第9話 好きピなの?
俺と魔王アリスは夕食時の忙しいキッチンの一画を魔王権限で特別に借りていた。
慎重に食材を選び、包丁を入れる。この時、手慣れ感を出そうと速く乱暴に切ってはいけない。適度な大きさ、食べやすい形に丁寧に切る。
何を作るにもまずは出汁。昆布の茹でる時間を見誤ってはいけない。俺はじーっと昆布を浸した鍋を見つめる。
そして、その隣でしゃがんでキッチン台に顎を乗せじーっと俺を見つめる者がいた。
「あの……魔王様?」
「んー?」と魔王アリスが微笑みを返す。これが魔大陸を統べる王だというのだから驚きである。どこからどう見てもただのギャル——いや、超絶美人ギャル、か。
「そんなに見つめられると昆布にでもなった気分です」
「あはは、わけわかめ」
海藻だけに、って、やかましい。
「こんなの見てて楽しいですか?」
「バイブスぶち上がる」
ばいぶす?『気持ち』的な意味だろうか。よく分からないが、Yes側の答えだということだけは分かる。
「ウチも料理バイブスしようかな〜」と魔王アリスは俺の反応を窺うように目を合わせてくる。
料理ばいぶすする? 料理気持ちする? ダメだ。分からん。多分暗号解析の専門家でも解けないだろう。おそらく魔族特有の情報を人間に解析されないためにより複雑化された言語だ。そんな高度な言語を操るとは。
「流石魔王……」と言葉が漏れる。
それをアリスが拾って「っぱ、男子は家事ギャル好きな〜?」とまた訳の分からない感想を述べた。話が噛み合っていない気がする。
俺が昆布を鍋から上げると、魔王アリスは「湯冷めするなよ」と昆布に声をかけていた。なんとなく捨てづらくて、とりあえず昆布は袋に入れておいた。俺はアリスに監視される中、ブリ大根と味噌汁を淡々と作り、それをアリスと魔王室に運んだ。
♦︎
「んんぅぅううううまぁ〜❤︎」とアリスがほふほふ言いながらブリ大根を頬張る。片手をほっぺに当てて幸せそうなとろけ顔でもぐもぐ咀嚼している。
頑張って作った甲斐があったというものだ。俺は「ありがとうございます」とアリスに告げた。
「こっちのセリフ。いつもありがと。ダーちゃん」
「とんでもございません。魔王様」と俺が返すと、魔王アリスはぶぅ、と膨れて「その魔王って言うの、
「ティービーエス?」
俺の疑問には答えず、アリスは「アリスって、呼んで?」と上目遣いに俺を見た。途轍もない強者のはずなのに、何故か庇護欲をそそられる可愛さがそこにはあった。
「ア、アリス…………様」
「様、もいらないから」
アリスの無茶な要求に俺は、どうしたものか、と八方塞がりになってしまう。
「アリス」と呼べば、アリスの配下に激怒されること請け合いだ。だが、様付けすればアリスの機嫌を損ねる可能性が高い。詰んでいる。
「む、無理です。ご容赦くださいアリス様。俺にとって、アリス様は敬服すべき偉大なお方。呼び捨てるなど、恐れ多くてできません」と土下座する。もちろん上っ面だけのおべんちゃらで内心では呼び捨てている。こいつは打ち倒すべき人類の敵だ。
アリスは初めはむくれていたがやがて「土下座はずるいよ……」と許してくれた。
アリスは箸を進めながらも、よく喋った。マシンガントークという感じではない。俺にあれこれと質問をしてくるのだ。たとえば——
「ダーちゃん、今日はジェネットと何して遊んだの〜?」
「あ、遊んでません!」
子供に一日の出来事を聞く親か! なんで俺があの髭面のオジサンと遊ばなくてはならないのか。
「え? でもジェネットには『ダーちゃんを精神的に魔族にしたげて』って頼んだんだけどなぁ」とアリスが首をひねる。
それがなんで潜在力解放に繋がるのか。魔族=強さ、ということだろうか。そもそも精神的にも肉体的にも魔族になんかなりたくない。
「潜在解放してもらったんでしょ? ジェネットは『フェアじゃないので』って教えてくれないんだけどさぁ、ダーちゃん強くなれた?」
来た、と身構える。
何の気なしに聞いた感じに見えるが、おそらく魔王アリスは俺に探りをいれてきている。俺がここで情報の提示を渋れば、裏切りの可能性がある、と判断するかもしれない。かと言って、正直に全てを話せば魔王軍を内側から瓦解させる計画が崩れる。
「お、俺如きは大して強くなどなれません。アリス様と比べれば蟻んこも同然です」ととりあえず答えを濁してアリス上げをしておく。もし、次『どんなスキルなの?』とでも聞かれれば、もはやごまかすのはかなり苦しい。
しかし、アリスはスキルについては全く追及して来ず、「そんなことないよ! ダーちゃんは優しいし、勇敢だし、カッコイイよ? 男の強さは戦闘だけじゃないから!」と熱弁するだけだった。
カッコイイ、はまぁ個人の嗜好として、俺アリスに優しくて勇敢なところなんて見せたことあったか? と疑問に思いながらも「あ、ありがとうございます」と礼を言う。
なんとなく、アリスの目を見るのが照れくさくて目を逸らしていると、にゅっとアリスが覗き込むように無理やり視界に入り込んできた。「照れてる〜! マヂきゃわたん❤︎ キュン死に確定! 尊みのえぐちが過ぎる!」
悶えながら頭をよーしよしよしよし、と犬にするように撫でてくるアリスを前に、俺はどんなリアクションをとっていいのか分からず、とりあえず俯いて羞恥に耐えた。
しばらく撫でたら満足したのか、犬撫で地獄から解放された。
「で、本題なんだけどさぁ」とアリスが言う。「モモとは…………どうなの?」
どうなの、とはどうなの? 質問の意図が分からなさすぎる。もしや、俺がモモを支配下に置いていることにもう気付いているのか?!
——いや。流石に早すぎる。
モモとは風呂場で会って以来、2人きりでは会っていない。もし、これでバレているというのであれば、それはもう心を読む術を魔王アリスは持っている、ということになる。しかし、この夕食時の質問責めを見る限り、さすがに心は読めないと思うのだが……。
俺が思案して黙っていたのを、どう捉えたのか、アリスは再び言葉を重ねる。
「す、す、すす好きピ、なの?」
スキピ? なんだそれは。初めて聞くワードだ。
俺は必死に思考を回す。
「スキ」と言えば——
そうか……スキルか!
つまり、スキルでピーしたのか、ってことを魔王は問うている。やばい、魔王アリスはかなり深いところまで俺のスキルを推察している。なんとかごまかさなくては。
「す、スキルでピーなどしておりません! モモ様がピーなのは元からでございます!」
なんか放送禁止用語でモモを
たのむ、と祈りながらアリスを見ていると、アリスは「ちょっと何言ってんのか、分かんない」と首を傾げた。アリスにだけは言われたくない言葉である。
しかし、その後も、アリスの俺を疑うようなジトーっとした粘着質な視線は止まず、俺はいたたまれないまま、食事を続けた。
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