第5話 研修期間無給
ここに来て、もう7日になる。昨晩も地球の夢を見た。差し当たり、死んではいないと思わせる意図があっての事だと納得することにした。当面の課題として、
さて、現在先日立ち寄ったサンザノ探題にいる。ここって最前線だと勘違いしていた。実際は後方の司令部兼物資集積場的な施設らしく、本来の前線基地は例の光の壁の向こう側にある。本日もアンリはそっちへお仕事だ。
事の始まりは一昨日。いつもの早朝訓練の時だった。相変わらず振り回される理不尽な質量に少し違和感を感じたときの事だった。
「アンリのって、今どのくらい出てるの?」
「どうだろ。ここ汽力域だし……」
「きりょ……汽力域?」
「業地と陵地の伝送なんとかがケンカする場所?」
なぜ疑問形。伝送エネルギーが干渉して打ち消しあってるという話だろうか。怪物の領域(業地)と人間の領域(陵地)で伝送エネルギーの周波数的な何かが異なるのか? それともスクランブル的な何かだろうか。
「じゃぁ、それって業地専用?」
「うん。ここだと全力の2割くらい。もうちょっと離れたら使えなくなるかな」
アンリが使ってるのは業地用ということか。ちなみに後で分かったが、あの光の壁から内外5キロメートルほどが汽力域ということだ。想甲の出力は5割以下に落ちる。光の壁は干渉縞ということで間違いはなかった。
アンリが少し動くと、虚空に浮いた巨椀からギッギッと金属が僅かに軋むような音がする。実際、金属的な質感だし、動いていると大きさに見合った質量を感じる。これで2割なのか。へー汽力域ねぇ。
「ちょ、え?、助けてくれた場所って全然全力出せない場所じゃん!」
「あー……。半分は出てたし、片方ずつ出したからなんとかなった」
「知らない人なんか放っとけばよかったのに」
「ダメだよ。ストラ死んじゃうじゃん。8期は早いよ」
アンリはニコニコ笑っていたが、だんだんと怪訝な表情へ変わっていった。あきらかに何かまずい事を思い出した顔だ。
「アンリ。なんか思い出したの?」
「あー……。ストラごめん、ほんとごめん」
「え、なに。怖いから話して」
「同じ歳にしたの」
「ん?。歳って年齢?」
「同じ歳がよかったから、同じ歳にしたの」
ふむ。俺の年齢ってアンリが決めたのか。彼女ずっと><な目してる。
「なんか、まずかった? とか?」
「8期から兵役あるの。忘れてたー」
「へ・い・え・き?」
くそ、ひらがなにしてもちっとも日常感出ない。そりゃ、現在進行形で戦争してるんなら不思議はないが……兵役かぁ。え? 軍隊に入るの俺?
「アンリも?」
「私、志願したから6期で済ましてるし、うっかりしてた。どうしよう3半期までだから、あと4カ月」
「締め切りあるなら、さっさと済ませたい。期間は? 場所どこ?」
聞けばここトロラ王国には男女とも兵役義務があるらしい。8期(16歳)になったら6カ月以内に3カ月間の「3等兵役」に、さらに12期(24歳)までに2期(4年間)の「2等兵役」に就く必要がある。
アンリは翌日には諸々手続きを終えていた。近場の探題には無理が効くってんで最速の日程で捩じ込んできたんだ。まぁ、近くてよかったよ。通える距離なので寮に入る必要もなかったし。
というわけで、探題の講堂で担当者から説明を受けている。周りには同じ年嵩の子ばかり数十名。男子27名、女子42名。今から最初の兵役が始まる。
今回は適正を見て、その後は体力と学力の基礎訓練。なお、無給だ。もう一度言う。無給だ。まぁ、要するに今回はお試し期間ということだ。
壇上では軍の制服着た神経質そうなおっちゃんの手慣れた説明が続く。軍人というより公務員といった風情がある。
「トロラ王国建国以来、コスコット区が解放した陵地は6つに及び、全汽力線地区では王都に次いで単独2位の実績を誇る。特に、ここサンザノは、そのコスコット区でも最前線の探題だ。現在、隣接する旧領アケルドに対し72キロ浸透し、隣接するルキルシア探題と共に討伐したクオンは133万8千に達した。わが探題は……」
もっと勇ましい感じかと思ったら、忠誠心を煽るような事もなく、犠牲を賛美するような事もなく、実績と安全性を中心に話が進む。なんか会社説明会みたいだ。といっても兵役4年間の生存率は78%。これでも良い方だっていうのがやっぱり厳しい。あまつさえ、後ろで「爺さんのころから
教導隊責任者の話のあと、実際指導する教導官に引き継がれた。筋骨隆々の坊主頭で顔に目立つ傷がある絵にかいたような強面軍人のおっさんがオリノ教導官殿。その隣で書類を纏めてるショートボブのバリキャリ風のお姉さんがキールス教導副官殿。
「今日は基本的に身体能力と
さて体力測定といってもプランクっぽいやつ3分とか、懸垂50回とか指定された回数か時間をこなすだけだ。最低限のラインがクリアできてるか見るだけなのでスムーズに進む。ここの子らは基本スペックが高いらしく落伍者はいない。何より問題なくクリアする自分に驚く。元の体なら懸垂10回できるか怪しいもんだ。
そして今『だいたい100メートル走』を終えたところだ。……うん。間違いじゃなければ、7秒台後半。走り始めで速さに驚いてペース落としてしまってこのタイム。これで5位なんだ。1位は6秒台だ。
なるほど、アレから逃げ切ったのは純粋に自分の脚力だったのか。今の程度なら息も切れないとかチートレベルの身体能力だ。女子でも当たり前のように100メートル10秒切ってくるこの世界でも十分上澄みのようだ。
「途中でずいぶんペースが落ちてたけど、走り直さないの?」
ふいに同期の女子から声をかけられた。1位だった子だ。タッパあるな。170くらいありそうな、お下げで細身の子。目が切れ長でクール系の美人さんだ。黒髪単色は珍しい。
「やめておきます。走り方知らないので、あんまり変わらないと思います」
「そう。私ヨース。よろしくストラさん」
「よろしくヨースさん。えーっと、どこかでお会いしましたっけ?」
「ここが地元ならだいたい知ってるんじゃないかしら? アンリさんの相方でネームド討伐者なんだから有名人よ。あなた」
こっちは逃げてただけで……と言いかけて、長年対応してきた地元の事を考えると変に卑下するのも違うだろう。
「……ほんっとに、運がよかったんです」
「そ……そう。大変だったのね。個人的にも感謝してるわ。ありがとう」
当時がフラッシュバックして感情がこもってしまう私に、ヨース嬢はにっこり笑って礼を言うと、5人ほどの地元の集まりに戻っていった。地元の子たちも私に手を振っていた。どういう返しをすればいいのか分からず、挙動不審にならないよう小さく手を振るに留めた。
「体力測定の終わった者から適性の測定を行う!。今回のはあくまで基礎値の測定だ。がんばっても鐘は鳴らんぞっ!」
オリノ教導官が声を張り上げる。彼の持ちネタなのか、ここのお約束なのか。皆が微妙に笑ってる。ただ、ロボ操縦は人気があるのか、一部かなり張り切ってる連中(主に男子)がいるのも事実だ。私はというと「鑑定の儀だこれっ!」などと益体のない事を考えていた。
この
測定は背筋力計みたいに台に設置されたレバーを引き上げるのだが、台に乗った自分ごと持ち上げるというカートゥーン・アニメみたいな不条理な結果を要求される。ここの理屈的には想理という謎原理を使用して自分の足元に新たに台を作るという単純な試験だ。測定装置もそれ用に調整されている。要するに力ではなく、自分を押し上げる、成長する土台をイメージする事が重要だ。
測定会場でわっと声が上がる。割とガタイの良い男子が測定台を1メートルほど持ち上げた。1分ほどかかったので力んだのか顔が真っ赤だ。「っしゃーっ!」と気合の入る同男子。囃し立てる取り巻き。教導官は騒ぎを嗜めはするが強くは言わない。
なぜか隣でヨース嬢が苦笑いしながら、表情で私に同意を求めてきた。いちおう愛想笑いしといたが、どっちかというと私もあちら側です。すいません。
なお、私の時は台がすごい勢いで伸びたので、トランポリンみたいに吹っ飛んだ。幸い着地点に誰もおらず大事にはならなかったが、結構な高さからヒーロー着地を披露する羽目になった。心配して駆け寄ったヨース嬢に「あぶないよこれ」といったら、すごい微妙な顔された。ちなみに男子にはめっちゃうけた。
「おー、エボナ見たか。アンリより飛んだんじゃねーか?」
「オリノ教導官、まだ仕事中ですよ。そうですね。飛びましたね」
「あー、エボナ・キールス教導副官。他の数字はどうだ」
「効率67、精度22が少し低いですけど、生成密度、速度とも申し分ありません。……応答速度あたりはベテラン並みですね」
「正直、この状況下だとありがたい」
「だめよオライレ。ちゃんと手順は踏んで」
「まだ仕事中だろ? まぁ、善処はするよ。前向きにな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます