第6話 発注書
さて、服している兵役だが、2週目の今のところ座学と基礎訓練が主体で物騒な状況ではない。意外だったのは、基礎能力は高いのに普段しない動きだと手を叩きながら足を開くという簡単な連携動作すらできないことだ。あと、集団行動する機会がないのか他人と行動が合わせられない。そんなんだから行軍というか行進すらまともにできない。教官はブチ切れる事もなく、根気よく指導していた。
見かねた私が、小学生の時分に教わったやり方を教官に伝えたら効率が良かったようで、以降事あるごとに教官代理をやらされた。こんなちんまい新参に皆が協力的だったので、「アンリの相方」という肩書の威力に感謝する日々である。
そして!、いよいよ本日!、想甲兵操縦訓練だ! ロボっ試乗会っ!
その為に、適正上位者10名が先行して業地内の基地に移動中だ。スキンヘッド強面軍人のオリノ教導官と基地交代要員の猟兵数名が護衛してくれているが、非常に緊張している。個人的に光の壁の内側は恐怖の空間でしかない。テンション上げないとやっとれん。
今回のルートは旧道に沿った移動なので楽ではある。ここ旧オーリス宅地街は元は中規模の集落か住宅地で、全半壊した一般家屋っぽいのが立ち並ぶ。例の規格住宅ではない。私の感覚でいう所の割と普通の家だ。
あと、雑草ぼうぼうで廃墟なりに荒れてはいるが、建築材が腐った様子がない。朽ちたというより壊されたように見える。見た目もとても数百年経ったようには見えないのだ。せいぜいが10年程度に見える。
「ストラ。ビビりすぎだろ」
だいぶキョロキョロしてたせいもあって、若干呆れ気味なガタイのいい兄ちゃんはラキ。測定時に1番高く持ち上げた子だ。地元の子で、なんか仲良くなった。
「あなたと違って、慎重なのよ」
いつもフォローしてくれる身体能力トップのヨース嬢。相変わらず黒髪がきれいな美人さんだ。170センチ以上あるでかい2人に挟まれたせいでなおのことちんまりしている私(たぶん150センチないな)。そんなお兄さんからアドバイスだ。
「ラキ。経験上、対抗手段が手に入るまでは油断しない方がいいよ。マジで」
「……お、おう。そうか。そうだな」
ところで、なんで探題からわざわざ業地の中の前線基地に向かうのかというと、探題で想甲兵は動かせないからだ。業地で使う想甲兵は業地の送信動力を使うので、基本的に光の壁の外では使えない。
要するに、近いとはいえサンザノ探題は送信動力の範囲外にあるので、初心者が使うような低出力の想甲兵は動かないのだ。まぁ、アンリのぐらい出力があれば別だが。逆にこちら側――業地に対して陵地という――で使う憲兵や衛兵などの想甲兵は業地では使えない。スマホでいうキャリア違いといった感じだ。
それならクオンも外に出れないのでは? 放置でよいのではないか? と思うじゃん? 厄災後100年近く経ってから、越境可能な突然変異の集団に襲われて文明を完全喪失しかけたりしてるので全く安心できなかったりする。
歩くこと1時間半、朝8時になって予定通り基地に到着。壁面が一部斜めになった洒落た3階建の本館と、小さめのイベントホールっぽい別館の2棟で構成されていた。以前は何かの公共施設だったそうだ。建物周辺は警戒線の関係で整地されて見晴らしはとても良い。ただ、規模の割に閑散としていて動きがない。もっとこう、想甲兵がガシャガシャ動き回ってるようなのを想像してたんだけど、意外と殺風景だ。
護衛の猟兵は、予定通り護衛部隊と交代するようだ。目の端で引継ぎを見ながら、教導官の指示に従い本館入口前に整列する。屋内から速足で出てきた要塞の担当官らしき人物が数枚の書類を確認しながら訓示を始める。
「マリエス要塞へようこそ! サンザノ猟兵教導隊隊長ムナサだ。ここは演習場も兼ねた業地内では最後方の防衛線だ。比較的安全な場所ではあるが、本日より四日間、緊張感をもって搭乗訓練に励んでほしい。では、9時よりに本館1階にて適性書類と本人確認を行う」
教導官に視線を向けて本館に戻る担当官。挨拶早っ!。そういやここの偉いさん全般的に挨拶短いな。いい。とてもいい傾向だ。引率の教導官が後を受ける。
「10分前までは休憩とする。時間になったらここに集合だ。今のうちに荷物は左手の4号テントに運んでおけ! 暫しの我が家となる! ベッドは手持ちの番号順だ。間違った奴と忘れた奴は表で寝かす。以上! 駆け足っ!」
4号テントとやらは20畳ほどあるでかいテントだ。といっても3割ほどは資材が占拠していて、設置してある簡易ベッドは12台。仕切りは特にない。今回先行10人中、女の子は3人ほどいるんだけどな。
というか、ここって習慣的に男女分けないんだよ。探題のシャワールームでも男子数人で使ってると、どかどか女の子が入ってくる。男子は面倒くさそうな感じだが特に照れるような感じはないし、女子からは完全に空気扱いだ。思春期だろうお前ら、もっとリアクションしろよ。一応、男子使用中に女子が入るのはOKだが、逆はNGっていう謎ルールっぽいのはある。
「ストラーっ!」
五日ぶりのアンリの声がする。ネームドの縄張り消滅の影響を警戒して前線に詰めていたのだ。現在、熟練猟兵が交代で威力偵察を行っているそうで、先日アンリの番が回ってきたということだ。
「おかえりアンリ。偶然?」
「急いで帰ってきた!」
すんごいドヤ顔で答えてるけど、後ろで苦笑いしてるの斥候チームの人だよね。
「お疲れ様です。初めまして、同籍のストラです」
「よろしく。ティミュよ。ここ三日でずいぶん貴方の事詳しくなったわ」
赤髪ショーカット、ナイスバディのお姉さんがニカッと笑う。20代半ばくらいか?
「んー、聞きしに勝る美少女顔……。私はリテム・デアスタニー。よろ~」
水色に近い銀髪ロングのお嬢様系。背が高めで若干猫背気味。この人は20代前半? この手の人って世界が違っても姫カットっぽくなるのか。
「ゴホっ。ブグララだ。今から纏装訓練か?」
「はい。9時からです。えー、先日は失礼しました」
この人あれだ。最初に探題寄った時、すごく詳しく解説してくれた怖い人だ。眉が太い上に眉間に皺が寄りっぱなしで怖い。よく見ると刈上げが銀と茶の縞柄だ。歳は三十路前後かな?
「ブグララ。良かったじゃない怖がられてないわよ」
からかうティミュに「言ってろ」と返しながら、背が低い私にしゃがんで視線を合わせた。あれ、この二人年齢近いのか? ブグララさん老け顔?
「……ストラ。最初は手足の長さが変わったようで面食らう。特に訓練用の一〇級想甲(五メートルクラス)は脚が短い。オリノはわざと転ばせて慣れさせようとするが、恐らくストラには合わんだろう。とにかくすり足での移動を意識しろ。浮かず、飛ばず、屈まず、は想甲兵のもっとも基礎的な動作でもある。いいな」
「あ……ありがとう、ございます」
「先輩、めっちゃ語る~」
驚くリテムお嬢様。あきれるティミュ姉さん。話したくてうずうずしてるアンリ。子ども扱いされてむず痒い俺。何とも言えない空気が流れる。
「そ、それで、そっちはどうだったの? アンリ」
「こっちは、北のアグラ……」
「アグスラテン~」お嬢がフォロー
「そう、アグスラテンが少し南下してたぐらいだったかな」
「もう三週になるから目立った移動は終わったと思いたいけどね」
「判断は他の連中が戻ってからだな」
「西は広範囲だし、東はネームドが多ーいから、当面先かしら~」
座学で聞いたな。アグスラテン協調群体。ここから真北30キロほど先に縄張りをもつ6000程のクオンの群れだ。ユニークもネームドもいないけど、殲滅し損ねると残った個体全部が対応進化してくるので耐性をつけないよう放置されている。
その後、時間いっぱいまでご指導ご鞭撻を賜った後、先にサンザノに戻るアンリに、町に預けてある鎧馬(マツ)をお願いしておいた。
集合時刻後は本館で書類と体格の確認がされ、ベルトに金属プレートがくっ付いた装具が頭、胴体、両腕、両足分渡された。事前の指示に従いすぐに装備してサイズを確認。また4号テント前に戻る。
「まずは、ヨース・ノーテカ! 手本を見せてやれ」
オリノ教導官からご指名だ。彼女は経験者なのか。他の教官が3人がかりでヨースの装具に何やら水晶みたいな部品をガシャガシャ取付けていく。自分のを確認すると金属プレートにはレール状のパーツがあり、それに装着しているようだ。
最後はヨース自身で装具の固定状態を確認して、少し離れた地面に描いてある3メートルほどの丸の表示の中央に立膝で座った。
「
「全鎧装受力確認しました!」
「想甲構成!」
「周囲確認!。確認完了!。構成します」
少しの風圧と金属が擦れる様な音と共に、体育座りの金属質感の巨人が湧いた。いや、ほんとにモコっと『湧いた』んだ。そして立ち上がった。あー、さっき聞いた通り全長6メートルほどの手が長くて足が短く……なんというか体格的にはゴリラで、全体的に昭和の丸こいリモコン操縦ロボット的形状だ。
胸部分が丸く膨れているのは中に球状の操縦装置が収まっているからだ。内部での動きがそのままロボに伝わる全身追従型コントロールシステムは、ヨース嬢の場合直径3m近くになる。全長の半分に達する胴体部はほぼその操縦部だ。
教導官の指示でヨースが想甲兵の基本動作を披露する。座って、立って、歩いて、走って、正拳突きから素早い後退。武道の型みたいなものだろう。彼女の淀みない動きに日々の鍛錬が伺い知れる。
訓練用一〇級想甲の構成できる召喚質量はおよそ7トン。ヨース基準だと体長は3.5倍、重量は100倍以上。片腕だけでも1000キロ以上あるというのに、遠目で見てると素手の動きと変わらない。キビキビ動き回る。
世の中には慣性質量ってのがあって、軽いのは動かしやすく止めやすく、重いのは相応に動かしづらく止めづらい。だというのに、自分の腕を動かす感覚で1トンが軽快に動いてしまう。
「やっぱ……すごく危ないのでは」
「当たり前だ。クオンをぶん殴れる唯一の武器だぞ」
ラキが誇らしげに胸を張る。ああ、習ったよ。地球でいうところの銃、砲、光学兵器等々の効果があったのは厄災当初だけだった。クオンは、まるで病原菌が耐剤性を持つように通常兵器を無効化した。その後、数年でここの人たちは総人口の70%を失うことになる。そんなどん詰まりの状況で反転攻勢のきっかけになった想甲兵は人類の誇りなのだ。まぁ、クオンをリバースエンジニアリングして人を乗せたと言われてしまうと、前線が停滞してるのも納得ではある。
程なくして、最後だった俺の番になる。現状、ヨース以外は歩くことすらままならない。ラキに至っては転んだまま起き上がれず強制想甲解除となった。
補助の教官から鎧装を付けてもらい、皆と同じ場所に座り、手順に沿って想甲を起動する。
「周囲確認! 確認完了! 構成します!」
グーンと背伸びするように背丈が伸びた。ゆっくり立ち上がる。さっき立ち上がった拍子にすっ飛んでった子もいたから慎重に。
大柄なオリノ教導官を見下ろす。巨人になったような気分だと周囲を見渡した。右手を目の前に持ってきて、指を開いたり閉じたり。視界的には自分の手がロボの手になったようだ。VRじゃない実体なのに素晴らしい追従性。感動的ですらある。そして、この一〇級は頭と胴体が一体式なのでちょっと心配してたんだけど、頭を振るとちゃんと視界が移動する。見た目と実働は違うようで助かった。
教導官の指示の声が聞こえる。意識すれば指向性が働くようだ。若干くぐもった感はあるが聴覚も良好。安物のヘッドセットよりましだ。指示に従おうと体勢を整えた瞬間、視界が真っ暗になった。
「へっ?」
体と思考が切り離された。ゲームやってたら不意にコントロールが奪われて驚いてたらドラマムービーが始まったってやつだ。なんでゲーム感覚かって?
今、目の前に惑星──恐らくこの星──と、その表面を規則的に周回する多数の人工衛星の映像が表示されてるんだ。待ち望んだブリーフィングではあるが、タイミングが不味い。教導官に強制解除されなきゃいいけど。
お構いなしにムービーは続く。巡っていた衛星はどんどん減っていく。あるものは落下し、あるものはたぶん共食い整備のせいで。画面上のマイナスの数字がプラスになり、それが『6』を通過して暫くすると、この星は氷漬けになった。
色々な感情でドン引きして見てると、見覚えのある北西海岸の巨大都市構造にズーム。地下マップに遷移すると『首都思考核 自在体』とラベルされた物体に、なにやら追加表示された。
『全滅危惧時特例法 発行第3回 1ノ15に基き思考核ラーラが発令
私は半目になりながら、金額の欄が抜けてるんですけど……とか考えていた。
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