第12話 フェチ

【アリス視点】


『お前がいないと俺は詰む』


 その言葉が向けられたのはウチではなかった。一番その言葉を求めているのはウチのはずなのに。一番ダーちゃんを必要としているのはウチなのに。

 だけど、ダーちゃんが必要としているのはウチではない。


 モモ。


 その事実を受け入れられなくて、ウチは目眩でクラクラっと、近くの本棚にもたれた。

 その時に腕が当たり、本棚の本が何冊か落ちて音を立てる。


 (あ、やば)


 案の定、ダーちゃんとモモは不思議そうに落ちた本を見つめていた。

 ウチが使った魔法——存在の消失ディサピア パーソンはウチが触れている間に生じた音の全てを周りの者は感知できない。

 だけど、手から離れたものは別。

 ウチが本棚にぶつかった音は認知されないケド、それによって落ちた本が床にぶつかる音は普通に聞こえちゃう。

 ダーちゃんは明らかに不審がっていた。

 ——が、


「風ですね」


 モモがアホの子で良かったァ!

 味方だとすっごくウザいけど、敵だと感謝しかない! マヂあざまる! モモのアホみはまぢレベチ!


 ダーちゃんは首を捻りながらも、一応は『風』ってことで、納得したようだ。流されやすい。ダーちゃんの今後が心配になる。


 ウチはダーちゃんとモモが仲睦まじく戯れ合うのを眺めた。無意識に奥歯がギリギリと音を立てる。ダーちゃんはモモを抱き寄せて顔を布で拭いている。多分『モモ、朝食のパスタのミートソースが口に付いてるぜ』『いやん、恥ずかしいわ』『顔あげろ。俺が拭いてやる』とかそんな感じのやり取りをやっているのだろう。許せない。


「そんな熱々あちゅらちゅな会話聞きたくない!」


 気がつけば、近くにあった本棚をぶん殴っていた。

 エグい破壊音が鳴ったが、存在の消失ディサピア パーソンの効果で、ダーちゃん達は気が付かない。


(やばば……! まぢ危ないABNじゃん!)


 ダーちゃん達からしたら、知らぬ間に本棚が音もなく破壊されているのだから不自然もいいところだ。今バレてなくてもいずれバレる。そしたら、存在の消失ディサピア パーソンで隠れていることまでおそらくバレる。

 それならば——


 ウチはひん曲がった本棚を手で押してあえて倒した。


(これで良し。これで、この本棚がひん曲がっているのは倒れたせいになる)


 案の定、ダーちゃんは怪しんでいたが、モモの「風ですね」にまた流されていた。





 


 

 問題はこの後だった。

 こともあろうか、ダーちゃんとモモは抱き合ってキスをしようとしたのだ。ウチの目の前で。


「ダーちゃん……」


 涙が滲み、声が震える。

 ウチの全てを否定されたような、生きる意味をなくしたような、耐え難い絶望で、ウチの思考はまたたくまに黒く塗りつぶされた。

 そこから先の記憶は残ってない。




 


 ♦︎

 




 

 意識が尋問室に繋がった。

 ハッと気が付いた時には、目の前に拘束されたモモがいた。ウチの手には鞭が握られていた。


「んぅー! んんぅー! ですぅ!」とモモが猿轡さるぐつわを噛まされ言葉にならない呻きを発すると、「なんで口塞がれてんのに『ですぅ』は流暢に発音できるんですかねぇ」とモモの隣に座るダーちゃんがツッコみを入れた。

「んんぅう! ダーちゃんさんだけ、拘束されてなくてずるいですぅ! 不公平ですぅ!」

「だからなんで喋れんの?!」


 モモとダーちゃんはウチなんかアウトオブ圏外で2人だけで夫婦漫才を始める。


「また性懲りも無くウチの前でイチャついて……」


 涙で視界が歪む。鞭を握る手に自然と力が入る。

 モモは舌をドリルにして猿轡さるぐつわを切ると、「待ってください! 誤解です、魔王様!」と叫んだ。

 何が? と目だけで先を促すと、モモは「モモがこんな童貞丸出しの人間好きになるはずないです」とすかさず弁明を口にする。

 だけど、ウチの心のモヤは一層濃さを増す。


「ねぇ、なんで童貞だって知ってるの……?」

「ひぃいい! ち、違うんです違うんです! 童貞ってのは、冴えないキモ野郎ってことで——」モモがまたも慌てて釈明する。

「冴えないキモ野郎って…………ひょっとしてダーちゃんのこと言ってるの?」


 頭の中が赤黒いモヤで覆われ、少しずつ思考を奪われていく。代わりにもうどうなっても良いような自暴自棄な憤怒が心を占める。


「ぃひィィィイイ!」


 もうぶち壊してしまおうか、と拳に力を込めた時にダーちゃんの声が聞こえた。


「アリス様! 聞こえますか、アリス様!」


 仄暗い視界の中で、右手が温もりに包まれるのを感じる。すると、右手から右腕、右肩、と優しい温もりが広がっていった。

 黒いモヤもじんわりと空気に溶けるように消えていき、心が晴れる。

 目の前にはウチの手を両手で包み込むように握るダーちゃんがいた。

 

「アリス様……」とダーちゃんは眉尻を下げて心配そうにウチを覗き込む。「大丈夫ですか?」


 ウチは既に半分ダーちゃんを許してしまっているチョロい自分が悔しくて、プイッと目を逸らした。ただ右手は何か勿体無くてダーちゃんの手を握ったままにしていた。


「アリス様……どうか機嫌を直してください」ダーちゃんは困った顔でウチの手をさらにギュッと強く握った。


(やばばばば! 幸せ充実シア充過ぎて鼻血でそう)


 だけど、やっぱりこんな色仕掛けで丸く収めるのはしゃくで、目を逸らしたまま、頬を膨らまして抗議を示す。


「ダーちゃん……モモとキスした……」

「し、してません! ギリギリです! ギリギリ襲われる寸前でした!」とダーちゃんが真剣な顔で弁明すると「モモを痴女みたく言わないでくれます?」とモモが横から口を出す。

「そ、それに」とダーちゃんが付け加える。「モモの顔を見たでしょう? あのモモのキス顔を!」


 何やらダーちゃんは『これを言えば全てが解決』みたいな空気を醸し出して言う。

 ウチはタダでさえ好きぴの矢◯化ヤグりでショックを受けていたんだから、泥棒猫のキス顔を正面から眺める心の余裕なんてあるわけが無い。


「モモのチュー顔なんて見たくもない!」と顔を顰めてみせる。

「分かります」とダーちゃんが同意すると、

「おいこら泣くぞ、です」とモモがやっぱり口を挟む。


 ダーちゃんは尚も「ですが、チュー顔ではなくキス顔です! あのふざけ切ったキス顔!」と訳の分からないことを熱弁している。

「ちょっと何言ってんのか、分かんない」

「アリス様が言っていい言葉ではないィ!」とダーちゃんは頭を掻きむしる。さっきからダーちゃんの言動が意味不イミフ過ぎる。


「と、とにかく!」とダーちゃんが強引に舵を切る。「俺がアリス様を裏切ることなど、絶対にあり得ないです!」


 ダーちゃんが真剣な眼差しをウチに向ける。カッコ。好き❤︎

 いやいやいや、だめだめ! こんな甘やかして将来付き合った時に『アリス様なら浮気しても許してくれる』とか思われたら困る。

 ウチはとりあえず落ち着くために、アイテムボックスから椅子を取り出して、ダーちゃんの正面に置いてから、ゆっくりと椅子に腰掛け、足を組んで、なるべく険しい顔を作った。

 びくびく、泣きそうな顔をするダーちゃんがきゃわたん過ぎてつい頬が緩みそうになるが、心を鬼にしてダーちゃんを見据えた。


「なら、証明して」


 ウチへの一途な想いを今ここで——モモの前で——証明できるなら、もう許そう。ダーちゃんを信じよう。

 愛の告白でもいいし、キスでもいいし、ハグでも……まぁいいでしょう。

 てか、キスだったら、さりげウチ前世含めて初チューなんですけど! やばい! 緊張してきた! 舌は? べーするの? しないの? 角度は?! 鼻ぶつからん?! 超恥ずかしいチョッパズ〜❤︎


 ドキドキと心臓が騒ぎだす。

 ダーちゃんは覚悟を決めたのか、ウチに1歩近づいた。


(やばばばばばぁ! 目つむるの?! それともガン見?!)


 ウチはパニクリながらも、とりあえず目を固くつむる。唇は自然に、唇は自然に、と念じるが、どうしても少し尖る。

 ウチはダーちゃんの唇が来るのを待ったが、一向に来ない。

 あれ? と思って目を薄ら開けたら、ダーちゃんはウチの足元に跪いていた。


 そして、おもむろにウチの足——パンプスの大きく開いた足の甲に顔を近づけ、口付けをした。




(ちょォオ?! だ、だめぇええ! ちょ、マヂ臭いからやめてェ! 汗かいたから! ウチさりげ汗っかきだからァ!)



 ダーちゃんはそっとウチの足から顔を離し、長い長い口付けを終えると「どうですか?」と訊ねる。



(いや、どうですかじゃなくね?! 感想訊ねるなし! いや、ぶっちゃけ話ちゃけば興奮したけど?! したけど、そんなん言えるわけなくなくなくない?!)






「てか、なんで足……」

「俺の想いの全てを示せると考えました」となぜかダーちゃんはドヤ顔を見せる。


 ダーちゃんの想いの全て=足にキス……。

 

「足フェチかよぅ……」と口をついて出た呟きは、しかし、ダーちゃんには届かず。不思議そうな顔をされた。


 


 ————————————————

【あとがき】

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