第4話 事業所が決まる

 アンリの家をあとにする。おそらくこれで見納めだろう。


 彼女の家は、昨日寄ったサンザノの外れにポツンと建っていた。薄っすらとオーロラのような壁が数キロほど先に見える。あの奇怪な化物のいる「業地」の間近ということだ。アンリにすれば職場が近いとはいえ、あいつら氾濫とか大繁殖とかしないんだろうか。


 鎧馬(マツ)が引く荷馬車で移動すること二時間。道がきちんと整備されていたので、ロバ程度の大きさの動物でもそこそこの距離移動したのではなかろうか。気温もこちらの秋口程度で湿度も低い。赤道付近と聞いていたので相当の覚悟をしたが、確かに過ごしやすい。


 遠くの陽炎に混じってキラキラと何かが反射している。よく見れば緩やかな丘陵地にびっしり白い箱が張り付いていた。例の規格住宅だろうか、のっぺりとした巨大な板みたいだ。

 御者台のアンリから案内があるかと思ったが、彼女は黙ったままだ。実はアンリの家を出てからほぼ会話がない。何かやらかしたようだ。まぁ、どの道一時的な出会いだ。変に情が移ると俺がつらいし良しとする。

 

 城壁があるわけでもなく、門番に止められることも無く町に入った。町の規模はけっこう大きい。ここの住人も教会の服みたいな装いだ。ただ出歩く人はあまり見なかった。まぁ、真っ昼間だしね。


 しばらくして一般住宅を4×4して2段重ねた大きな建物に入る。上に重ねたのは初めてだ。さすが大きな町の役場といったところか、敷地もかなり広い。案内標識を見るに、ここは「3区イージモ・ディウ役場」。意味合いが翻訳されないので固有名詞のようだ。


「手続きしてくるねっ!」


 アンリは軽快に荷馬車から飛び降りると役場の玄関に向かう。

 だが何か思い出したのか、立ち止まって声を上げた。伸び上がって手を振る。


「ストラ! そこから動かないでねっ!」


 俺は手を上げて返事をする。彼女はにっこり笑って建物に入っていった。

 急に機嫌が良くなった。まぁ、一仕事終えた訳だし。気は楽だろう。


「さて、どこにドナドナされるのやら……」

 

 俺は荷馬車を降りてトボトボ歩いてみた。

 動物を交通に使ってる割りに道は綺麗だn……

 

 「え?」

 

 普通に車が横切った。本当に普通に車。車輪が四個。家と違って丸こくて可愛い。なお、エンジン音はしなかった。なぜにアンリは馬車なのか?。年齢制限?。あ、信号とかないしそもそも普及してないのか。


 もう少し移動したかったが、アンリから動くなと言われている。役場に戻ると分厚い壁の窓を眺めた。


「普通だな……中は、ほぼ見えない」


 なんとなくガラスに映った華奢な体に焦点を合わす。栗色の緩いウェーブのかかった髪は腰まである。コーカソイドな肌。小めの顔に桜色の頬と唇。前髪は伸びっぱなしで目がほとんど見えない。


「眉毛つながってたりしてないよな」


 ひょいっと前髪を上げたら、美少女がいた。いや、息子は……ある。男だ。深い深い緑色の大きな瞳。長い睫毛。整った目鼻立ち。太めで優しげな眉。絵に描いたようなお人形さん顔だ。ガラスに映った美少女(♂)は困った顔になった。


「……うわー、俺、TS系の変身願望とかあったっけ?」


 俺という物言いが全然似合わない声。派遣主かみさまの都合とは思うが……ゲームのキャラクリでも基本的にムキムキオヤジ方向なので、気恥ずかしい事この上ない。この斜め上からの辱めに悶絶しそうになってたら、アンリがガラスに映りこんでいた。

 

 彼女の目は獲物を見つけた獣の目だった。

 俺はちょっと涙目になった。


 書類持ったアンリに連れられて入った場所は、見知った役所のそれだった。フロアを仕切るように並べられた背の高いカウンター。その向こう側では、やっぱり教会のローブ姿みたいな人達が働いていた。

 日本の田舎の町役場そのものの雰囲気を漂わせながら、職員は全員聖職者風。なんというか、後一歩何かが足りないもどかしさ。

 じっくり観察したい所だったが、手を引っ張るアンリに促されて閑散としたフロアを横切る。十ほどある窓口のうち受付しているのは三つ。その中の「外交・他」と表記された一番は奥のカウンターに移動した。

 

 受付のおっさんは、俺に一瞥くれると渋顔をアンリに向けた。

 

「アンリ。ほんとにいいのか? ヒズヤが手配したと聞いたが」

「はい。自分で決めました。大丈夫です」


 おっさんは溜息をつきながらカウンターに20cm角の板を置いた。手形が描かれているところを見るに、何かしらの認証機器と思われる。掌をアンリに見せると、彼女は首を縦に振った。

 機械に手を乗せるとニィィと粘っこい確認音。と、同時におっさんの手元の装置からカード状の何かが吐き出され、それをまた別の機械に差し込む。数秒ほどで出てきた。また別のカードをおっさんが差し出す。俺はというと、これあれだ冒険者ギルドカードの発行イベントだ、などと益体も無い事を考えながら受け取った。

 

 荷馬車に戻るとアンリは書類の写しを見せてくれた。彼女は機嫌よく、これからの事を話していたが、途中看過できない内容があった。


「ストラの世話人になったから、これから一緒に住むよ」


 ちょっと待て。今ならまだ修正可能だ。たぶん。彼女の勘違いを正しておく。


「男なんだけど」

「?」

「だから男なんだけど」


 俺は上着をめくって、肌着の上からうっすい胸板をぺちぺち叩いて見せた。

 アンリは書類の写しを持ったままキョトンとした顔をした。


「知ってるよ。上着脱がしてベッドに寝かせたんだから」


 と、にぱっと笑った。


「まじですか」


 倫理的に多少思う所もあったが、ここの倫理観は知らないし、派遣主からの忖度を感じないでもないので、ここは運命に従おうと思う。いや、正直に言おう。またいちから人間関係構築とか、マジで勘弁してほしい。そもそも、この子みたいな良い子に当たる気が全くしない。



 ◇



「ストラっ! こっち!」


 上機嫌なアンリに連れられて、必要な日用品やら服やら食材やらを購入。お金はいいのかと聞いたら、落子の世話人には支度金が出るから大丈夫だといわれた。


 市場から荷馬車に戻る道すがら、改めて通りを観察する。道行く人は女性ばかりだったような気もするが、自分の姿を思うに見分けがついてないだけなのかもしれない。地球人類との違いと言えば髪の色。七割くらいの人がメッシュ入り。縦や横縞がほとんどだけど、ぶちの人もちらほら。染めているのかと思ったら地毛だった。白髪交じりとかのレベルではない。地毛でナチュラルに三毛猫状態なんだ。


 なんとなく自分の髪も確認してたら、床屋に連れて行かれた。腰まであるんで、ばっさり行きたかったがアンリと床屋の店員に猛反対された。


 さて、散髪中暇なのはどこの世界も同じだ。手慰みに自分の身分カードを眺めていた。クレカより一回り小さい樹脂製で少し厚目。裏面右側に的のような3重丸のマーク。それ以外は文字枠と文字のみの極々シンプルな白いカード。


 名前:ストラ・マトス

 生地:現発 生年139:5月6曜 年齢:8期2月

 種別:丙

 同籍:アンリ・マトス

 世帯主:アンリ・マトス


 あ、姓が付いてる。養子かな? 扶養家族扱いみたいだな。で、年齢が8期2月って16歳くらいか。もうちょっと若いと……中学生くらいかと思ってた。

 特に落子だのの記載はない。役所での感じだと、手続き次第で俺は公共機関に回収される予定だったと思われる。一般人がいきなりろくに喋りもできない育った人間押し付けられても普通に困るよな。巫女とかいってたけど……なんだろ、落子さまは今は役に立ってない。そんなところか。こりゃあれですね。なんか送り込むには目立たなくて良い方法ですね。


 そして『世帯主:アンリ・マトス』。どう考えたらいいんだろう。独立して一人世帯なのか? ……まぁ、ここは安全な世界じゃない。詮索はやめとこう。


 あと散髪してるおねーさんが種別「丙」ってのは非課税者って事だと教えてくれた。やっぱりそうか。なんかとても人権が蔑ろにされてそうな種類だ。早いとこ「乙」以上にしといた方が良さそうだ。


 カットが終わるとモコモコで量の多そうな髪だった。長さは背中ぐらいで揃え、前髪は眉下ぐらいで梳いてもらった。


 うん、我ながら可愛い。俺がヒロインだっ!。

 アンリ、お前はヒーローだ。俺を養えっ!。

 はははは、は……ちょっと泣けてきた。



 夕方遅くに家に帰り着いて、家に荷物を運び込む。街灯なんか全く無いのに妙に外が明るい。昨日は寝てしまったから気が付かなかった。

 もうね、すごいのよ空。でかいよ、めちゃくちゃ、でかいよ天の川! まだ夕方だってのに空の半分が天の川。洪水だよっ!。


「天の川……きれい……」

「アマノガワ?」

「え? ほら、あれ。星が空に流れる川みたいに見えるから……天の川」

「空に流れる川か……、大洪水だね」

「ははは、うん、そうだ」

 

 俺は玄関で居住まいを正してアンリを見る。

 彼女は何か察したようだ。そそくさと家に入る。


「これからよろしく」

「はい。お帰りなさい」

「た、ただいま」


 しばらくお世話になります。

 なるべく早く派遣主見つけて、そんで自立目指して頑張るよ。


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