第三話 意味不明なんだけど

 ウチはロクに付きまとった。最初の方は、多分普通に迷惑がられていた。でももう何も言われない。ウチはそれをOKされたことにして今日も海に来た。いつもロクは歌わずにウチだけが歌っていた。うまいのにマジでもったいない。


 でもある時、ウチがギターを弾きながら歌っていると、ロクもつられて歌い始めた。聴いたのは三回目。やっぱりこの歌声が好き。ロクを見ると、普段あまり動かない口が大きく開いている。いつもぼけーっとした瞳が今は生きている。なんだ。やっぱ歌うの好きなんじゃん。変なの、と思った。


 ロクと海で集まるのにも慣れてきた。どちらからともなく音を鳴らして、適当に歌って、それだけで楽しかった。変人っぽいけど、最高に音楽をしていた。


 今日は夕空が真っ赤でロクが見上げている。

「夕焼けって実は燃えてるらしいよ」

 ウチは適当言ってみる。


「え? 本当ですか?」

「嘘に決まってんじゃん」

 騙されやすいのか、分かりづらい冗談なのか分からない。

「でも海がなければ夕焼けが地上まで燃やしちゃいそうですね」

 確かに。綺麗だけどちょっと怖い。早く帰ろうと思った時。


「こんなとこで何してんだよ」

 聞き覚えのある声に罪悪感が生まれた。ハヤトとセキがいた。


「ウチ、ロクと音楽やることにした。悪いけど、軽音抜けさせてもらったから」

「は? 意味分かんねえ。メッセージだけよこして無責任すぎん?」

 セキが怒ってる。でもこんな時だけ責任を押し付けてくるのはむかつく。


「まあまあ、でもボーカルがいないと成り立たないからね。少し相談ほしかったよ」

 ハヤトは穏やかに言うが、声には疑いの色が混じっていた。


「どこがいいんだよ。ちょっと歌が上手いだけのやつ」

「聴いてたんだ。趣味わる」

 セキがにらんでくるのでウチもにらみ返す。


「べ、別にずっとじゃない。ここ何日かだし」

「違う。聴いてたのに、そんな感想しか出てこないセキの音楽の趣味が悪いって言ってんの」


 こんな圧倒的なものを聴いて「ちょっと歌が上手いだけ」になる意味が分かんない。


「はあ? 適当に合わせるだけで、なんか気持ち悪いし。こんなんがいいのかよ」

 気持ち悪いって何? それなら音楽に恋愛を絡めてくるセキの方が気持ち悪い。


 顎で指されたロクは喧嘩を買わずに静かにたたずんでいる。遠くで、んみゃー、みゃ、みゃ、とウミネコが鳴く声が聞こえた。もしかして俗世の騒音はロクには届いていないのかもしれない。


「セキ、僕らはそんなこと言いに来たんじゃないだろ。りっちゃん、今は良いよ。でも落ち着いたら戻ってきてくれるよね?」


 ハヤトもハヤトだ。ウチの決意を反抗期みたいな感じで片づけようとする態度に腹が立つ。今頃になってやって来たのも、どうせすぐにウチが戻るだろうとセキを止めてたからだ。


「離れてくとかありえねえし」執着が絡みついた声。

「戻らない。疲れた。それにセキ、音楽に恋愛絡めてくんなよ。こっちは真面目にやってんのに、そんなんだからつまんない音しか」


「律」


 背中がひやっとした。ウチの名前。ロクがウチの目を見ていた。分かってる。ちょっとだけ言い過ぎている。でも後には引けなくて、悔しくて涙が出そうになる。


「……一ヶ月待つ。一ヶ月後に必ずサー室来て」

 ハヤトはセキの肩を叩いて連れていった。



 ウチは感情がぐるぐるしてるのに、海はいつも通り静か。奥のテトラポッドで波が打ち消されている。ウチは両足を砂浜に投げ出した。ロクは体育座りをしている。太陽がちょっとずつ小さくなっていって、最後沈むのは意外とあっけなかった。


「そろそろ帰りましょうか」

「ムリ」

 ウチが駄々をこねると、ロクは困ったように眉をハの字にした。


「ロクもウチが勝手だって思う?」


 分かってる。わがままなことくらい。でも、だったらどうすればいい。


「……律は言葉で武装していると思いました」

「意味不明なんだけど」


 でもさっきまでは泣きそうで、それを知られたくなかった。ロクになら。


「ちょっと語ってもいい?」

 ロクは静かに一つ頷いた。

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