第13話 6分の1スケール、アリス様フィギュア


 謹慎という名の監禁生活3日目。

 魔王は仕事で不在だ。俺は部屋から出ることを禁じられたため、やる事がなく、ひたすら魔王室の掃除をして日がな一日を過ごしていた。

 モモの場合はもっと酷い。実際に牢獄に入れられているらしい。少し可哀想な気もしたが、あいつのキス顔を思い出したら、モモへの同情は跡形もなく消し飛んだ。


 ひたすら掃除、と言っても1日目にほとんど完璧に掃除してしまい、2日目以降は軽いほこり取りくらいで終わってしまう。


 仕方がないので、俺はアリスにおねだりして、フィギュア用粘土と道具を調達してもらった。これで6分の1スケール、アリス様フィギュアを作るのだ。これにより魔王アリスへの忠誠心をアピールする魂胆だった。

 足に口付けをしてさえ、俺の忠誠心——偽物ではあるが——はイマイチ伝わっていないようだったから、もう形に残る物として捧げようと思ったのだ。

 それにフィギュア作成は楽しい。時間があっという間に過ぎる。


 俺は、作りかけのアリス様フィギュアを逆さにひっくり返して細部の仕上げに取り掛かっていた。


(もう少しで完成だ! おっとここももう少し削っておくか)


 完成間近にしてテンションが上がっていた俺は、固定台に逆立ちするように固定しているアリスにだけ目を向けていたため、周りをよく見ていなかった。俯いてフィギュアを見ていたから、特に頭上などは隙だらけだったはずだ。


 もう完成、という時だった。突然、天井付近に神聖な力を感じ、頭上を見上げる。すると、丁度神聖力を纏った白い矢が1本降って来るところだった。

 避ける間もなく、矢は逆立ちする6分の1スケール、アリス様フィギュアのお股に挿入された。というか、ぶっ刺さった。


「あァァァァアアアア?!」


 攻撃された危機感よりも、6分の1スケール、アリス様フィギュアを非処女にされた喪失感が勝り、俺は声をあげる。心を怒りが支配するのに1秒もかからなかった。


(どこの誰かは知らないが…………許すまじ!)


 ふと矢を見ると、何やら書が括りつけられていることに気が付く。

 俺は怒りのあまり、それを破り捨てたいくらいだったが、犯人を特定しないことには復讐も果たせない。怒りでわなわな震える手で書を開いた。


 


『ダニエル様。


 必ず助けに伺います。もう少しご辛抱ください。次の新月の日にあなたのもとに飛びます。可能であれば屋外にいてくださると助かります。


          聖女マリー・クラネド』



 

 聖女…………だって?

 マリー・クラネドならばよく知っている。村に時々来ていた商人の子だ。確か15、6歳くらいだったか。マリーの親が商談でいない時、一人で村をぶらついていたので、珍しい植物や動物、ちょっとした弱い魔物の討伐なんかをして一緒に遊んだものだ。懐かしい。


 だが、彼女が聖女だなんて話は聞いたことがない。

 聖女といえば、勇者と並び立つ程の伝説級の『才覚』ではないか。いや、もはや『才覚』なんて次元ではない。『使命』と言って良い。



 というか、文面にあった『飛ぶ』ってなんだろう。

 矢が突如現れたことを考えれば、ワープ的な方法で飛んで来る、ということを言っているのだろうか。

 もしこれが本当にワープという意味であったなら——人間にそんな真似ができるとは信じられないが——かなりヤバい。

 上手く逃げられたとしても、俺が魔大陸から姿を消せば、『停戦』の約束はご破算だ。再び戦争が始まる。

 そして、逃げられなかった場合——これが1番最悪だが——マリーが魔族に殺される。


 それだけは絶対に避けたい。マリーは良い子なんだ。クリスタルリザードのうんこを「これダイヤモンドだよ」と嘘こいて渡したら泣いて喜ぶくらい騙されやすいアホだけど、良い子なんだ。本当に商人の娘かよ、って思うほどポンコツだけど。


 とにかく、次の新月、俺は極力1人で外にいて、いつ現れるのかも不明なマリーを捕まえて説得し、誰にも気付かれずに人間の大陸に返すしかない。なかなか難易度が高い。


 (くっそ、マリーめ。面倒なことに巻き込みやがって……!)


 俺は苛立ちながらも、6分の1スケール、アリス様フィギュアから矢を引き抜き、開いてしまった巨大な穴を補修し始めた。

 アリスが帰ってきたのはちょうどそんな時だった。

 突如、魔王室の扉に常時浮き上がっている封印術の魔法陣が回転しだした。封印が解かれる。つまり、魔王アリスのご帰宅である。

 俺は即座に手を洗ってから、綺麗なお湯が入った器、タオル、そして石鹸を用意して、扉の前に跪く。


扉が開き、アリスが入って来た。「ただいまぁ」


「お帰りなさいませ、アリス様」俺は跪いたまま、頭を下げる。


「もォ……そういうのいいって言ってんじゃん」とアリスが呆れた顔を俺に向ける。だが、この言葉を表面通りに受け取ってはいけない。俺はアリスに忠誠心をアピールして、早くこの謹慎と言う名の軟禁を解除してもらわねばならないのだ。


 アリスは異空間に手を突っ込んで、椅子を取り出し俺の前に座ると、気まずそうに俺から目を逸らした。そして、少し顔を赤らめ、「ん。いいよ」と足を俺に差し出すように向けた。


 俺はアリスから靴を丁寧に脱がせ、靴下もくるくるとまくるように脱がせる。アリスの足から甘い女の子の匂いと汗の匂いとが混ざって空気に滲む。が、それは不思議と不快な匂いではなく、無理やりに押さえつける俺の中の野獣の如き性欲を奮い立たせるような香り。気を抜けば息子が立ち上がりファイティングポーズを取り始める。忠誠を示している最中に欲情するなどもっての外だ。俺は必死に何度でも立ち上がる息子を押さえつける。

 俺がタオルをお湯で濡らしてアリスの足を拭こうとすると、


「き、き、キキキス……し、しても…………いいんだよ?」


 とアリスがどもりまくりながら言う。

 言ってから顔が耳まで真っ赤になって俯いた。というか、何故さっきから全部俺がしたがっているようなニュアンスで言うのか。分からん。

 俺がアリスの足にそっと唇をつけ、ちゅ、と湿った音を鳴らすと、アリスは顎を上げて「ん」と小さく声を漏らした。


 あの日、俺がアリスに「忠誠心を証明しろ」的なことを言われて行った『足に口づけ』を何故かあの日から毎日強要されていた。いや、魔王アリスの言葉的には「したかったら、してもいいよ」といった具合だが、そう言われて断れば俺の忠誠心が疑われる。だから、これは実質、強要されているのも同じだった。何度も屈辱を与えられながらも、抵抗することは許されない。

 


 口付けの後で、丁寧にアリスの足を濡れタオルで拭く。くすぐったいのか、アリスはぴくぴくと時折小さく跳ねた。

 足の指の間にタオルを沿わせると、アリスはビクッと肩を跳ねさせて「ひゃぃ」と変な声を出す。俺がつい無意識に顔をアリスに向けると、アリスは涙目で俯き「……何でもない」と赤い顔を一層赤らめた。


 アリスの足を綺麗にし終わり、俺がタオルや器を片付けていると、「何これ」というアリスの声が背後にから聞こえる。俺が慌てて振り向く。アリスのその手には6分の1スケール、アリス様フィギュアがガッチリと握られていた。


(しまったァァアア! 片付け忘れてたァ!)


俺としたことが。せっかくのサプライズだったのに。

こうなっては致し方ない。本当は完成品を捧げたかったが——。


「これは魔王アリス様の偉大さを讃えて作成した6分の1スケール、アリス様フィギュアにございます」

「なにそれ……死ぬほど嬉しくない」とアリスが顔を顰める。


 なん……だと?!

 俺の技術を惜しみなく注ぎ込んだこの最高傑作が嬉しくないだと?!


「ま、待ってくださいアリス様! これはまだ未完成なのです。確かに股のところに訳あって通常よりも大きな穴があいてしまっておりますが——」

「——つ、通常よりもとか言うなし」とアリスに肩をはたかれる。まだご立腹なのか! ヤバイ、挽回しなければ!

「だ、大丈夫です! この程度の穴であれば、こう補修材を塗りたくって、穴を埋めれば」とハケで6分の1スケール、アリスフィギュアの股を丁寧に撫であげていく。


 アリスは何故か自分の股を手で隠すようにしてふるふる震え、「また別の性癖かよぅ……」と涙目で呟いた。


 何かとんでもない誤解が生じているような気がする。

 結局完成した6分の1スケール、アリス様フィギュアは受け取ってもらえず、何故か謹慎期間は1日増えた。



 ————————————————

【あとがき】

ラブコメ回が続いていますが、次回こそ、いい加減ストーリー進めます。笑

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