったものの紗世はちょっと困ってしまった。化学の資料集は高校3年生でも使うから、オーウェンに返さなくちゃいけない。でも、彼と連絡を取ることを紗世は避けたかった。

 ……玉砕すると分かっていたのに紗世が告白したのは、彼女なりのケジメだったのだ。絶対に叶うことのない恋だから、もうここで無くしてしまいたかった。

 オーウェンはきっと、フッた女の子にいつまでも周りをうろちょろされるのは嫌なはずだ。

 だから紗世は次の日の朝、オーウェンに連絡せずに彼の家へ行き、部屋のドアノブに袋を引っ掛けて、足早に立ち去ることに決めた。


 紗世は当初の計画通り、次の日にオーウェンにアポイントを取ることなく彼の家の前まできて化学の資料集が入った袋を玄関の扉のドアノブに掛ける。

 これで用事は済んだと、紗世は最後にオーウェンの家の扉を見た。

 定期テストの勉強の時は毎日のようにここに通った。でも、もうそんな日々がこれから来ることはないだろうなぁ。

 こんな風に感傷に浸っていたのが不味かったのかもしれない。紗世が立ち去ろうとしたときに扉が開き、中からオーウェンが出てきた。

「えっ……?」

 紗世も、家を出たら目の前に紗世が立っているという状況だったオーウェンも、驚きのあまりしばし沈黙した。

「……」

 先に我にかえったのは紗世だった。顔を真っ赤にさせたのち、すぐに真っ青になった。

「ち、違うの! 私、オーウェンに付き纏ってるわけじゃない!」

「……」

「本当に違うの。き、昨日お兄ちゃんが、間違えてオーウェンの化学の資料集を部屋に持っていっちゃってたの。だから、それを返しに来ただけ。本当にそれだけ。すぐに帰る」

「落ち着けよ。何をそんなに慌ててるんだ?」

「だって……だって、本当に違うから」

 紗世は少しパニックになり、涙ぐんでいた。

「私、オーウェンのことを付け回そうとは思ってない。今度こそちゃんと諦めるから。もう〝友人〟もやめる。4月からは学校でもオーウェンには話しかけない」

「……。昨日は一緒に遊んだのに?」

「昨日は、アリスとお兄ちゃんがいたから」

 ごめんなさい、と紗世は訳もわからず謝った。

「私、オーウェンとは2人きりにならないようにする。もう他人になる。だからオーウェンは安心して。ごめんね、本当にごめんなさい。……じゃあ、帰る!」

 言うだけ言って紗世は踵を返して走り出した。

 オーウェンはマンションの外廊下へ出て、その背中を追いかける。

 ……が。

 オーウェンが紗世の手を掴むより先に、彼女は突然「あっ!」と幼い声を出すと派手にコケた。

「いや……はあ?!」

 紗世が目の前で、しかも何もないところで転んだからオーウェンは仰天した。

「紗世、大丈夫か?」

「……」

 オーウェンが紗世の隣にしゃがみ込む。彼女は左の足首に手を当てたまままんじりとも動かなかった。

 いつにない紗世の様子にオーウェンは顔を顰める。

「足首が痛むんだな?」

「……」

「とりあえず立てる?」

「……」

「……紗世?」

 紗世はやっと、止めていた息を吐いた。黙り込むことで、苛烈な痛みをやり過ごしていたのだ。そしてゆるゆると顔を上げて、彼女は弱ったようにオーウェンを見つめた。

「……えっと、ね。オーウェン」

「……」

「ちょっとだけ……足が痛くて、動けない」

 その言葉を聞いて、オーウェンはきゅうう、と視線を鋭くさせた。「ちょっとの痛み」というのは嘘だ、とオーウェンは心の中で断定した。

紗世は挫いた足がかなり痛くて、動けないのだ。


 オーウェンに肩を貸してもらって、とりあえず紗世は一時彼の家へお邪魔した。挫いた左足を見ると、そこは足首の位置が分からないぐらいに腫れ、わずかに鬱血していた。それだというのに紗世は「大丈夫」の一点張りだった。

「大丈夫。帰れる」

「どうやって帰るつもりだ?」

「歩いて帰る」

「俺がなかばきみを担ぐようにしてここまで運んできたこと、お忘れかな?」

「今なら多分歩ける気がするの」

「あー……、はいはい。分かったから、少し黙っててくれる?」

 オーウェンはぞんざいに言い捨て、携帯画面に視線を落とした。先ほどから何かを調べているのだ。そうして彼はすぐに顔を上げた。

「近くに整形外科があった。今から行こう」

「えっ!」

 と、紗世は及び腰になる。

「ど、どうして……?」

「その足首の腫れ、尋常じゃない。病院で診てもらおう。レントゲンをとる必要があるかもしれない」

「そ、そこまでしなくても大丈夫だもん。お兄ちゃんに、最寄駅まで迎えにきてもらうし……」

「彰吾と連絡は繋がったのか?」

 紗世は口籠った。

 彰吾とは連絡がついていない。彼は夕方近くまで部活があるから、紗世のLINEに気づくのはずっと先だろう。両親は仕事の最中だ。

 紗世の表情を見て、オーウェンはため息をつくと携帯をズボンのポケットにしまった。

「行くぞ」

「む、無理。お金、それほど持ってきてないから……」

「俺が出す」

「それはオーウェンに申し訳なさすぎる」

「後できちんと取り立てる」

「でも、ゆっくりなら歩けるし。だから……」

「御託はもういい。行くから」

「うーっ!」

 オーウェンは自身の財布を取り出して中身の金額を確認し始めた。紗世はその間も「お医者さんには行かないよ」「迷惑はかけたくないから」「私、一人で歩ける!」「オーウェン!」と何度も訴えたのだけど綺麗に無視をされた。

 その後何だかんだと用意を済ませたオーウェンに促されて紗世は玄関へ行き、靴を履き、彼に肩を貸してもらって、そのマンションから二つ隣のビルにある整形外科に連れて行かれた。


 受付で問診票を渡され、必要事項を記載しながら紗世は「おかしいな」と思う。医者には行かない! 帰る! と最後まで抵抗したのに何故私はここにいるのかしら……?

 住所を書き終えて、紗世はおずおずと隣の席で携帯ゲームをしているオーウェンを見た。

「……あのね」

「何」

「オーウェンは本当は何か用事があったんじゃないのかな?さっき、出かけようとしてたよね?」

「朝食を買いに行こうとしていた。食パンを切らしているから」

「えっ、じゃあオーウェンは、朝ごはんをまだ食べてないってこと?」

「まぁ、そういう事になる」

「何か買ってきて! それか食べてきて! 付き合わせてごめん……」

 オーウェンはゲーム画面から視線を上げ、紗世をジッと見た。

「俺がいない間、その足で、勝手に1人で帰ったりしない?」

「……」

「まぁ帰れないか。きみ、ここの診察代を払う金すら所持してないもんな」

「うっ」

 項垂れた紗世を鼻で笑うとオーウェンは立ち上がった。ニコリと綺麗に笑う。

「じゃあ俺は今からご飯を買ってくるとも〜。きみも、何かいる?」

「……いえ、結構です」

「もう昼時だけど?」

「それはそうだけど……」

「診察が終わって、そのまま帰るとしても、その足だと家に着くのは15時を回るんじゃないかな? その間ずっとお腹を空かせておくつもりかい? 仮に骨が折れていたとしたら、ギブス付きの足では、帰り道の途中で昼食を買いに行くのは大変だろうなぁ」

「……。もうヤダぁ」

「あっははは!」

 なぜ失恋した相手に、コケたところを見られ、腫れあがった足を見られ、病院に連れて行ってもらい、さらには昼食の用意をして貰おうとしているのだろう。恥ずかしすぎて死にたい。

 泣きべそをかきかけている紗世の顔をとっくりと愉しげに眺めて満足したあと、オーウェンは朝食兼昼食を買いに整形外科の病院を出て行った。

 その後「幸い骨は折れていません。捻挫ですね」と診断が下り、とりあえずホッとする。10分間の電気治療を受けて紗世が診察室から出たら、オーウェンが戻ってきていた。

「お疲れ様。診断結果はどうだった?」

「えっと、ただの捻挫だった」

 紗世が申し訳なさそうに顔を俯かせたが、オーウェンは何でもないことのように頷いた。

「だろうね。きみ、歩けているし。骨は折れてないと思った」

「わ、分かってたの?」

「まぁ。でもちゃんと診断を受けなければ確証は得られなかったし」

 オーウェンの言う通り、骨に異常がないことを知れたのは良かった。だけど捻挫で済むのなら彼を病院にまで付き合わせることはしたくなかったのに。紗世が心苦しく思っていると、そんな彼女の顔を見たオーウェンが、左足に巻かれたサポーター(さっき看護師に巻いてもらった)を差して、「それを貰えただけでもここに来て良かったよ」と言った。

 今日は平日だけれど混んでいたから、会計まで少し待った。紗世は保険証を持ってきていなかったので当然治療費が払えなくて、オーウェンが料金を立て替えた。

 昼過ぎに2人は整形外科の病院を後にした。

 外に出て、オーウェンが紗世に手を貸そうとしたけれど、彼女はひょこひょこと1人で歩く。

「オーウェン、お金はまたすぐ返すね。今日はありがとう」

 頼りないその背中を「待ちなよ」とオーウェンが呼び止めた。手に持ったパン屋の袋を少し掲げてみせる。

「お昼はどうするんだ。せっかくきみの分のサンドイッチも買ってきたのに。一緒に食べないの?」

 振り返った紗世はオーウェンと袋を何度も見比べて、そして地面に視線を落とした。

「……一緒に食べたい」

 オーウェンが紗世の隣まで来て再度手を差し出た。紗世はそれをとり、共に歩き始める。

 オーウェンのマンションへ向かう道中、2人はわざと核心的な話題に触れることを避けた。彼らが話したことは、春休みの宿題がまぁまぁ多いよねとか、国語の林先生が来年結婚するらしいとか(紗世は林先生がどんな人と結婚するのか気になったが、オーウェンは本気で興味が無さそうだった)、美術の授業で書いている肖像画は全然完成してないけれど、高校3年生になっても続きを描くのかしらとか、どうでもいい事ばかりだった。

 そうしてお互いがお互いのことを見ないフリをすれば、この時間がずっと続くのではないかと思っていた。

 オーウェンの家に帰って、定期テストの勉強をしていた時のように部屋へ上がる。

 オーウェンが紅茶を淹れている間に紗世が皿を棚から取り出して、サンドイッチをそこに並べた。何種類もあるそれに紗世はくすくすと笑う。

「いっぱい買ってきたんだね」

「朝食も兼ねてるから」

「学校は食堂があったけど、オーウェンは春休みの間、ご飯はどうするの?」

「主食はカップラーメンになるかな」

「栄養、偏るよ?」

「男子高校生の家事スキルの無さを舐めちゃいけない。おまけに俺は、何を隠そう英国人だ。料理には全く自信がない」

「キメ顔だけど、セリフの中身はダサいね」

 オーウェンの話を詳しく聞けば、夕食はアリスの家へ食べに行くから栄養の偏りは問題ないらしい。彼自身もまぁスパゲッティーぐらいは1人で作れるので、大丈夫だとか。

 サンドイッチは美味だった。スモークサーモンとオリーブとドライトマトをライ麦のパンで挟んだサンドイッチを食べた紗世が「お洒落で美味しい」とはしゃぐと、オーウェンは「ここらでは有名なパン屋なんだ。カフェも併設されている」と教えてくれた。

 そうして一緒のものを食べ、穏やかな時間を共有した後、紗世はカップのソーサーを少し撫でた。

「……オーウェン。アンさんの手術のこと、聞いてもいい?」

 中核となる話を切り出されたオーウェンがほんの僅かに沈黙する。しかしすぐに「いいとも」と微笑んだ。

「予定した日より前倒しで手術が行われたって聞いたけど、やっぱり少し……アンさんは体調が悪いのかな?」

「手術する場所が場所だからね。だけど、本人は思ったより元気だったよ。心配したこっちが損だと思ったぐらいだった」

「これからも手術って、あるの?」

「うん。とりあえず彼女が20歳になるまで、あと6回。もっと増える可能性はあるらしいが」

 紗世はオーウェンを見つめた。

「……オーウェンは、大丈夫?」

「俺?」

 と、彼は意外そうに片眉を上げた。それから笑う。

「大丈夫さ。俺が手術を受ける訳じゃないし。もちろん、アンのことは心配してるけどね」

「これからもアンさんの手術のたびにオーウェンはイギリスに帰るの?」

「さぁ、どうだろう。彼女には鬱陶しいから二度と来るな、と言われてるからね」

「鬱陶しいって言われちゃったの?」

「そう。アンっておっかない子なんだ。俺を羽虫扱いするんだからね」

「オーウェンを羽虫扱いかぁ……」

 それはなかなか強烈な子だな、と紗世はカップに口をつける。

 オーウェンがテーブルに頬杖をついた。その青い瞳が油断ならない光を煌めかせる。今度は彼が仕掛ける番だった。

「4月から、俺には話しかけずに他人のように振る舞うっていう話だけど」

 と彼は言った。

「きみがそれを望むなら俺は別に構わない。けど、その辺りの心境を詳しく教えて欲しいなぁ」

 紗世は上目遣いでオーウェンを見やった。

「オーウェンは、私が今まで通りオーウェンに話しかけても、構わないの?」

「構わない」

「そっか……」

 紗世は飲み干した紅茶のカップをソーサーに置いた。

 2人の間に沈黙が落ちる。

 その時ぶぶぶ、とテーブルの上に置かれた紗世の携帯が震えた。見れば彰吾からLINEが届いたようだ。

 まだ日が落ちる時間ではないが、太陽が傾いたせいで、電気をつけていないリビングは薄暗くなりつつあった。

「お兄ちゃんからだ。メッセージに返信してもいい?」

「どうぞ」

 オーウェンが紅茶を飲む。

 紗世は携帯を手に取った。

 彰吾の部活はもうすぐ終わるらしい。

 彼女は捻挫をしてしまったこと、歩くのが辛いこと、最寄駅まで迎えに来てほしいことを彰吾に送った。間もなく彼からは「了解!捻挫って、大丈夫?」というメッセージと共に、こちらを心配そうに伺う猫のスタンプが送られてきた。

 それに返事をしてから、紗世はゆっくりと席を立つ。

「お兄ちゃん、最寄りの駅まで迎えに来てくれるって。だからもう帰るね。オーウェン、今日は本当にありがとう。お金はまた返すね」

「あぁ」

 オーウェンは頷いただけで立ち上がらなかった。

 紗世は左足を引きずりながらお皿とカップをキッチンの流し台に持っていった。オーウェンが「洗わなくていい」と言ったからそれらを置いて、テーブルに戻ってくる。

「じゃあ、帰るね」

 紗世が自分の鞄を手に取った、その時。

「紗世」

 と、踵を返そうとした彼女を、オーウェンが静かに引き止めた。

「きみは本当に、4月から俺に話しかけないつもりなのか」

 紗世は視線を少し彷徨わせて、それから下を向いた。

「……ううん。今まで通り、話しかけるよ」

「嘘つきめ」

 オーウェンが口を開けて嗤った。

「意外だよ。きみって平気で嘘をつくタイプだったんだなァ」

 紗世は冷淡な笑みを浮かべる男を振り返った。

「嘘をつくのは私だけじゃないでしょ」

 彼女はぴしゃりとそう言った。

「オーウェンだって嘘つきだ。本当は、全然大丈夫じゃないくせに」

 ぎゅうっと、緊張で空間が濃縮されていく。紗世の陽だまりのような瞳と、オーウェンの煙ったような空色の瞳がかち合った。

「……オーウェン。オーウェンはそうやって、ずっと自分の気持ちを誤魔化していくの? オーウェンのことを心配する人たちをわざと遠ざけて、1人で抱えこもうとするの? それは、辛くないのかな」

「別に誤魔化そうとはしてないよ」

「オーウェンの嘘つき。またそうやって嘘をついて、私を煙に巻こうとするつもりでしょう」

「なんだそれ。まるで俺のことを分かっているとでも言いたいような口ぶりだなァ」

「うん。だって、分かっているから」

 明朗な声で紗世は言った。

「初めてオーウェンを見た時から、分かってた。オーウェンが寂しいんだってこと。とても辛くて、哀しいんだってこと。心配なの。放っておけない。だから私は何度も聞いたよ、オーウェン、大丈夫?って」

「……」

「……でも、こんな私は迷惑?オーウェンに踏み込みすぎかな。やっぱり出て行った方がいいんじゃないのかな。他人のふりをした方が、オーウェンにとっては楽なのかな?」

「……」

 口元を引き結んだまま黙り込むオーウェンを見て、紗世はくしゃりと顔を歪めた。

「……オーウェン、好きだよ」

「……」

「きみにとって私は特別じゃないのかもしれない。でも、私にとってオーウェンは特別なの。だから教えて。……オーウェン、大丈夫?」

 オーウェンからの返事はなかった。

 だから紗世は鼻を啜り、再度踵を返す。痛む左足を引きずりながら玄関へ向かう。この部屋を出るまで涙なんて流すものか、と紗世は思った。ここで泣いたら惨めだ。せめて彼の目が届くところでは背筋をしゃんと伸ばしていたい。

 そうして紗世は玄関に着き、靴を履いた。左足を庇いながら立ち上がって、目の前にある扉の鍵を開ける。そしてドアノブに手をかけて扉を開きかけ……最後の最後にオーウェンに声をかけるべきか、迷った。

 その時だった。

 突然後ろから伸びてきた手にバタン、と乱暴にドアを閉じられた。驚いた紗世が振り返るより先に、トン、と背中に何かが当たる。

 オーウェンだった。

 追いかけてきた彼が、その額を紗世の肩口に当てていた。

「……行かないでくれ」

 オーウェンの木々と果実の香りが紗世に絡みつく。それは助けを求めているようにも、赦しを乞うているようにも彼女には感じられた。

 それを受けて、紗世はゆっくりと彼を見上げようとして……。

「痛っ」

 体重を傾けた拍子に足首が痛み、僅かに体勢を崩した。オーウェンが手を添えてそれを支える。そうして2人は黙って見つめ合い、オーウェンがそっと紗世の手を引いたから、彼女も再び室内へ歩を進めた。


 紗世をソファーに座らせたのち、オーウェンは何から、どうやって話を始めようか逡巡しているようだった。

 薄暗くなってきた部屋の電気をつけて、彼女から少し離れたところに腰掛ける。両手の指を組んで黙っていたが、ややあって「ティターニアは臓器提供者なんだ」と静かに説明を始めた。

「ドナーになることは、彼女の生前からの意向だった。だから脳死と診断されて生命維持装置が外されたあと、速やかに彼女の体からは心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球が摘出されて、臓器移植者のもとに向かった。……そしてアンは、ティターニアの心臓のレシピエント(※)なんだ」

 ※…臓器を提供される側の名称

 オーウェンは虚空を見つめていた。

「入院している間、ティターニアはいつも、俺のことが心配だと言って泣いた。自分が死んだ後、独り残された俺のことを思うと心配で仕方がないと泣いて……、もっと永く生きたかったと、そう言ったんだ」

「……」

「そしてこの世界にはきっと、自分と同じように『もっと生きたい』と思っても生きられない人がいるから、その人たちのためにドナーになりたいと言った。ティターニアが生きられなくても、彼女が提供した臓器のお陰で生き永らえた人たちを見れば、俺も救われるはずだと……、彼女の死は無意味なものではなくて、誰かの命を繋ぐための死だったんだと思えば、俺も少しは慰められるはずだと、ティターニアは言った」

「……」

「そしてあの子は俺に、臓器を提供された人たちが新しい未来を得て、幸せな生活を送っていく姿を見守り続けてほしいと願った。その人たちの中で〝私〟は生き続けるから、俺は〝独り〟じゃない、だから〝私〟を忘れないでと、ティターニアはそう言った」

 オーウェンは片手で顔を覆った。

「……臓器提供の取り組みは、素晴らしいものだ。自身が臓器提供者になることを決めたティターニアの意思は尊重されるべきものだ。それは分かっている。残される俺を想って彼女がそれを決断したんだということも理解している。……だけど、俺は」

 オーウェンは絞り出すように言葉を続けた。

「やめてくれと、あの子に言った。きっと俺はそれに耐えられない。〝きみの死〟できちんとお仕舞いにしてくれ。〝きみの死の続き〟を俺に与えないでくれ。そう何度も頼んだのに。あの子は……ティターニアは、俺の願いを聞き入れてくれなかった……!」

 ひび割れるようなオーウェンの声がリビングに響いた。

「そしてその結果が、今だ。臓器移植を受けた者のうち、よりにもよって心臓を移植されたアンに拒絶反応が出た。合併症も発生し、下手をすれば20歳まで生きられないかもしれない。そのせいで今もあの子の心臓にメスが入れられている。強い薬を投与され続けている。だけど……だけど、それでも生きている。ティターニアが。ティターニアの心臓が、まだ動いている」

 絶望の淵を覗き込むようなオーウェンの青い瞳を見て、紗世は「ある日」のことを思い出していた。

 彰吾やアリスと一緒に献血をした日、オーウェンは紗世に「たとえば俺が死んでも、俺が渡した血の中に、俺は生き続けると思うか」と尋ねた。あれは臓器提供をしたティターニアのことを言っていたのだ。そして紗世は彼の問いかけに対し、何と答えたのだったか……。

 「時々気が狂いそうになるんだ」とオーウェンは続けた。

「周りの人間は俺に、忘れてもいいと言う。ティターニアの両親でさえ、あの子のことを忘れろと俺に諭してくる。ティターニアはもういない。だから彼女のことは〝思い出〟にして、俺は俺の人生を歩けと言うんだ。……だけど、忘れられるはずがない! ティターニアはまだ生きている! それなのにどうやって〝思い出〟にしろというんだ? あの子は俺の運命だ。俺のことを愛してくれた、たった1人の女の子なんだ……!」

 そしてまた、俺の前でティターニアは死んでしまうかもしれない、とオーウェンは言った。

「もう一度、俺はティターニアの死を看取ることになるかもしれない。もしあの子の心臓が止まってしまったら。心臓を移植されたアンも、今度は一緒に……」

 今にもオーウェンが崩れ落ちてしまいそうな気がして、紗世は血管が浮き出るほどきつく握り締められた彼の手に触れた。オーウェンの手は、氷のように冷たかった。

 少しでも温めたいと紗世が両手の掌でそっとそれを包んだ時、オーウェンはふと、紗世の存在を思い出したかのようにこちらを振り返った。

 彼の瞳はガラス玉のように無機質だった。紗世を見ていたけれど、紗世を見ていなかった。

「……紗世。きみは俺を特別だと言ってくれたね」

「……」

「正直に言おう。俺もきみを特別だと思っている」

 だけど、と紗世が何か反応を示すより先にオーウェンは冷たく制した。

「それは、きみが俺の運命の番だからじゃない。……きみは、スペアなんだ」

「すぺあ……?」

「そうだ。きみに初めて出会った時、俺もきみを特別に感じた。だからその日に俺は、改めて番について調べてみた。……運命の番は、一般的には精神的な繋がりを取り上げられることが多いけど、科学的知見からみると、遺伝子の相性でそれが決まることが分かった。つまり運命の番とは、他に比類を見ないほど遺伝子レベルで相性が良い存在のことを差す。そしてスペアは、その他の人間よりも相性は良いが運命の番には劣る、替えがきく存在のことを差すんだ」

 オーウェンの声音はむしろ優しかった。けれどまるで、一言一言を叩きつけられているように紗世には感じられた。

「ティターニアがいたからこそ分かる。特別な存在ではあるけど、きみは運命の人じゃない。紗世にとっての俺も、きっと運命の番じゃない。俺たちは互いに替えが効く存在だ。そして俺は、俺の運命を忘れられない。……そんな俺は、きみに誠実でいられないだろう。だからきみの気持ちに、俺は応えることができないんだ」

 紗世の陽だまりのような瞳から、つぅ、とその時ひと筋の涙が流れた。彼女は瞬きもせず、真っ直ぐにオーウェンを見つめ返した。

「……それならどうして、オーウェンは私を引き止めたの」

 声が震えてしまわないように、彼女は懸命に努めた。

「そうやって最後は私を拒絶するんだったら、どうして私を帰らせてくれなかったの。どうして私に、『行かないでくれ』なんて、そんな言葉を言ったの……!」

 仮面のような表情を貼り付けていたオーウェンの顔が、その瞬間クッと歪んだ。視線が逸らされ、彼は懺悔するように項垂れた。

「……ごめん」

 両手で顔を覆い、罰されることをただ粛々と待っているその姿を見て、オーウェンは狡い、と紗世は思った。

 オーウェンは紗世のことを拒絶をするくせに、彼女が自分から遠ざかることが許せないのだ。

 オーウェンが今、心に余裕がないというのは本当なのだろう。ティターニアが亡くなってからまだ一年しか経っていない。深い喪失感が癒されていないのに、今度はティターニアの心臓と、それを移植したアンの死の影に彼は怯えている。再び彼女らを看取ることになるかもしれない未来に絶望している。

 だから、ティターニアや紗世に誠実であろうとするために紗世を遠ざけたいと思う彼も、自分から離れていこうとする紗世を引き止めてしまう彼も、どちらも本当なのだ。

 ぐちゃぐちゃになった想いを抱えて、オーウェンは苦しんでいる。

 そうやって嘆き苦しむオーウェンを見てしまうと、紗世はたまらない気分になった。Ωの本能が、αの彼に屈したいと願ってしまうのだ。

 紗世はオーウェンの肩に触れた。

「……オーウェンは私のことをスペアだと言うけど、私は違う」

 自分より大きな彼の体を、紗世は抱きしめた。

「だってオーウェンが私の〝初めて〟だから。初めての特別だから、私にとってのオーウェンは、スペアじゃない」

「……」

「私はオーウェンを独りにしたくない。だから私は……、オーウェンの傍にいても、いい?」

 オーウェンが狡いのと同様に、紗世もまた、自分が狡いということを知っていた。

 紗世を拒絶しながらも求めている彼が、紗世にそう問われて拒めるはずがない。拒めないと分かっていて、わざとそれを口にしたのだ。

 オーウェンはしばらく黙った。苦しむように黙って、……最後は項垂れるようにして、彼女の温かな身体を抱きしめ返した。

「……俺の傍に、いてくれ」

 そうやって口にすることが、オーウェンが紗世に示すことができる、最大限の誠意だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る