第4話 賭け


 シン、の静まり返った大浴場。湯の中に立った俺から滴り落ちる水滴の音が、ポチャ、チャプ、とリズムを刻むように響く。


 引き戸の前には口を半開きにして固まる桃色の髪の少女。風呂なのだから当然素っ裸である。


「ぞ」と少女が口にする。『いやァァァァアアアア』の『い』ではなく、『ぞ』ときた事に俺は続きが気になった。まさか『ぞぉわァァアア』と叫ぶ訳でもあるまい。


「ぞ」とまた少女が口にする。その顔はこの世の終わりのような絶望に歪んだ顔だった。そんなに絶望するのなら、早くそのちっぱいと薄い毛を隠せば良いものを、少女は固まって動かない。

 俺はしっかり目に焼き付けながらも、もどかしくなって「ぞ?」と先を促してみた。

 それが功を奏したのか、少女がついに待ちに待ったラッキースケベの咆哮を吐き出す。

 


「ゾウさァァアアアん!」



 少女は火山が噴火するように激しく叫んでから目が光ってパシャっと鳴った。シャッター音である。


「ぇえ?! 目が光った?!」と俺はゾウさんを隠しもせずに訊ねる。どうせそう遠くないうちに消える命なのだから、ゾウさんを見られようと、ビーチクを見られようと関係あるまい。もはやヤケだ。

「あ、モモはアンドロイドなので」と少女も大事なところを隠しもせずに答えた。アンドロイドだからセーフ、とそういうことなのだろうか。どうでも良いが、そこはかとなく見覚えのあるキャラである。夢で見たのだろうか。


「というか、なんでいるんですか! ここ男湯ですよォ!」とモモが腰に手を当てて咎めてくる。腰に手を当てる前にもっと手を当てて隠す場所があるだろうに、そっちはやはり気にしていない。

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」と俺が言う。『ボク男の娘なので』という返しは通用しない。何せ、あちらの股間にゾウさんがいないことは既に確認しているのである。

「モモ、アンドロイドですので」


 そう来たか。アンドロイドが何故風呂に入るのか、というのはこの際、置いておいたとしても、やはり物申したい。


「アンドロイドでも少女型アンドロイドでしょ?」

「美少女型アンドロイドです。間違えないでください」

「なら女湯いけば良くない?」

「やですよ、女湯はこの時間でもそこそこ人がいるんですから。男湯はいつもがらがらです。だからモモは静かな男湯に来るのです」


 こいつ、アンドロイドだからって男湯も女湯も好き勝手に利用しているというのか? 前世の世界でも女子トイレに行列ができているからって、勝手に男子トイレに入ってくるおばさんはいた。アレみたいなものか。

 何にせよ女性器ひっつけて男湯に来ないでほしい。


「女湯に行きなさい」と言うがモモは「はァ? 意味分かりませーん。女湯に行けって言う人が女湯に行ってくださーい」と聞く耳を持たない。


 仕方がない。俺は転生で得たスキル『ギャンブラー』を発動させて、モモに問いかけた。


「勝負しない? 負けたら勝者の言う事を何でも聞かなくてはならない。どう?」


 俺はモモに笑い掛ける。少し弱々しく、自信なさげに、でもこれしか取る手段がない弱者になりきる。

 モモはニヤリと笑い「もしモモが自害しろ、と言えばそうするんです?」と聞いてくる。

 

「するね。そういうルールだから」

「乗りました。自害なら、モモが殺ったってバレないですから。皆さんの不安も解消ですぅ」


 こいつ、カモだ。と、俺は確信した。

 俺たちは素っ裸のまま向かい合って、並び立つ。


「ルールは簡単」と俺がルール説明を始めると、モモは真剣にそれを聞いた。何故俺が勝負の内容を決めるのか、に異議を挟む余裕はモモにはなく、ルールのインプットに勤しんでいるようだった。


「このコインを——」

「お風呂にいつもコイン持ち込んでるんです?」

「うるさいなぁ、口を挟まないでくれ」


 実際はスキルで出した。俺はギャンブルに使用する小道具ならこの世界の文明レベルに関係なく、生み出すことができる。

 ——が、それをモモに説明する必要はない。


「このコインを使う。これが——」と言いながらコインを弾いて飛ばし、チャポと湯に沈めた。「——湯に沈んだらゲームスタートだ。先に相手のおっぱいに触った方が勝ち」

「卑猥なゲームですぅ」

「仕方ないだろ。部位設定しないと、どっちがタッチしたか判定しづらいんだから」

「おっぱいである必要あります?」とモモが半眼で睨んで来たのでスルーした。

 

「で、ルールはこれで良いか?」と俺が訊ねるとモモは「良いですよ? 身体能力がクソ雑魚の人間風情が、魔王軍幹部のモモに勝てると思ってんですか?」と煽ってくる。

 だから俺は——










 モモのちっぱいにタッチした。ついでに少し揉んだ。







 

 


「んひゃァァん?!」とモモが尻餅をつく。その顔は真っ赤に染まっている。ここに来てようやく『羞恥』プログラムが作動しだしたのだろうか?


「はい俺の勝ちぃ」

「な、何言ってんですか! この変態ロリコン野郎がぁ! まだスタートの合図してないじゃないですかぁ! フライングですぅ!」


 モモは今更タオルでちっぱいを隠していた。見られるのは良いが、揉まれるのはNGというのか。訳がわからない。


「何言ってるんだ? スタートの合図ならとっくにしたじゃないか。その証拠に、ほら」と俺は湯に沈んだコインを拾い上げた。「コインは湯の中だ」

「それはチュートリアルのコインでしょォォ!」

「誰がチュートリアルだなんて言った? 俺は『このコインが湯に沈んだらスタート』と言って沈めた。その後、お前はそれに了承した。ならば、了承した時点でコインは沈んでいるのだから、そこでゲームはすでに始まっているんだよ」


 モモは「な」と目を見開いて、わなわな震える。

 俺が「な?」と続きを促してやると、モモは両足をガバッと開いた気合いの入った姿勢で、





「なんっじゃそりゃァァアアア!」



 


 と絶叫した。

 


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